第五話 おもちゃの城の妖精たち
おもちゃのお城
(1)
「お母さん。報告があるの! よっちゃんがね……」
五年前に嫁いだ娘から電話があったのは昨晩のこと。声色から相当な事件があったのだと分かった。
「そんなに焦って、どうしたの?」
よっちゃんは、娘の息子、三歳になる私の孫。その子に何かあったのだ。でも、私には聞かなくても何のことか予想がついてたわ。
(2)
このお話は、一カ月前の娘からの電話が始まり。
「お母さん、お願いがあるんだけど」
新幹線で移動しないと行けないほどの場所に住んでいる娘との会話は主に電話。しばらく連絡が無かったけど、便りがないことは健康な証拠だと思っていた頃だった。
「来月、友人の結婚式があるの。旦那と共通の友人。急に結婚が決まったって。二人とも招待されたのだけど、子供を連れて行けなくて……」
さすがに三歳の息子だけ、家に置いておけないわよね。
「結婚式が日曜日なので、預かってもらえなくて」
「いいわよ、暇してるし。随分、そちらにも行ってないしね」
私は快諾したわ。孫にも会いたいし。
「ありがとう。じゃあ、土曜日に来て一泊していって。いや、日曜、遅くなるかもしれないので二泊ね」
電話を切った私は、カレンダーに予定を書き込んだ。
(3)
「さて、今日も少しずつ片付けましょう」
仕事を辞めて随分と経つ。七十歳が近くなると、絶対しないといけな事は無い。暇なのは嫌いなので趣味や散歩で時間を使っているけど、それでも時間に余裕がある。
そこで、最近、家の片付けをすることにしたの。整理整頓は得意な方なので、見えるところは綺麗。でも、押し入れの中はパンパン。なので、古い物を整理することにした。
これが全く進まない。なぜって、古いアルバムが出てくれば眺めてしまうし、子供の文集が出てくれば読んでしまう。おまけに、捨てることはできずに、押し入れにしまう。これって片付けになってない? と思うけれど、楽しい。
そんなときに、見つけたの。
「あら、懐かしい」
それは、木製のおもちゃ。おもちゃといっても両手で持たないとダメなほど大きな木で出来たお城。私が小さい頃、良く遊んでたもの。私が娘を生んだ頃は、忙しすぎて押し入れから出すのを忘れていた。
畳の上に出すと、
「よっちゃんに、持って行ってあげよう。気に入ってくれるはず」
私には確信があった。
このお城が私の家に来たのは、よっちゃんと同じ三歳の頃だった。ある日、両親に連れられ行った古物のお店でそれを見つけた。
「この子、何だかこのお城が気に入ったみたいで、離れないのよ」
母は、一緒に来ていた父に言った。
そのお城には大きな扉があった。扉を開けると、中に小さい人形が収納されていた。王様と女王様、お姫様に王子様。あと、兵士が数名と、悪党の人形もあった。極めつけは少し大きめの怪獣。私はそれらを扉の中から出して、お城の前に立ててみた。
「買ってやってもいいんじゃないか。刺激になるかもしれないしな」
「そうね。こんなに気に入るのも珍しいし」
あとから知ったのだが、私は話し始めるのが遅かったらしい。三歳になってもちゃんとした言葉を口にしなかった。今、考えても理由は分からない。話したいことは頭に一杯あるのに、言葉が口から出てこなかったって感じ。
両親はそんな私が話し始めるきっかけになると思い、お城を買ってくれた。親になって初めて分かることかもしれないけど、
私はその日から買ってもらったお城でひたすら遊んだ。まずは、自分なりに状況設定を行う。「今日は家族で食事」と決めたら、おもちゃのテーブルの周りに王様、女王様、お姫様、王子様を置いて、兵士に料理を運ばせるといった具合だ。
買ってもらって数日後に、事件は起こったわ。平日の昼間だったはず。父は仕事、母は家事がひと段落して居間のソファーでうたた寝をしていたとき。
私はいつものように、お城で遊ぶために一人で和室に入った。扉を開けて人形を取り出そう……そう思って、手をのばしたとき、扉の中が激しく光ったの。その光は扉の隙間からお城の前を照らしていた。
なになに? 子供ながら、起こり得ないことだと気が付いた私は、手をすぐに引っ込めた。
カタカタ、カタカタ。と木が擦れる音が聞こえたあと、扉が自動的に開いたの。そこから歩いて出てきたのは、いつも遊んでいる木の人形。まるで、生きているかのように自分の力で歩いている。王様や女王様だけでなく、兵士も、怪獣も……。
その日から、私は毎日、彼らと遊ぶことになった。
(続く)
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