第25話 接吻と和解と

「………ッ!」


 突然のキスに思考が真っ白になる。

眼を見開き、口を放そうとするが、開いた紅雄の口に、ライカの舌が流れ込む。彼女の舌は口の中の歯を撫で、舌を絡めとり、紅雄の口の中を余すところなく蹂躙した。


「……やめ、にゃめ、ろ」


 口の中が犯されるという初めての体験に頭がボーっとしていく、なにも考えられなくなり、そのままされるがままになりそうなところで、力を振り絞ってライカの体を突き飛ばした。


「だぁ!」

「おっと、もういいのか?」

「もういいも何もない‼ なんのつもりだ⁉ ファーストキスだったんだぞ‼」

「安心しろ、私もだ」

「一個も安心できねぇ!」

「それだけ、お前に力になって欲しいということだ。異能を持ちながら、『異能騎士団アルタクルセイダーズ』に逆らったものとして、私と一緒に戦ってほしい」 


 ライカの手が紅雄へ伸びる。

 その手をとるか、紅雄はためらった。


「お前、いいのかよ。こんなことして、好きでも何でもない俺のために、ファーストキッスをあげるような、そんな……」


 照れながら、唇を拭く。


「誰が好きでもないと言った? 好きだよ」

「ええええ⁉」


 驚いて、ライカの顔を見上げる。

 彼女は頬を赤らめもせずに答えた。


「君の善良な心を私は好ましく思っているよ」

「……ああ、それ多分、好きは好きでも、別の好きだと思うわ」


 いい人だから、正しいことをするから好きというのは、愛しているという感情より、憧れるとか、好ましいとか英語で言うLIKEの感情だ。

 その整理が多分、ライカはつかないんだと思う。ここ数日、彼女に接した限り、相等に不器用だというか、あまり細かいことを考えなさすぎる性格だと充分にわかってきた。


「一緒に、王都に行く。その話は受けよう」


 ライカの手を取る。

 彼女は笑い、


「よし、では」

「だけど、ライカの夫になる話は別だ。あんたに協力する。だけど、恋人関係は築かない。そこまであんたのこと知らないし、俺には一応、本当に一応、ミントという相手がいるからな!」


 顔を真っ赤にして答える。

 今までなあなあにしてきた、ミントとの関係を初めて言葉にした。それでもまだ曖昧でどうとでも取れるいい方にとどめているが。


「え~……まぁ、仕方がない。ストレリチア家に入ってくれれば、軍の士気も上がったのだが、それは高望みしすぎか」


 やっぱりそういう裏があったか。純粋に自分が好きというわけでは予想通りなかった。


「ああ、だけど、その前にすっかり忘れていたんだけど、本隊を倒さなきゃ」

「本隊?」


 思いだして、頭を抱える。


「ゴブリンの本隊だよ。この前のは先遣隊。もうすぐ本隊がくる。一万の数のゴブリンが……先遣隊を倒した戦法は通用すると思うけど、今回はあの百倍の数だ……石がいくつあっても足りない……そもそもあんな大きな石が早々見つかるとは思わないし、ああ、すっかり忘れていたけど……どうしよう⁉」


 本隊を倒す算段はまったく付いていなかった。

どうやって今度は一万のゴブリンを退けようか、『空間交換ポジション・チェンジ』をもってしても勝てるかどうかわからない。

「なんだ、そんなこと?」


 ライカはつまらなそうに肩をすくめた。


「そんなことって……」


 ライカの服の下に手を突っ込んだ。そして、村娘の服の下から、黄色いドレスを取り出す。一体どうやってしまっていたのかわからない分厚いひらひらのドレスをはためかせ、体にピタリとつけると一瞬で村娘の服が消えさり、雷衣サンダークロスを身に纏った。


「もう直ったのか⁉」

「ジャジャ~ン‼」


 バチッと閃光が走る。


「クインおばさんの裁縫技術は素晴らしい、たった二週間で雷衣サンダードレスを完全に治してしまった。彼女には感謝してもしきれないね」


 背後からライカの声が聞こえた。

 振り返ると雷衣サンダードレスの調子を確かめているように、自分の体を見渡しているライカがいた。もう、完全に調子は取り戻したようだ。


雷光姫ライトニングプリンセスの復活だな。ごめんね、本当に引き裂いちゃって」

「気にするな、あの時は私も頑なすぎかなっと少し反省していたからね」


 和解の握手を交わし、村へと戻る。


「じゃあ、ゴブリンの軍勢は」

「ああ、私に任せて。一瞬で倒してみせるから。ただし、それを倒し終わったら」

「わかってる。俺はあんたと共に王都に行く。それよりも、雷衣サンダードレスどうやってしまってたの? あんな分厚い服、布の下に入るわけなくない?」

「フフフ……秘密」

「つーか、直ってるなら布の服着てる必要なかったよね? どうして着てたの?」

「フフフ……秘密」

「え~、教えてよ」


 紅雄とライカは、肩を小突き合いながら仲良しこよしで村へと帰っていった。

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