お城の妖精
(4)
「あのお城を買ってから、ずっと部屋から出てこないの。ちょっと心配。しかも、部屋に入ろうとすると怒るのよ」
「まあ、そういう時期もあるさ。ゆっくり見守ろう」
両親がそんな会話をしていたと記憶している。確かに、自分が親の立場なら心配するわね。まあ、あの頃は、木のお城で遊ぶのが何よりも楽しかったので仕方がないわね。
遊んでるところを、誰にも見られないようにした。理由はわからないけど、誰かに知られたら彼らがいなくなってしまう気がしていたから。
遊び方はこんな感じ。まず、その日の設定を決める。例えば『ゆっくり過ごす休日』。そして、お城の扉に手を当てて、心の中でこう言うの。
「今日は、ゆっくり過ごす休日ですよ。よろしくね」
って。そうすると人形たちが扉を開けて、眠そうに伸びとかしながら出てくるの。
庭で寝そべったり、ベットで読書をしたり。楽しくおしゃべりしたり。おしゃべりと言っても、話している様子だけで声が聞こえるわけではないのだけど。私はその様子をじっと、観察をしていたわ。何時間も。
『お姫様の恋』という設定もやったわね。その時は、扉を開ける前に心の中でこんな感じで言った。
「お姫様が、大好きな隣の国の王子様をつれてくるの。よろしくね」
って。子供ながらお姫様に憧れがあったのね。
最初に扉から出てきたのは、王様と女王様。二人は椅子を用意して座った。それから、お姫様が登場。一人で扉から出てきたお姫様は、王様と女王様に何かを説明した。
きっと、
「王子様を紹介したいのでいい?」
みたいな話だろうと思ったわ。王様は渋々、承諾した感じに見えた。
一度、扉の中の向こう側に消えたお姫様は、王子様を連れて戻ってきた。でも、そこからが修羅場。子供ながらにハッピーエンドを期待していたのだけれど、そうじゃなかった。
王様がなんだか怒り始めたの。理由は良く分からないけど、どこか王子様が気に入らなかったみたい。女王様がなだめようとするのだけど、結局、王子様を追い返してしまったわ。
その態度に、お姫様も怒ってしまい、扉から出て行った王子様のあとを追って行ってしまったわ。
「ケンカはだめ」と、心の中で唱えていたけれど、無駄だったわね。なんだか、モヤモヤが残る設定だったけど、予想外の展開で楽しかった。
極めつけの設定が『怪獣の討伐』。私は最初に心の中でこう言った。
「お姫様が怪獣にさらわれた! 王子様、救出してください。よろしくね」
って。残念なことなんだけど、これが最後の設定になってしまったわ。でも、とても興奮する展開だった。
兵士を引き連れた王子様が、巨大な怪獣の人形と戦ったの。怪獣が口から吐き出す炎で、兵士は次々とやられていったわ。
最後は怪獣と王子様の一騎打ち。剣を構えた王子様は猛スピードで突進を始めた。怪獣の炎を、右に左に
「やった!」
思わず、口から言葉が出てたっけ。怪獣を倒した王子様は、無事にお姫様を救出。二人は抱き合って喜んでいたわ。一度は追い出された王子様も、王様に認めてもらってハッピーエンド。
「これで、ふたり、しあわせ」
これも、思わず口から出た言葉。
そこから、全員が立ち上がって、私の前に並び始めたの。倒れていた兵士も、怪獣も……。そして、並び終えたところで深々とお辞儀をした。
なになに? 私は不思議に思った。でも、何となく気付いたわ、これで最後なんだって。テレビで見たことがあったから。ステージで劇をした人たちが最後に観客に挨拶をするシーンを。
「ばいばい、なの?」
人形たちはその問いに答えない。お辞儀を終えた人形たちは手を振って扉の向こうへ退場していった。最後尾のお姫様が扉の向こうでお辞儀をすると、扉は静かに閉まった。
静かになった部屋。恐るおそる、扉を開けてみた。でも、そこには、動かない木の人形が収納されていただけ。寂しかったけど、「ありがとう」って言ったわ。
扉を閉じた私は、両親がダイニングにいることに気が付いた。どうしても誰かに話したくなったの。そして、ふすまをあけて両親の元へ駆けていった。
そして、こう言ったの。
「おとうさん、おかあさん……おはなし、きいて」
って。
「おい、いま、お父さんて言わなかったか?」
「ええ、お母さんとも……」
両親は涙を流して喜んでいたわ。当時は理由が分からなかったけど、よほど心配だったのね。
そんな、思い出いっぱいのお城。孫のためにきれいに掃除をして、大きな袋に入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます