7話

「なるほど、それで私を呼んだのですね」

「ああ、悪いな。さすがに俺が運ぶのは人目につくと思って白百合騎士団に任せられないかと思ったんだ」

「折角の愛瀬の好機だと思いましたのに……残念です」


 うん、エルを見てその一言は無いだろ。

 それにリリーの後ろにいる三人の女性兵士から向けられる視線が痛いし……まぁ、俺の名前なんて悪い意味で知られているからな。女性の敵が相手となると嫌悪感に満ちた視線だって向けてしまうのだろう。だから、目付きを鋭くしないでください、エルさん……!


「冗談は程々にしてくれ。リリーが良くても、他の騎士団員が良い目をしないだろ」

「この子達にはまだ早かったようですね」

「私の大切なシオン様に対して、そのような視線を向けるとは」

「別にいいだろ。俺はこの子達に好かれたくて生きているわけではないし」


 暴走しそうなエルを軽くチョップしてやる。

 あのさ、俺の事を大好きなのは嬉しいし、ずっとそのままでいて欲しいって思うんだ。だけど、こういうところで暴走しそうになる癖は無くして欲しいんだよな。人を噂話で評価するのは普通の事なんだからさ。気にするだけ無駄だって。


 一先ず、労いの言葉はかけないとな。

 リリーに魔道具で説明してから数分で来てくれるような精鋭達だ。他の仕事もあるだろうに来てくれたのだからルール家として対応しておかないといけない。本音を言えばフランクに対応したいけど……まぁ、無理だな。


「すまないな、忙しい中、呼んでしまって」

「いえ、ルール家に仕える騎士としてお呼びとあらば参るのは当然の事です」

「とはいえ、だ。後で何かしらの褒美は渡しておく。好みに合うかは分からないが……合わなければ売って金にでもしておくれ」


 少しばかり頬が緩んで引き締まった。

 曲がりなりにも公爵家であるルールの子息から褒美が渡されるとなれば、期待しない方がおかしいよな。その後で嫌な考えが過ぎるかもしれないが……申し訳ないけど手を出す気にはならない。可愛い顔をしているとは思うよ。でも、手を出そうものなら……。


 主に三名、恐ろしい女性が浮かんでしまう。

 しかも、方や背後から般若が、方や龍が、方や虎が背後に見えるんだ。そう簡単に手を出して「はい、ごめんなさい」で済まないのだから何もしないが吉だな。それに下の方は相手してくれる人もいるわけだし。


「シオン様から頂ける物を売るなど私が許しません。私ですら貰えた事が無いというのに」

「好きでもない人から貰う物ほど価値の無い物は無いだろう。ならば、売る前提で褒美を与えた方が選ぶ方としても楽でいい。それとリリーには今度、贈り物をするから許してくれ」

「仕方がありませんね。売る前提で渡すとなれば私から言える事はありませんから。別に私も贈り物を頂けるから許すわけではありませんよ、ええ。楽しみにして心の奥底がウズウズしているとかでは決してありません」


 はいはい、楽しみにしていますよって事ね。

 効果の高いネックレスでも渡してあげよう。それなら装備品としても活躍するし、装飾品としてもリリーからは喜ばれるはずだ。後、エル……君には事ある事にプレゼントしているんだから欲しがろうとしないでくれ。


 おし……これでリリー達に暗殺者を運んでもらえるから特にやる事も無くなったな。黒魔法で契約もしておいたから尋問などせずとも簡単に情報を吐くだろうし……疲れたから帰宅してもいいが一応、ギルドには依頼の報告をしなければいけないか。


「俺はこのままギルドに行くよ。少しだけ用があるから……エルは先に帰って詳しい説明をしておいて欲しい」

「私も行く、のは難しいのでしょうか」

「はぁ……エルのような美しい人を連れて行けば面倒事に巻き込まれかねない。だったら、一人で行った方が楽に済んでいいと思っただけだ」


 事実、何度も絡まれているわけですし。

 その度にリリーに助けて貰っているのだからさすがに自衛の一つや二つはする。心配な気持ちがあるのだって分かるけどさ、理解してくれ。エルは美人過ぎるんだ。それに……。


「この美しい顔をただの凡夫に見せたくは無い。本音を言えば甲冑を着る毎日に戻って欲しい気持ちすら強いが、それではエルが動きづらいと思って言えずじまいなわけで」

「な、なるほど、それなら仕方がありませんね」

「あ……ああ、分かってくれたのならば、それでいいが」


 無駄に聞き分けがいいな。

 それに頬を赤らめているしで……何かあったか。一人で動く方が楽としか伝えていないはずだし、変な事は口にしていないはず……いや、口にしていないよな……?


「恐れながらエル殿への愛の言葉を長々と口にされておりましたよ」

「ふーん、あ、思った事を口に出してしまっていたのか。まぁ、だとしても、事実だから大して問題は無いからいいけ……って、影信、いつからそこに居たんだ」

「もとより影から覗いておりましたよ。危険が迫れば間に入ろうと思っておりましたが……要らぬ心配だったようです」


 影から……はぁ、どこかにいたんだな。

 いやはや、あれだけやって作った罠でさえも潜り抜けるとはさすが影信か。まぁ、元仲間であろう幹部君も俺の察知からは抜けていたし、それくらいできないとって感じなのかね。こちらとしては自信を無くすばかりだよ。


「ええ、見事な手際でしたよ。私が教えた剣も既に扱えていたあたり、やはり主は天才でしたね」

「……お前に褒められると悪い気はしないな」

「全て真実ですから。長年、主を探してさまよっていた私の言葉に嘘偽りがあるわけもありませぬよ」


 嘘偽りね……性格的に言わないだろうな。

 冗談は言えど、なせが影信は俺に対して盲信的な忠誠心を抱いている。それに加えて仕事の速さも普通では無いからな。現にトーマスとの一件は魔族と手を組み反乱を起こそうとする、そんな予兆を感じたシンの命令で消されたとされているんだ。情報を改変しようにも市民達に噂が流れた手前、リセットするのは簡単ではないだろうな。


「まぁ、そこら辺はどうでもいいや。それなら影信を護衛につけるから少しの間、別行動をするだったら許してもらえるか」

「……仕方がありませんね。確かにエイシンがついていたのならば問題が起こる可能性も減るでしょうし」


 影信は強い、それはエルも知っている事だ。

 だからこそ、着いていく言い訳を作れないのだろう。さっきの俺でさえも察知できない隠密性能であったり、単純なステータスであってもエルやリリーの次に来る程の高さを誇っている。


 まぁ、言い方は悪いけど良い機会なんだ。

 最近はやって貰いたい仕事に従事させていたから話す機会も薄かったからな。それこそ、トーマスとの戦いの時とかで質問も多くあるし……明らかに仲間になってからの強さが戦った時とは比べ物にならないほどに高い事、とか。


 仲間になったら弱くなるキャラクターとかはゲームでも良く居たけどさ。その反対って言っては悪いけど見た事が無かったな。いや、仲間になったら強くなるとかクソゲー待ったナシだから当たり前だけどさ。それでも現実で起こっているのだからなんとも言えない。手を抜いた……とは、簡単に言えるけど、それが不可能な事は俺でも分かるから本人に聞くのが一番、手っ取り早いだろ。


「それではエイシン、私の最愛の旦那様の護衛をよろしくお願いしますよ」

「お任せ下さい。我が身に変えても守り抜かせていただきます」


 うーん、ツッコミどころ満載だ。

 でも、素直に引いてくれているし、ここは静かに手を振って見送っておこう。それにエルが俺のものっていうのは事実なわけだし……もっと言えばシンにも認めてもらったから最愛の旦那様も間違ってはいないのか。


 手で影信に着いてくるよう指示を出す。

 そのまま、街の方向へと静かに歩き始めた。本音を言えばシオリに乗って走ってしまいたいが、そんな事をすれば隠密を使っていたとしても目立ってしまうからな。それに同じ速度で歩いていた方が話もしやすいし。


 さてと、という事で……。




「そういえば質問があったのだが……」

「なんでしょう。話せる事であればいくらでもお伝えします」

「さっきの暗殺者達について聞きたい。特に最後の幹部を名乗っていた存在だな。幹部と名乗るにしては影信とは比べ物にならない程に弱かったからな」


 影信の特徴としてギルドに関わる話は口にしたがらないというものがある。だから、今だって何と返答をするかで眉を顰めているんだ。その後に来るのは確実に後者に対しての返し……。


「御冗談を……あの時に私めを圧倒した程の方が幹部如きに遅れを取るわけがございません」

「世辞はよしてくれ。あの時に手を抜いていた事は俺でさえも分かる話だ。それに本気でやりあえば俺が勝てない事も分かっているからな」

「ご明察通り……単純な戦闘なら負けない自信はありますよ。ですが、本気でやりあえば負けるのは確実に私です。そこに関しては覆す気など少しもありません」


 予想通り、聞きたい話をしてくれた。

 もちろん、前者に関わる話をしたとしても俺としては有難いからな。どちらの話になったとしても俺が求める回答が来る……とはいえ、後者の話が終われば前者についても聞かせてもらうが。


「にしても……普通は制約によって本気で戦う事になるはずだろ。どうして力を出さずに戦う事ができたんだ」

「あの時……実を言うと体調が悪かったのですよ。昨日に飲んだ酒の影響でしょうか。どうも体がフラついて仕方がなかったのです」

「……そうか」


 俺を完全に信頼しての行動だったのか。

 色々と考えてみたが……話を聞く限りであれば負ける事を前提に動いていた事になる。普通は暗殺者が負けるというのはイコール死を表すはず。それでも尚、ルマと共に死のリスクを負ったという事は俺が二人を仲間に引き入れる事も視野に入れて……いや、引き入れると考えて動いていたな。


 手は抜いていない、だが、手を抜いていた。

 どうせ、酒という名の毒を飲んでいたのだろう。だとすれば、仲間に引き入れた後での圧倒的な力も納得がいくな。……本当の本気で戦っていたのは成長途中のルマだけだったという事だ。間違いなく本気で戦っていた影信が相手ならば俺に勝ち目なんて無かったな。

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