第9話 優しさと現実と

 よく晴れた空の下。

 いつものように紅雄は畑仕事に精を出していた。


「お、男衆が来たね」


 おばさんが種をまく手を止めて顔を上げる。

 これもまたいつものように村の外へと向かう村の男衆が畑仕事をしている女衆に「行ってきます!」と手を振って挨拶をしている。

 そして、その光景を何回も見ている紅雄は、毎回同じ問いかけをおばさんにする。


「なぁ、おばさん、男たちどこ行ってんのよ? いい加減、教えてよ。つーか、俺も参加していい?」


 そのたびにおばさんは同じ答えを返す。


「だぁめ。あんたには関係ないし、行っても邪魔になるだけなんだから、それよりもアタシらと一緒にこの世界で暮らしていく知恵を学ぶ方が大事なの」

「関係ないって、いい加減教えてくれても……」


 今日という今日はせめて何をしに行っているのか、教えてはもらおうと食い下がる紅雄。

 そんな紅雄へおばさんは困りはてたような表情を浮かべた。


「それは……」

「いいだろう」


 ビオ村長だった。彼は杖をつきながら、紅雄へ歩み寄る。


「いいんですか? 教えても」

「そろそろ頃合いじゃろう。のう、ベニオ。畑仕事は覚えたかい?」


 初めて会った時の敬語は懐かしい、メイデン村で暮らしているうちにビオ村長は紅雄に対して砕けた言葉を使うようになっていた。壁がなくなり、おじいちゃんに接しているような気がして、紅雄は今の言葉遣いの方が好きではあるが。


「畑仕事って、まぁ、鍬入れと種まきしかやってないけど、大体の流れはおばさんから聞いたよ」

「よろしい。では、酒場の給仕は?」

「村長もたまに見てるでしょう? この村の男衆にこき使われてるじゃない」

「よろしい」


 仕事を覚えたかビオ村長に確認され、紅雄はそのたびに肯定する。


「畑仕事と給仕仕事が関係あんの? もしかして、男衆は別の畑とか出稼ぎとかに行ってるの?」


 畑仕事を覚えたか聞くということはそういうことだろう。畑仕事も覚えていない人間が来ても役には立たないというわけだ。


「…………」

「でしょ?」


 表情が変化しないビオ村長から、答えは返ってこない。代わりにおばさんの方を見ると、おばさんは沈痛な面持ちで俯いていた。


「ベニオ実はね」

「うむ、頃合いだろう。ベニオ、私と一緒に来なさい」


 話そうとするおばさんをビオ村長は手で制し、くるりと背を向けた。

 杖を突き、村の外まで歩いていくビオ村長の背中に、戸惑いながらも紅雄は付いていった。


            ×   ×   ×


 森の中の街道を、紅雄は村長と共に進む。

 ビオ村長のペースに合わせてのんびりと並んで歩く。


「時に、ベニオ。我が孫、ミントとの関係はどうだ? もう伽は済ませたのか?」

「ぶっ……!」


 いきなり直球な質問についつい噴き出してしまう。現代学生の紅雄には「伽」という言葉はあまり耳馴染みはないが、時代物の小説で呼んだことがある。

 確か意味は、性交、交尾……。


「孫とセックスしたかなんていきなり聞くじじいがどこにいる! したことないよ! まだ童貞だよ」

「そうか……しとらんのか……」


 そんなじじいはここにいる。がっかりと肩を落としている。


「大体、あんたが嫁に出す話はなかったことにって言ったんだろ? だったら、したら絶対怒るだろ」

「その話は無かったことにしてくれんか」

「は?」

「嫁に出す話を無かったことにすることを無かったことにしてくれんか」


 頭を抱える紅雄。


「あ~……つまり」

「どうか、ミントを嫁に貰ってくれんか?」

「いきなり過ぎない? ミントもあんたも、ちょっと俺に対する好感度が高すぎて引く。そんなに俺立派なことしたっけ? 能力もしょぼくて、二年一組……あ~、こっちだと『異能騎士団アルタクルセイダーズ』って名乗ってるんだっけ。あいつらに一人も勝てそうにない無能だよ?」


 ビオ村長は首を振った。


「それは自分を過小評価しすぎとる。お前はこの村に来て、文句を言いはしたが、真面目に働き、メイデン村の心に入り込んだ。村の人間というのは異物を恐れる傾向にあるが、お前はすんなりと溶け込み、心地よい空気を作り出してくれた。初めはあれだけお前を恐れ、警戒していた皆の者も、今ではお前と肩を叩き合い、笑いあっておる」

「それはあんたらがいい人たちだからだ」


 余所者、それも異世界から来た人間だとわかっておきながら、優しく気さくに受け入れてくれたのは本当に感謝している。メイデン村の人間が皆いい人だからこそ、自分は受け入れてもらえたのだ。

 そう思っている紅雄だが、ビオ村長はまた首を振った。


「お前さんの人柄によるものだよ。お前さんは謙虚で相手のことをよく見ておる。だから、みなに優しくできるし、みなもお前に優しくなる」

「………ほめすぎ。もしかして、何かある? 俺を褒めまくって騙して、お金でも巻き上げるつもり?」

「ホッホッホ、イノセンティア以外からくる『ワタリビト』から金を巻き上げて何になるというのじゃ。ホッホッホ~」


 金をせびるのではないかと警戒した紅雄がよほどツボに入ったのか。ビオ村長は笑い続けた。


「そんなに笑わんでも」

「すまんな。じゃが、裏はあるぞ」

「え?」


 笑うのをやめ、ビオ村長はしわがれた目で紅雄を見つめた。


「安心せい。私らメイデン村の者ばただ純粋な親切心だけで、お前に優しくしとったわけじゃない。ちゃんと打算という裏がある」

「安心しろ、裏がある。と、言われて安心すると思う?」

「ほれ、ついたぞ」


 ビオ村長が森の街道の先を杖で指し示す。

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