第26話 和解と予兆と
メイデン村の境目から広がる草原。
果てしなく広い草原の上に、巨大な軍事キャンプが設置されていた。木の柵で囲われ、巨大なドーム型のテントを中心に細長い芋虫のようなテントが張られている。
キャンプの中を行きかっているのは緑色のゴブリン兵。鎧は解いているが、ナイフや小さな警棒を持って最低限の武装をしている。彼らはサイコロでのギャンブルに興じたり、酒を飲みながら生肉を食べ笑っていたりと、数少ない休みの時を満喫していた。
多くのゴブリンがリラックスしている中、ドーム型のテント、作戦本部へ早足で入っていく背の高いゴブリンがいた。
「報告します。先遣隊が全滅しました!」
背の高いゴブリン、部隊の副隊長———ロッドが奥にいる人物に向けて言う。
ゴブリンは人の形をしており、喉も人とほぼ変わらない。だが、知能が低く、言語を発明できなかったため、多くのゴブリンは単純な鳴き声ででしかコミュニケーションをとらない。
「生き残りの報告によると、敵は五大元素を使った形跡はなく、異能を使ったそうです」
だが、習得できないわけではない。魔族の隊長クラスともなると、言語でのコミュニケーションが必須になるため、ロッドは必死で勉強し、習得した。おかげでパラディオス王国侵攻大隊の副隊長というポストに収まることに成功したのだ。
「異能? 俺たちと同じようにか?」
黒い鎧を着た男がテントの奥の暗がりに座っていた。禍々しい黒炎を形作った鎧に、大剣を背負った男。頭は鬼の面のような兜で隠されてはっきりと見ることができない。
「は、巨大な岩を自由自在に操り、我らを潰し続け、全滅させたとのことです」
「岩を操る? 土属性魔法にそんな術があったような気がするが、それじゃないのか?」
「私も報告を聞いた時そう思ったのですが、微妙に違うらしく。急に出現するのだそうです。目の前に急に岩を飛ばし、攻撃すると」
「ほぅ、テレポートみたいにか?」
「……恐らく」
ロッドはテレポートという言葉の意味は解らなかったが、同意しておいた。鎧の男が自分よりは賢く知識があるため、彼の言った言葉通りでほぼ間違いないだろう。
「異能、俺たち以外に異能を使えると言うことは、前に神が送り込んだチート能力者の生き残りか……あるいは俺たち『
「いかがいたしますか?」
異能使いについて考え込んでいた鎧の男が鎧を軋ませてロッドを見る。
「いかがする、とは?」
「いえ、侵攻をやめて撤退しますか?」
「するわけがないだろう。攻めるさ。相手が誰だろうと怖気ることはない。この俺がいるんだぞ」
兜を脱いだ。
「この、『
短髪の堀の深い顔立ちをした少年、
「では、このまま本隊はメイデン村へと向かいます」
「メイデン村? どこかで聞いたことがある……あぁ、初めてこの世界に来た時に訪れた村か。ああ……そういうことか、ハハハッ!」
急に将が手を叩いて喜び始めたので、ロッドはビクッと肩を揺らして怯えた。
「そうかそうか、裏切り者じゃない。知らなかったんだから仕方ないな。そうかそうか、お前か。お前なんだな、紅雄。
姫田……紅雄ォ……」
楽し気に笑い、将はメイデン村の方角を見つめた。
ロッドは笑い続ける隊長を不気味に思いながら、一歩引いた。
× × ×
メイデン村の広場で、紅雄は青と赤のボールを手に握り見つめていた。
「『
右手に握った青のボールと、左手に握った赤のボールに紋章を刻み込む。
そして、青のボールを地面に置き、そこから全力でダッシュして離れる。
村の境界線まで来たところで紅雄は止まり、
「『
能力を発動させると、紅雄の左手に握られていた赤のボールが消え、青のボールと入れ替えられる。
「何やってるんだい?」
「うわっ!」
突然声をかけられ、驚きボールを取り落とす。
丁度、水を汲みに行った帰りのクインおばさんほか、数人がそこにいた。
「おばさん……と、ライカは何をやってるの?」
水桶を頭に乗せている村の女衆に混じって、金髪で琥珀の目立つドレスを纏った|
「見ればわかる。クインさんの手伝いだ」
「あたしゃやめてくれって言ったんだけどね」
困ったようにクインおばさんが頬に手を添えた。
「何をおっしゃるんですか。この
「って言われてもねぇ……
眉を下げて本当に困っている様子だ。
助け舟を出すわけではないが、ちょっとライカには頼みたいことがあった。
「ライカ、暇なら少し手伝ってくれないか?」
「暇じゃない。水汲みをやってる」
紅雄の頼みを断ろうとするライカの手から桶を奪い取るクインおばさん。
「それはあたしらがやるから、ライカ様はベニオの手伝いをしてください」
「え? いや、私はおばさんの手伝いをするために」
「私の手伝いは誰でもできるけど、ベニオの手伝いは貴方にしかできないんだから、お願いします」
「…………ぁぁ」
念を押され、逆らうことができずにライカは女衆から置いて行かれた。
「で、何をすればいい? 演習でもやる? そっちの能力もこっちの能力も分かっている今、いい訓練になると思うけど? 今度は手加減する気はないしね」
「いやいやいやいや! しないよ⁉ 演習とか。油断なしの雷光姫相手とか勝てるわけないじゃん!」
軽くウォーミングアップの小ジャンプを始めるライカを慌てて止める。
「油断なしだからこそ、互いの弱点が知れていいのに。君も私の弱点とか、能力の新しい応用法とか、学ぶことがありそうな気がするけど」
「俺の能力は相手が油断してないと絶対に勝てない能力なの。『右手で触れたものと、左手で触れたものを入れ替える』だけのしょぼい能力と思い込ませるからこそ、勝機があるんであって、完全に対策されたら絶対に勝てないんだから」
だから、能力以外のことで紅雄は努力しないといけない。口とか、態度とかでいかに相手を油断させるのか。
「そんなことはないと思うけどな。『
「どうも、褒められて嬉しいよ。嬉しいついでに、ちょっと試したいことがあるんだよね」
紅雄がライカに手を伸ばす。
「?」
ライカは意味も分からず紅雄の手を握った。
「新しい能力の応用法を探すことについては俺も賛成なんだ。だから、ライカに頼みたいことっていうのは、ちょっと俺を遠くへ運んでほしいってことなんだよね」
「遠くってどこまで?」
「なるべく、なるべく遠く。ライカの『
「わかった」
バチッと閃光が走り、紅雄の視界が真っ白に染まった。そして、全身を強いGが襲い、吐き気がこみ上げてきた。
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