第21話 決意と作戦と

 一週間後。

 パラディオス王国、国境から続く草原。そこを進んでいくと少し小高い丘の上に森がある。森へたどり着くには一本の坂道を上る必要があり、その道は両脇が高い崖になって、小さな谷になっている。

 谷間の道は木でできた柵や槍で固められ、要塞と化している。


「来たか……」


 崖の上に立つ見張り小屋、そこに佇む男が一人、姫田紅雄だ。

紅雄は目を凝らして、草原の奥に揺らめく影を見つめた。望遠鏡を取り出し、覗き込む。

 緑色の肌に口の端から伸びる鋭い牙、額がいやに膨れ上がり、尖った耳をしている。

 ゴブリンだ。

 草原をゴブリンの集団が進んでくる。奴らは皆、黒い鉄でできた禍々しい鎧を身に着け、その不気味な外見に威圧される。


「やっぱり、いざ来るとなるとおっかねぇな……」


 紅雄の頬に汗が伝う。


「ゴブリンが来たのかい?」


 見張り小屋から降りると、ライカがいた。雷衣サンダードレスを引き裂かれ、代わりにミントの服を借りている。素朴な布の服を身にまとっているが、なびく金髪が高貴さを醸し出し、村娘には見えない。


「あ、ああ。ライカ、もういいのか?」


 彼女のドレスを引き裂いて、一週間……決闘中のこととはいえ、やはりまだ紅雄の中に罪の意識はある。


「いいって何が?」

「その、あんたの裸を俺が見ちゃったこと」

「良くはないよ。責任をとってもらいたいね。だけど、今は気にしている場合じゃない。君じゃないとあのゴブリンを倒せないんでしょ? 半信半疑だけど。勝算があるんだね?」

「ある。皆、石は用意している⁉」


 紅緒が村の男衆に問いかける。

 男衆は一列に並び、丸い、自分の体の二倍はありそうな巨石を隣に置いている。


「見りゃわかんだろ!」


 グラントが声を荒げる。

 巨石の数は一つだけ。超重量の大きさの石など、探してもそんなに見つからないし、大人十人がかかり半ば命がけで山からここまで運んできた。


「うん、ありがとう。運ぶことまでは期待してなかったんだけどな」

「用意しろ言ったのはお前だろ、ったく。だけどよ、たった一つつで大丈夫なのか?」

「一つでも大丈夫なくらいさ。ただ、石が砕けた時のためにもう一つぐらいあった方が良かったけど、まぁ、大丈夫だろ」


 村人たちは皆木の鎧と槍で武装している。彼らが不安そうに見つめる視線を受け止め、紅雄は右手で巨石に触れた。


「『紋章エンブレム』」

「ベニオ? 何をやるつもりだ? そろそろ説明してもいいだろう?」


 男衆のリーダー格、グラントが問いかける。

「まず、ここは下り坂になっているでしょう、ゴブリンたちを引き付けて、そこにこ

の石を転がす」


 谷間の道を指さしなぞりながら、紅雄が説明する。


「なるほど、とりあえず巨石転がしの罠にはめて数を減らすんだな。そして、俺たちが戦うと。でも、たった一回だけしか使えないし、それにこれ見よがしに坂の上に石があったら警戒して昇ってこないんじゃないか?」

「坂の上に置く必要はないよ。隠しておけばいい。森の中にでも」

「……じゃあ、どうやって運ぶんだよ?」

「これを使う」


 紅雄は笑って、左手を開いた。そこにあるのは「L」の紋章が刻まれた小石。


「それに、罠は一回だけじゃない。何度でも、永遠に使い続ける」


 紅緒は河原で拾った小石たっぷりの籠を背負った。

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