私が行きます!
(6)
記者会見を終えた社長は、興奮冷めやらぬ様子で会議室に戻ってきた。
「博士。もちろん、行ってくれるんだな」
社長は何としても、承諾させたいようだ。博士はうつむいたまま答えない。
役員は全員、黙っている。皆、社長の言いなりなので反対する人はいない。しばらく沈黙が続いたあと、博士が顔を上げた。
「社長! 実は申し上げていない事があるのです」
博士は続けた。
「あの装置は、私しか使えないと言いましたが、あれは嘘なのです」
突然の博士の告白に、社長はすぐに言葉が出ない。
「装置を使う前に、パスワードを入れる機能を追加しただけです。パスワードさえ分かれば誰でも使うことができます」
秘密を吐露した理由は当然、自分が行きたくないからだ。博士はさらにダメ押しの一言を添えた。
「『命に変えてもやりとげる覚悟』とおっしゃられておりましたよね。では、社長自身が行かれるのが最適かと」
そう言い放った博士は、立ち上がって会議室をあとにした。
残された社長は、役員の顔を次々に見た。しかし、誰も目を合わせようとはしなかった。
(7)
翌日も、役員会が開かれた。
「放射能漏れの状況はどうかね?」
社長の問いに、役員の一人が答えた。
「三日以内に対応しないと、大爆発します。一刻も猶予がありません」
「爆発の規模は?」
「申し上げにくいのですが、核融合の設備があります。爆発すると核爆弾と同じレベルか、それ以上の……」
全員、背筋に凍るものが走った。
「早く、停止させねば」
社長は順に役員を見る。当然、立候補者はいない。役員たちの頭には博士の言葉が心に残っていた。記者会見でカッコをつけた社長が行けばいい……。
結論が出ないまま、その日の役員会は終わった。
(8)
その翌日も役員会が開かれた。博士も渋々、出席していた。
「あと二日だ。もう時間がない」
社長が怒りと焦りで大声を出す。しかし、誰も話そうとしない。
「博士、行ってはくれんか。装置に一番、詳しいのは君だ。故障しても現地で対応できる」
「嫌です。それに、あの装置は簡単に壊れません」
博士はどんな手を使っても断るつもりだ。しかし、社長が食い下がった。
「記者会見であのように言ったが、私は小心者だ。私は行きたくない。行けば絶対に失敗する」
社長が恥を忍んで言った。
皆、心の中で笑っていた。かといって、立候補する気はなかった。
「失礼します!」
突然、大きな音を立てて会議室のドアが開いた。入って来たのは博士の研究室にいる、若い男性研究員だ。
「私が行きます! 立候補者がおらず困っていると博士に聞きました」
おお……。会議室に騒めきが起こった。
「私は装置を熟知しています。現地で何かあれば対応できます」
力強い言葉に、社長は関心した。そして、自分が行かなくて良くなったことに安堵した。
「じゃあ、行ってくれ。今すぐ……」
そういう社長に言葉を遮って、研究員はこう言った。
「失敗すると命に関わる任務です。行くのは明日にさせてください。最後になるかもしれないので、両親と一晩、過ごしたいのです」
一理あると全員が思った。社長もそれに合意をした。
「博士、パスワードを教えてください」
自分が行く必要がなくなった博士は、気分良くパスワードを紙に書いて渡した。
「装置は研究室にあるので持って行きなさい」
博士は、緊張から放され、ほのかに笑みを浮かべていた。
翌日、作戦決行を見守るために役員会を開く約束をして解散した。
(9)
翌日。会議室には十台のテレビが運びこまれた。軍事施設の各所にあるカメラ映像を中継するためだ。
加えて、大きな数字が表示できるタイマーが準備された。様々な計算の結果、爆発までの時間が割り出されていた。
「あと、二時間か……」
社長は生唾をのみ込んだ。タイマーが時間を刻んでいた。
「彼をヘリコプターで現地へ送りたまえ」
その国は大きくないので、ヘリコプターで三十分もあれば軍事施設に到着できた。将来ある若者を送るのは、気が引けたが、社長も役員も博士もそれが最適な手段だと言い聞かせた。
「大変です!」
職員の一人が会議室に飛び込んできた。
「何事だ! 間もなく作戦が開始する。あとに回せることはあとに……」
「研究員が逃亡しました!」
「なっ、何だと!!」
一同、顔を見合わせた。
「今、そいつは、どこにいる!!」
「今頃、飛行機の中です!」
(10)
その頃、研究員は飛行機の窓から国を見下ろしていた。
「この装置があれば、一生、食うのに困らないな……」
研究員はニッと笑った。そして、アイマスクをして仮眠を取り始めた。
会議室では、沈黙が流れていた。
あと、一時間五十八分。
「こんなことになるくらいなら、自分が……」
心の言葉を、誰も口に出すことが出来なかった。
(了)
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