第1章『自称自殺志願者。』

1- 1「自殺するまでにしたい100のこと」

「このあとどうしようか」


 どうしようか、とは。僕がそう訊き返すも、嬉しそうな顔で買ったばかりのロープを眺めている自称自殺志願者にその声は届いていないようだった。返答を受け取るつもりのない質問をしないでほしい。


 夏らしい空気がグラスに纏わりついて、テーブルに直径五センチメートルほどの水溜まりを作っている。結露が滴るアイスコーヒーの半分ほどを流し込むことによって、喉の辺りまで昇ってきた苦言を溜飲した。


「何、しようかなあ」


 彼女はロープを眺めるのに飽きたのか、今度はリュックサックから「物理」と書かれた生成り色のノートを取りだした。彼女を除き、それが物理の授業で使われるものではないと知っているのは僕だけらしい。


「やりたいことをやればいいじゃん。水族館に行くとか」

「やっぱりノートの内容、覚えてる」


 そう言って口を尖らせている彼女には、「悪気はなかった」と軽く謝っておく。昨日見たときはあざとい奴だと思ったが、一緒にロープを買い、彼女の術中に嵌まったころにはもうそれが癖なのだと理解した。自殺するまでにしたい100のこと。


 瀬川紬が持つ「物理」のノートには、彼女のしたいことが全部で一〇〇個綴られている。

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