扉の先には
最初に首相が扉を分析する意義を説明した。その放送は世界中に発信された。
「これまで、多額の税金を投入してきました。その中で多くの新技術が生まれ世に広まりました。私はこのセレモニーを通して改めて皆さんに『扉』に興味を持っていただきたいのです」
首相はスピーチを締めくくった。
「続いて、皆さんから募集した扉を開ける方法のグランプリを発表します!」
有名な女性アナウンサーの声が、扉がそびえる絶壁に響いた。
「彼です!」
小学五年生の少年が、首相と入れ替わりでスピーチ台に立った。慣れない雰囲気でモジモジしている。
「なんと彼の提案をここで試してみることになりました。その方法を直接、説明してもらいましょう」
マイクを渡された少年が小声で話し始めた。
「小さいノブは日本語を入力すると聞きました。そうすると、表示部に別の言語で表示されます。それなら、日本語で鍵を開けること『かいじょう』と入れればいいのだと思います。そして、表示された言語に合わせて大きいノブを合わせればいいと考えました」
少年は小さく頭を下げた。
そのあと、研究員が少年の指示通りに小さいノブを回した。そして、表示部の文字を紙に控えた。その情報は大きいノブを回す操作する班に伝えられ、十個のノブを大きな機械でゆっくりと回していく。
一時間ほど掛かって、十個目のノブの回転が終わった。一同、静まり返って見守る。
「何も……起こらないようですが……」
スピーカから発せられた、女性アナウンサーの声だけが渓谷にこだました。
ガシャン! 突然、扉から何かが作動する音が響いた。
「おい、何か音がしたぞ」
「扉の中で何か動いたぞ」
観衆が
「すぐ調べろ」
首相が慌てて指示を出す。科学技術担当の大臣が研究員を連れて扉の前まで行き、状況を確認した。
「ドアのノブを引いてみろ!」
大臣が指示を出した。ドアノブの部分に太いロープを掛け、トラック五台で引っ張った。
ギギギギー。巨大な金切り音とともに扉が少しだけ開いた。
「ウソのような本当の話です! 扉が、……扉が開きました!」
女性アナウンサーが興奮気味に大声を上げた。
「一旦、開けるのを
首相が無線機で大臣に指示を出した。首相も開くとは想定しておらず、対処方法を決めていなかった。ひとまず、扉の前まで移動することにした。
扉は一メートルほど開いている。人が通れるほどの隙間だ。
「首相、どうしますか?」
「開くなんて想定外だ。しかし、とても良いタイミングだ。放送を続けながら中に入ってみようではないか」
首相と科学技術担当の大臣の二人で入ることにした。
首相はマイクを受け取り、聴衆に向かってこう言った。
「まさか、開くとは思ってもいませんでした。しかし、皆さんの熱意が届いたのでしょう。私は決心しました。今から私が中に入って調査をしてきます。そして、皆さまに報告します!」
歓声が上がった。世紀の瞬間に立ち会えたことで興奮が高まっていた。
「では、入ろう」
首相と大臣に、懐中電灯が手渡された。
「これもお持ちください」
防衛担当の大臣が首相に歩み寄り、小声でささやいた。そして、袋に入った何かを手渡した。
「これは?」
「ピストルです。首相にもしもの事があったら一大事です。お持ちください」
首相は黙って袋ごと、それをポケットに入れた。そして、観衆に大きく手を振って、開いた扉の隙間から中に入った。
中は暗かった。懐中電灯の明かりだけが頼りだ。入ってすぐに首相は床を照らした。
「床が縞模様になっているが」
一歩踏み出そうとしたところで、科学技術担当の大臣が慌てて
「調べますのでお待ちください!」
大臣は片手で持てる大きさの装置で調べ始めた。
「この装置には様々な技術が詰め込まれています」
装置から発せられた光が床を照らした。
「首相、危ないところでした。黒い部分は床がありません。白い部分だけが通れます。しかも、黒い部分の深さは計測不能です」
落ちるところだった首相は、冷や汗をかいた。
「この二メートルほどの幅の白い部分が橋のようです。この先に外から調べたときに発見した突起物があるようです。そこまで行きましょう」
大臣が先陣を切って歩く。そのあとに首相が続き、二十メートルほど奥に進んだ。
「突起物だと思っていたものは……机のようですな」
大臣の目の前には小学校で使うような机がある。首相も脇で机を見下ろす。
「何か置いてあるぞ」
机の上には紙が置いてある。大臣は慎重に手に取った。首相が懐中電灯で紙に光を当てる。
「これは彼らの文字ですな。解読できます」
大臣は先ほどの装置を紙にかざした。装置のカメラをかざすと翻訳されて日本語が表示された。
「首相、これは大変な内容ですぞ」
大臣の興奮で声が上ずっている。首相も早く聞きたくて仕方がない様子だ。
「早く、読み上げろ」
「はい……。『扉を開けた君たちは合格した。おめでとう』」
大臣が翻訳された日本語を読み上げる。
「合格? 何の事だ。続けてくれ」
待ちきれない首相に対し、一気に翻訳を読上げる。
「我々は宇宙から長く人間を観察してきた。君たちも我々の仲間になってほしいと思うのだが、技術の進歩が一歩、及んでいない。そこで、策を考えた」
一息ついて、続ける。
「人間は不思議な生き物だ。扉があると中を見たくなるらしい。そのため、君たちの理解を超えた扉を作ると、何としても開けたくなるだろうと考えたのだ」
大臣が首相の方を見た。
「扉を分析する過程で技術力が大きく進んだのは事実だ。続けてくれ」
「君たち人間は軍事開発をすることで技術を進歩させてきた。戦争を煽るやり方も考えたが、それでは主義に合わない。我々は平和を好むのだ。君たちは我々の仲間になる資格を得た。奥に扉がある。そこから会いにきてくれたまえ」
大臣が翻訳機を降ろした。
「以上です。ほら、首相、確かに突き当りに扉があります!」
大臣は奥に進み、扉を調べ始めた。
首相は想定外の紙の内容を頭の中で整理した。
そして、一つの決断に至った。
「この事は内密にしよう」
「どういうことです?」
大臣は扉を調べる手を止めず、首相に背を向けたまま返答した。
「宇宙人のことは二人だけの秘密にするってことだよ!
首相は語気を荒げた。興味が扉に向いている大臣は意に介さない。
「ここで得た知識は全て開示するという約束では……」
「君は大臣なのに政治のことが分かってない。我が国は軍隊を持てないのだよ。いつも周辺国の脅威にさらされている。真っ先に宇宙人とコンタクトできたら有利に立てると思わんかね!」
「戦力目的は、彼らの信条に反すると思いますが」
「君は本当に何も分かっていないね」
急に首相の声色が穏やかになったのを不信に思って、大臣が振り返った。
「しゅ、首相、それは……」
そこには、袋から出した銃を構える首相がいた。
「ご、ご冗談を」
「冗談ではないよ。強くなった日本を君と一緒に見られないのが残念だ」
パンと乾いた銃声が響いた。痛そうに左胸を押さえた大臣はよろけて暗がりに落下した。
「鬼が出るか蛇が出るか……」
不気味な笑みを浮かべた首相は、際まで進んで扉のノブに手を掛けた。
(了)
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