第7話 服、買いに行こう

 体育祭の日の朝がやってきた。夕姫ゆうきは、いつものように制服に着替えて、学校に行くふりをして家を出た。奏雅そうがとの待ち合わせ場所は駅前の広場だった。どこに行くかは聞いていなかった。

 早めに駅前に着いた夕姫は、学校の誰かと鉢合わせしないように、近くのハンバーガーショップで時間をつぶした。


(……でも、一緒に出かけるって言っても、一体なにを話せばいいんだろう……。)


 小学校、中学校とほとんど友達がいなかった夕姫は、だれかとどこかに出かけた経験がほぼなかった。奏雅と今日一緒に過ごすという状況に急に緊張してきて、ソワソワしながら時間を過ごした。


(そろそろかな……。)


 夕姫は店を出て待ち合わせ場所に向かった。そして着いてほどなく、奏雅が眠そうにやってきた。夕姫は奏雅の服装を見て驚いた。

 奏雅は私服だった。白っぽいダボッとしたパーカーと、少し穴の開いたジーンズ。そして、ふだんより大きめのピアスが目立っていた。

 奏雅は夕姫に気がつくと、


「え、……制服? ……なんで?」


 けげんそうな顔をしてそう言った。夕姫は、制服で来たことが急に恥ずかしくなった。


「学校サボるんだから制服はまずいだろ……」


 言われてみれば確かにそうだ、と夕姫は思った。家を出るときは制服でないといけなかったとしても、私服を持ってきてどこかで着替えればよかった、と今さらながら考えたが、あとの祭りだった。夕姫の目にうっすら涙が浮かんだ。


「……うぅぅ……。」


 急に泣きそうになった夕姫を見て奏雅は慌てて、


「あ、あぁ……わかった、すまん。わかった。……じゃ、じゃあ、服、買いに行こう。今から。お金足りなかったら、俺も出すから」


 と言って、先を歩き出した。夕姫は、涙を拭いながら、何も言わずついていった。


    *  *  *


 着いた先は、駅前のショッピングモールに入っている大きめの服屋だった。カジュアル向けで、値段も割とリーズナブルなお店である。夕姫は手持ちのお金が足りるか不安だったが、なんとかなりそうで内心ほっとした。


(……でも、どうしよう……。いきなり服買うって言われても、どんなの買えばいいのかな……。)


 夕姫は流行のファッションにうとかった。ふだんの私服も、親が買ってきたものを適当に着ているだけだった。なにを選んだらいいか奏雅に聞こうとしたが、奏雅はメンズのコーナーで時間をつぶしているようだった。


(……ぜんぜんわかんないよ……。うぅ……。)


    *  *  *


(……遅いな)


 奏雅は、夕姫があまりにも遅いので、しびれを切らして様子を見に行った。ところがなかなか見つからず、しばらく探し回ったすえ、店の隅っこのほうでしゃがんでうずくまっていた夕姫を見つけた。

 奏雅が近づいて、


「おい」


 と声をかけると、夕姫は顔を上げた。またも涙目になっていた。


(……やっぱりな)


 奏雅はそう思ったが、一応聞いてみた。


「決まったのか?」


 夕姫は無言のまま首を横に振った。奏雅は、仕方ないな、という感じでため息をついた。


「決まんねーなら俺が適当に選ぶぞ。ほら、立てよ」


 そう言われて夕姫は渋々立ち上がったが、そのころには奏雅はすでにカゴを片手に持ち、服を選ぼうとしていた。


「これと、……これ。あとは……、っと、これでいいか。サイズは……S、だな」


 奏雅はそう言ってカゴにポイポイと服を投げ入れていった。夕姫は、奏雅があまりにもあっさりと服を選んでいくので、呆気あっけにとられていた。


「じゃあこれで。とりあえず着てみろよ」


 奏雅はそう言ってカゴを夕姫に渡し、試着室のほうを指さした。夕姫は促されるまま試着室に入り、いそいそと着替えだした。

 奏雅の選んだ服は、ボーダーのトップスと、ひざ下丈のデニムスカート、そしてグレーのカーディガンだった。それらは、夕姫の持っている服とは全然違うものであった。


(……これ、どっちが前だろう……。すそは、入れたほうがいいのかな……。……なんか、ヘンな感じ……。)


 サイズはぴったりだった。着替え終わった夕姫は、奏雅を探そうと試着室から顔だけ出したが、奏雅は案外近くで待っていてくれていた。


「どうだ?」


 奏雅がそう聞いたので、夕姫はとりあえず曖昧に頷いた。おそるおそる試着室のカーテンを開けると、夕姫のよそおいを見た奏雅は少しだけ照れくさそうに、


「お……、い、いいんじゃね」


 と言った。それを聞いた夕姫は、一気に体温が上がった気がした。


(い、いい、……いい、って……! いいの!? ヘン、じゃないの!? 私、……められてる!?)


 顔から火が出そうだった。


    *  *  *


 試着した服を買うことに決めた夕姫は、会計を終えて店を出た。着慣れない服とさっきの奏雅の褒め言葉を受けての恥ずかしさがどちらもまだ残っていて、夕姫は顔を上げることができなかった。

 そのまま奏雅のうしろをついて少し歩くと、急に奏雅が立ち止まった。うつむいていた夕姫はあやうく奏雅の背中にぶつかりそうになった。

 驚いた夕姫が奏雅の脇から前をのぞくと、そこには五人の男が奏雅の行く手を阻むように立ちふさがっていた。明らかに異様な雰囲気だった。そのうち二人は制服を着ていたが、夕姫たちと同じ高校のものではなかった。

 男たちが口を開いた。


「よぉ彩木ぃ。……奇遇だな。こんなとこで学校サボってデートかぁ?」

「お楽しみ中悪いんだけどよ、こないだの借り返させてもらうぜ」

「……それとも、彼女だけ置いて逃げるか? ハハッ!」


 男たちのそんな言葉を聞いて、さすがの夕姫も状況を理解した。相手は五人……。夕姫は、とたんに恐怖を感じた。

 そして、奏雅が小声で、


「下がってろ」


 と言って、夕姫のほうをちらっと見た。その顔は、これまで見たことがないほど鋭いものだった。夕姫は思わず後ずさった。


(つづく)

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