実験の結果

(4)

 そのあと、すぐに日本の首相と話しをした大統領は、その場で快諾を得ることができた。一週間後、改めてノンノンノ星の営業担当が訪ねてきた。


「まずは一台のお買い上げありがとうございます。いい結果が得られるといいですねノン」


 そう言いながら、カバンから紙を出してテーブルに置いた。


「実験の計画書です。過去の成功事例を分析して二段階に分けることをおすすめしますノン」


「二段階?」


「はい。シャイな人々がいきなり壁も扉もない世界で生活すると拒絶反応が出ます。そこで、第一段階として『扉』をノンするのですノン」


「ノンする?」


 副大統領が聞き返した。


「はい、無くするという意味です。まずは、入口を解放して外界との往来を容易にするのです。それに慣れてきたら、第二段階として壁や天井をノンするのですノン」


「それは名案ですね。日本の人々もその方が受け入れやすいと思いますわ」


 大統領もその計画に賛同した。


 実験のエリアは既に決まっていた。人口がちょうど百万人程度の日本の都市だ。そのエリアの住人にアンケート調査をしたところ、高い率で好意的な回答を得ることができたのだ。


「それは、話しが早い。早速、装置の設置に入ります。第一段階の『扉』の除去もこちらで請け負いましょうかノン?」


「それは、簡単な作業なので地球の業者にやらせます」


 追加請求を恐れた副大統領が即座に返答をした。



(5)

 数日後、実験が開始した。ドーム状の住居はいずれも扉が取り外されて出入り自由となっている。しかし、多くの世帯が他人を招き入れたことがなかった。そのため、人々の行き来が全く活性化しなかった。


「なかなか、うまくいきませんね」


 屋外カメラの映像を見ながら大統領が溜息をついた。


 しかし、一か月が過ぎるころ変化が表れてきた。子供たちが外出し始めたのだ。他人の住居には入らないものの、屋外で友人と遊ぶ様子が多くみられるようになった。


「ドームで生活するようになってから屋外の公園は撤去してしまったけど、復活させる必要がありますわね」


 大統領はこの変化にご満悦だった。子供に影響されたのか、大人も外出をし始めた。比較的中年の男性が外で酒を飲むようになった。木陰や河原などゆっくり腰が下ろせる場所を見つけて持ち寄った酒を飲むのだ。


「カメラ越しに会って飲むよりも、実際に会って話しながら飲む方が楽しい」


 そういった人々の声が大統領の耳に入るようになった。


 大人が外出することで大きな変化があった。他人を自分の住居に招き入れ始めたのだ。それまで、子供が友人を招きたいと言っても大人が聞き入れなかった。しかし、大人が外出し始めると、その許可が下りやすくなっていった。



(6)

 実験が始まって半年が経過した。ノンノンノ星人の営業担当が実験の経過を確認しに訪れた。


「結果は上々のようですノン!」


 営業担当も思い通りに進み上機嫌だ。


「おかげ様で。そろそろ第二段階に進んでもよいでしょうか?」


 アンケートの結果でも第二段階に進むことについて大部分の人々が了承していた。


「過去の成功事例と比較しても、そろそろ次に進めても良いと思いますノン」


 その言葉に後押しされた大統領は、第二段階に進めるように副大統領に指示を出した。


 第二段階の準備には時間を要した。住居の壁を片っ端から撤去していくのだ。扉だけの場合と比べて作業量が桁違いに多かった。


 三か月後、壁は完全に取り払われた。ノンノンノ星人が設置した気候制御装置のおかげで雨は降らず、気候は安定していた。人々はベッドを地面に置いて眠った。日の光を遮る必要がある場合は、大きなタープを張ることで対応した。


 第一段階と異なり、第二段階では人々は慣れるのに時間が掛かった。なにせ、他人から生活が丸見えなのだ。羞恥心を捨てるのに時間がかかった。


 第二段階の開始直後のアンケートは反対意見が過半数に達しかけていた。しかし、時間を追うごとに賛成の比率が上がっていった。そして、一年後には反対する者はほとんどいなくなった。


「成功といってもいいでしょう。二台目以降をご検討いただけますかノン?」


 訪れた営業担当は、アンケート結果を聞いて提案をした。


「世界でも日本の結果が好意的に受け止められています。拡大の時期ですわね」


 大統領はその場で百台もの気候制御装置の購入を約束した。営業担当は上機嫌で帰っていった。



(7)

 その三日後。


「大変です、大統領!」


 副大統領が慌てて大統領の部屋に駆け込んできた。


「何事ですか?」


 血相を変えている副大統領は、持っていた紙を机に叩きつけた。


「日本の実験について、大変な事実が分かったのです」


 紙を手に取って目を通した大統領の表情はどんどんと曇っていった。


「犯罪率が増加ですって?」


 ドームにこもっていたころは、犯罪はゼロだった。人と人が接しないと犯罪はほとんど起こらなかった。そのため、警察は解散していた。


「他人の物を盗んだとか、人の家庭を覗いたとかで、いざこざが多数発生している模様です。中には暴力に発展する事例も……」


「それは、予想外でした。警察が必要なんて夢にも思っていませんでした。しかし、警察を組織すればいいだけでしょう?」


 大統領は大きな問題だと考えていないようだったので、副大統領はさらに口頭で補足した。


「あと、男女関係も……乱れ始めております」


「どういうこと?」


「他人の妻と関係を持ったり、一人の男性が複数の女性と関係を持ったりなどです。子供の認知に関する問題も発生しています」


「それは、無視できない事象ですわね。緊急アンケートを取ってくれないかしら」

 このような状況であることは人々も把握しているはず、それならアンケートで反対意見が多くなるはずだと考えた。



「大統領、結果が出ましたぞ!」


 副大統領が、大統領の部屋に駆け込む。


「中止はやむを得ないわね」


「いいえ、反対は数パーセントのみ。大半が実験継続に賛成をしております」


 理由はさっぱり分からないが、アンケートの結果が良好なら実験は中止できない。


「仕方がありません。あのエリアは自治区とします。周囲に高い壁を建造しなさい」


 困った大統領は風紀の乱れを外部に波及させないことが先決だと考えた。



 その後、急ピッチで壁が建造され、都市は完全に封鎖された。外部への影響を抑えることができた二人は胸を撫でおろした。


「どうも、ノンノンノ星人の口車に乗せられたようね」


「はい、よく考えると手荒な方法だったかと」


「しかし、百台の追加注文をしてしまったのは誤算だったわね。人々にどう説明しようかしら」


 大統領は頭を抱えた。


「大統領。実は部下がこんなチラシを見つけてきまして……」


 副大統領は一枚のチラシを手渡した。


「……ホドホドホ星人の新規サービス?」


「はい、気になったので彼らに連絡をしてみました」


「で?」


「彼らが言うには、ノンノンノ星人の手法は性急すぎて失敗する例が多いとか。ホドホドホ星人の手法は急がずにゆっくりと意識を変えていくそうで、成功率が高いとのことです」


「それは興味深い。しかし、もう使える予算はないわよ」


「ご安心ください。彼らは気候制御装置を半値で買い上げるサービスも行っているようです」


「それは、いい知らせね! 早速、営業担当を呼びましょう」


 大統領は即座に指示を出した。


(了)

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