第8話 笑顔と優しさと
メイデン村を流れる緩やかな流れの川辺に一人、紅雄は座り、夜空を眺めていた。
「ハァ……疲れる」
日々の雑用で疲れ切った体を休める唯一の時間だ。酒場でのバカ騒ぎが終り、ようやくほっと一息つける紅雄の癒しの時間だ。
「お疲れ様です。旦那様」
スッと、紅雄の視界に木でできたコップが差し出される。
「ありがとう、ミント。何度も言ってるけど、旦那様はやめてくれよ。村長も嫁入りはなかったことにするって言ってたじゃない」
ミントは頬を膨らませて、非難がましい目を紅雄に向ける。
「いいじゃないですか。私が旦那様をどう呼んでも」
「いや、良くないよ? 結婚してないんだから」
「村長にしなくていいと言われただけで、するなとは言われないですよ。私たちの気持ちが同じなら、問題ないじゃないですか。それとも、旦那様は私のことが嫌いですか?」
しゃがみ込み、あざとく紅雄の顔を覗き込むミント。そのクリクリの瞳に間近で見つめられ、女性慣れしていない紅雄は溜まらず視線を逸らした。
「嫌いじゃない、嫌いなわけない。むしろ……」
「むしろ?」
滅茶苦茶可愛いと思う、とは、高校二年の童貞には口が裂けても言えない。
「………でも、ミントはいいのか? 俺と結婚しても」
一週間、一緒に暮らし昨日ようやく「ミントさん」から「さん」をとることができた自分にどうしてこんなに献身的に接してくれるのか、紅雄にはそれが分からない。
今もこうして紅雄がすぐに寝付けるように、心を落ち着ける妖精の村から取り寄せた、アウロラ草を煎じたお茶を差し出してくれる。
聞かれたミントはにこっと最初に目覚めた時に見せた笑みを紅雄に見せた。
「ええ、私はベニオさんのこと大好きですもの」
「……ッ!」
ストレートに言われてドキッとする。
ミントが紅雄の隣に座る。
「と言っても、この村に来て、目が覚めた時から好きだったわけじゃないですよ。看病していた時は、顔はそこそこ好みだけど、自分から頭を気に打ち付けるなんて、おかしな人だなぁって思ってましたよ」
自分の黒歴史をズバリ言われて、胸が痛む。
「う……そのことは……て、え、今俺の事イケメンって言った? イケメンって言ってくれた?」
「正直、おじいちゃんにこの人の嫁に行けって言われたときは、好きでもないのにどうしてって思いました」
鬱陶しい紅雄の問いかけを無視して続けるミント。
「だけど、旦那様が起きて、村は変わりました。暗くてみんな俯いていたのが、明るく前を向くようになったんです」
「……そうなの?」
紅雄にとってメイデン村の住民はみんな明るく、自分の能力をからかってくる茶目っ気のある人間たちにしか見えていなかったが。
「いや、それは過大評価だよ。みんないつもあんな感じでしょ」
ミントは首を振った。
「いいえ、旦那様は凄いです。『
「………ほめすぎ」
全力で褒められて、流石に照れる。顔が赤くなって、ミントをまともに見ることができない。
「あいつらは俺をからかってるだけだって。能力がしょぼいから」
「その軽口に気を悪くせずに、ちゃんと反応を返すのは旦那様の優しさですよ。そんな優しい旦那様が大好きです」
そっと、紅雄の肩にミントの頭が乗せられた。
「軽口を気にしないねぇ……いや、気にしてるよ?」
肩から伝うミントの熱は、何故だか紅雄を安心させた。
ミントは身じろぎ、更に紅雄に体を寄せた。
「こんな絶望的な状況で、旦那様がその状況を打破してくれるとみんな賭けていたんです。だけど、それが打ち砕かれて、本当に万策が尽きて、みんなただ村が滅ぼされるのを待つだけになったのに。笑顔が絶えないのは旦那様のおかげですよ……旦那様がみんなを笑顔にしてくれるから……」
段々とミントの声が小さくなる。
「滅ぼされるって、切迫した言い方。魔王の勢力が強いって言っても、そんなすぐにこの村に来たりはしないだろ?」
「す~……す~……」
肩から寝息が聞こえてくる。
「寝ちゃったよ」
紅雄はミントの寝息を聞きながら、このままこのメイデン村で生きていくのも悪くないかと思いながら、夜空の月を眺め続けた。
「……ZZZ」
そうしているうちに、紅雄も眠りに落ちた。
翌日、夜露に濡れた二人は若干の風邪をひいた。
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