小さな奇跡

(5)

 土曜日の夕方に到着した私は、娘と娘婿、孫のよっちゃんと夕飯を食べることになった。


「この子、三歳になるのに、まだ言葉が出てこないの。心配だわ。男の子の方が遅いって聞いたことあるけど……」


 娘が作った料理をテーブルに運びながら切り出した。その話は、電話で何度も聞いていたから知っていた。


「心配ないわよ」


 私はそう言ったけれど、娘は納得していない様子。まあ、他の子と比べると心配よね。


「実は、お母さんもそうだったのよ」


「……えっ! 聞いたことないわよ!」


 確かに言っていなかったかもしれない。別に隠すつもりは無かったのだけれど。


「頭の中には話したいことが一杯あるの。口から出ないだけ。きっかけがあれば、せきを切ったように話し始めるから」


「まあ、お母さんも、こう言っているんだ。気長に待とうよ」


 ビールを片手に娘婿が言った。旦那の方が、のんびり屋のようだ。


「あ、よっちゃんに、お土産を持ってきたの」


 私は玄関に置いていた大きな袋を取りに行った。


「私が子供の頃、遊んでいた木のお城」


「だいぶ古いわね」


 袋の中を覗いた娘は、乗り気ではなさそうだが、ちゃんと掃除をして持ってきたことを説明したわ。


「よっちゃんが、気に入らないなら、押し入れにでも入れといて」


 そうは言ったが、気に入らない訳はない。確信があった。


「古いものは味がある。オレはいいと思うよ」


 娘婿が助け船を出してくれた。そこに、椅子から降りたよっちゃんも参戦して袋をのぞく。どうも興味を持ったらしい。


「じゃあ、お母さん。隣の和室が遊び部屋になっているので、そっちに持って行ってくれる?」


 私は袋を持って和室に移動、その後をよっちゃんがついてきた。


 袋から木のお城を出して、畳の上に置く。よっちゃんは横に体育座りをして見ていた。


 私は、木の扉を開けた。そして、中から人形を取り出して城の前に並べた。


「どうぞ」


 と私が言うと、よっちゃんは自分で扉を開けて人形を取り出した。ベッドや椅子、テーブルを並べて人形を動かし始めた。


「男の子でも気に入ってくれるはず」


 確信した私は、ダイニングに戻り、娘と娘婿にこう言ったわ。


「気に入ったみたい。しばらく、一人で遊ばせてあげて」



(6)

「じゃあ、お母さん、よろしく」


「すみません。息子を見ていただいて」


「帰るのは明日なので、遅くなっても大丈夫よ。ごゆっくり」


 翌日の日曜日。娘と娘婿は友人の結婚式に出かけて行った。家には私とよっちゃんの二人。全員で朝食を食べたあと、よっちゃんは一直線で和室に駆けて行った。そして、そのまま戻ってこない。


 せっかく孫に会いに来たのに、遊べないのは残念だけど仕方がない。


「そろそろ出会ったかしら?」


 想像しながら、ダイニングのソファーでテレビを見て過ごした。

 二時間ほどたった、昼前。和室のふすまが開き、ドタドタと足音が聞こえた。ウトウトしていた私は足音で目を覚ました。


 ソファーの前には、目を真ん丸に見開いたよっちゃんが立っている。血相を変えているといってもいいほど。出会ったのね、そう思った。


 私の手を引き立ち上がらせようとする。見せたいのだろう。でも、立ち上がらなかった。私は、よっちゃんの肩にそっと両手を置いてこう言ったの。


「それは、よっちゃんだけの秘密。誰かに知られると、いなくなっちゃうのよ」


 きょとんとしながら聞いていたが、理解したみたい。小さく頷くと、和室に急いで戻っていった。


「一時間したら、お散歩。外でご飯たべましょ」


(7)

 よっちゃんは、お昼過ぎに部屋から出てきた。着替えをして、お出かけ。駅まで散歩して、お子様ランチが食べられる洋食店に入った。


 いただきます、は出ないが話したいことがいっぱいあるのは見て分かった。お子様ランチを食べ終わったあと、デザートを食べながら私はよっちゃんに語りかけた。


「設定が大事。まず最初に、その日の設定を決めるの。例えば、お昼寝とか、ハイキングとか、あと、怪獣討伐とか……」


 どれだけ理解しているのか不明だが、よっちゃんは真剣に聞いていた。


「約束が二つ。一つ目は、誰にも言わないこと。二つ目は、『怪獣討伐』は他の設定に飽きたてからやること。分かった?」


 よっちゃんは大きくうなずいた。


(8)

「ただいま、お母さん。お疲れ」

「おかげ様で友人と楽しい時間が過ごせました」


 娘たちが帰宅したのは深夜だった。子供抜きで楽しめたのなら本望だ。


「いえいえ、私もよっちゃんと楽しく過ごせたわ」


 二人に昼間の出来事を伝えておいた。


 もう一泊した私は、朝、よっちゃんを保育園に送る娘たちと一緒に家を出た。




 帰宅して、ちょうど一週間後の夕方。娘から電話があった。


「お母さん。報告があるの! よっちゃんがね……」


「そんなに焦って、どうしたの?」


 私は穏やかな声で聞き返した。まあ、内容は想像がついていたけれど。


「よっちゃんが、『おかあさん、おはなし、きいて』って。話したの! 自分で!」


 涙声の娘に、

「ほら、お母さんの言った通りでしょ」

 と、優しく返答をしたわ。


 陰ながら、役に立てて良かった!


(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る