危機
(4)
この事件により博士は、他人に装置が使われることが危険だと悟った。そこで、社長や研究室の仲間に内緒で装置に細工をすることにした。
それは、博士が近くにいないと装置が動かなくなるという細工だ。これにより、装置だけが盗まれても誰も使うことができない。
役員会で事後報告したら、ひどく叱られた。しかし、盗まれて悪用されるよりは良いとの結論となり承認された。
「博士、依頼が入りました。次は……」
若い研究員が、新たな依頼先の住所を博士に伝えた。
「今日だけで三件か。体が持たん」
開錠サービスは大々的に宣伝をしていないにも関わらず、口コミで広がっていた。今や、休む暇もないほど、依頼が殺到している。
「家庭用金庫の開錠? 壊してしまえばよかろう」
装置を自分だけが使えるようにしてしまったことで、博士が、全ての仕事を引き受ける必要があった。そのため、博士は疲弊しきっていた。
「何でも、壊れやすい物が入っているらしく、荒っぽいことはできないそうです」
博士は渋々、その日の巡回リストに加えた。
毎日、休みなく飛び回る博士だったが、サービスの拡大は会社の売上に繋がっていた。中には金庫が開かずに困る大金持ちもおり、単価の高い仕事も増えていた。
(5)
「今日の依頼は……」
ある朝、博士はいつものように、依頼が記載されているノートを確認していた。
「博士、緊急の呼び出しです!」
若い研究員が、息を切らせながら研究室に飛び込んできた。
「臨時の役員会が開かれています。急いで、博士を呼べとのことです」
博士は、急いで会議室に向かった。
「社長、何事ですか?」
会議室に顔を揃えていた社長と役員。全員、血相を変えている。ただ事ではないらしい。
「掛けたまえ。一大事だ」
博士が席に着く前に社長が話し始めた。
「我が社が、国に軍事施設を提供しているのは知っているな……」
社長が一大事の内容を説明した。まだ、国民に公表されていない事故についてだ。
国境周辺の僻地にある軍事施設で爆発が起き、放射能漏れが起こっているとのことだ。設備を停止させないと、暴走して爆発する危険があると社長は言った。
「設備を止めるだけですよね?」
博士は、自分が呼ばれた理由が分からない。
「防護服を着た軍人が、止めにいこうとした。しかし、出来なかったのだよ」
施設を停止するスイッチは鍵が掛かった扉の先にあるそうだ。しかし、爆発で鍵が溶けてなくなってしまったそうだ。そこで、博士の装置に白羽の矢が立ったというわけだ。
「わたしは、そんな放射能がいっぱいの場所に行きたくはありません」
そろそろ引退するつもりでいた博士は、危険を冒したくなかった。
「装置は君しか使えん。残念だが行ってもらうしかない。間もなく、テレビで記者会見をすることになっている。私が戻るまでに決心してくれ」
社長はそう言って、会議室を出て行ってしまった。
役員の一人が会議室のテレビをつけた。多くの放送局が集まる部屋で、社長が話し始めた。
「皆さんに、重要なお知らせがあります」
そう切り出した社長は、事故の経過を包み隠さずに説明した。
「しかし、ご安心ください。我が社にはどんな扉も開けてしまえる素晴らしい装置があります。それを使って扉を開けて施設を必ず停止させます」
心配させないように、強い語気で語った。
そして、最後にこう付け加えた。
「これは、我が社の失態ですが、必ず我が社で収束させます。私は、命に変えてもやりとげる覚悟であります」
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