第23話 協力と勧誘と
ゴブリンの軍隊を倒してから一週間近くの時が経過した。
紅雄は酒場の前に椅子を出し、座って村を眺める。
男衆は訓練をする必要が泣くなり、畑仕事に戻り、女衆は仕事が減り、家事の他は悠々自適に過ごしている。
平和だ。村はすっかり平和になった。
紅雄がその手でつかんだ平和だった。
「何を笑っているんですか?」
紅雄の隣に椅子を用意し、ミントが座る。
「俺でもできることがあるんだなと、思ってさ。村を守れた」
「だから、言ったじゃないですか、旦那様は凄い人ですって」
ミントがほほ笑む。
「そうだね、君は確かに村を守った」
いつの間にそこにいたのか、ライカが柱に背を預けてたたずんでいた。
「ら、ライカ……」
まだ殺そうとしているのかと紅雄は警戒する。
「そんな怖がらなくてもいい。私は君を殺そうという気はもうない。ただの純粋な正義の心で村を救った英雄をにべもなく殺すほど私も無粋じゃない」
「そうか、それは良かった。じゃあ、俺はこの村にい続けていいんだな?」
紅雄は無意識にミントの手を握っていた。
「ああ、そのことについて話がある。少し付き合ってくれ」
首をくいっとやって、不良の呼び出しのように村の出入り口をさす。
「あ、でも……」
立ち上がり、ライカについていくか迷う紅雄。
「早く来い、大事な話があるんだ。それとも、妻の傍を片時でも離れたくないのか?」
ライカは振り返り、急かす。
妻と言われてミントが照れたように顔を赤らめ、頬に手を添える。
確かにそれもあるが……、
「ライカ、剣は置いて行ってくれ」
「あ? あぁ……」
一度殺されかけた相手の手に剣があり、そいつと二人きりになれるほど、紅雄は勇敢ではなかった。
× × ×
ライカと共に村はずれまでやってくる。
「それで話ってなんだよ?」
ライカと二人っきりで話す。それを改めて考えると、胸がドキッとする。
高貴な家柄を感じさせる金髪に整った顔立ち、その彼女が今は紅雄のせいとはいえ、身分に相応しくない村娘の格好をしているアンバランスさがなぜか紅雄をときめかせる。普段きちっとした格好しかしない女の子が、家でジャージを着ているのを見てしまったようなときめきだ。
「少し、段階を飛ばすが、単刀直入に言おう。君の妻、ミントと別れてくれ」
「圧倒的……説明不足……‼ 本当に段階を飛ばしすぎてるわ。もう少し説明してくれ。と、言うより俺とミントは結婚してないぞ」
「そうなの? じゃあ話は早い。君に頼みたいことはほかでもなく、私の夫となり、ストレリチア家に婿入りしてほしい」
「話が早すぎるっつってるでしょ。だから段階を踏まえて説明しろっつってんの!」
口では困惑し、切れているようにふるまうが、内心紅雄はドキドキしていた。ライカのような美人に求婚されるとは夢にも思わず、本能に従ってしまえば二つ返事でOKしたいが、ミントに対する義理という理性がそれを許さない。
「そもそも、あんたは俺を殺しに来たんだろう? どうしてそれが婿入りの話になる?」
顔を真っ赤にしつつ、ライカに説明を求める。
「ふむ。確かに私は君の抹殺の任務を王から仰せつかり、この村までやってきた。だけど、君との決闘に負けた。正々堂々とした勝負で負けたんだ。あの時点で私は君を殺す気はなくなった」
「そこまで正々堂々だったか? あんた手加減してたじゃないか」
ライカは決闘の時、殺そうと思えばいつでも紅雄を殺せた。『疾風迅雷』の魔法を使えば、紅雄が自分が死んだと気が付かないほど、一瞬で命を奪えたはずだ。だが、それをしなかった。
ライカは首を振り、
「相手がどんな人間かも知らずに、殺してしまえるほど無慈悲にはなれない。良い言い方をすれば私は優しい騎士ゆえに相手にも情けをかける。悪い言い方をすれば、覚悟が足りていない騎士だからこそ、自分の手を汚すのにためらいがあるのさ」
肩をすくめる。彼女はそんな自分が嫌そうに話すが、その甘さに救われた紅雄としては好感を持てたし、そこがライカの良さだと思った。
だが、紅雄はまだ解せなかった。
「それに、あんた
ゴブリン襲撃時、ライカは雷撃の魔法でゴブリンを倒した。
「あれは使わなかったんじゃなくて、使えなかったんだ」
「? 何か条件でもあるのか? 発動のトリガーになる」
魔法と言えば、呪文を唱えるのがパッと思いつくトリガーだが、ゴブリンを倒した時、紅雄の耳に呪文は届いていなかった。ただ聞こえていなかったと言えばそれまでだが。
「いや、私ほどになると無詠唱で手をかざし、頭に術式を描くだけで
そう言って手をかざすと、ライカの手から雷撃が放たれた。紅雄のすぐ近くにある木にあたり、焦げを残し、少し肝が冷える。
「じゃあ、どうして」
「ただ単純に、忘れていたんだ」
「は?」
「仕方がないだろう、男に肌を見られたのは初めてだったんだ。それも相手は私を裸にしておいて高笑いをしていた。頭が恥ずかしいやら、腹立つやらでパニックになって、気が付いたら勝負が終ってた」
「つまり、パニック状態になっていたと?」
「そう」
ライカは頷いた。
「だけど、殺すことができるなら、いつでも殺せるのは君も同じだったはずだ」
「俺も?」
「
そんなことを問われても、紅雄は元々ただの学生だ。人を殺さないと自分が死ぬと言われても、早々殺す覚悟ができるわけがない。
それに……、
「殺せるわけないだろ。どんな時代だろうと、殺さなくて済むなら殺さないに越したことはない。それに、人を殺すと後々面倒になる」
「ほぉ……」
興味深そうにライカの目が光った。
「そこから先の言葉が気になるが、まぁいい。私が君を認めているのはそういうところだよ」
「あんたが、俺を認めている?」
ライカは頷いた。
「君は善良だ。この時代の人間にはない誠実さと気高さがある。強い力を持っても誤った心を持っている人間は正しく扱えない。君には正しい心がある。だから、私は君に共に王都に来て欲しいと思っているんだ」
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