6話
「唯一の勝ち筋を捨てるか!」
「そりゃあ、どうも」
「ちっ……無詠唱も使えるのか」
まぁ、詠唱するのも時間の無駄だしな。
というか、魔法を使えなかったのだって守りに割くリソースを減らしたくなかったからだ。どうにかして守り切れている戦況で下手に隙を作り出す戦い方が好ましくない。でも、守りを捨てるとなれば話は別だ。
「闇槍」
「一瞬でそれだけの数を」
「そういうのはいいから」
時間稼ぎはエルがしてくれたからな。
だから、ここから先はエルが稼いでくれた魔力で敵を撃ち抜くだけだ。もっと言えば全身全霊の力を持って敵を倒す。倒せるかどうかはどうでもいい。何と言っても俺の近くにエルがいるからな。
「速いッ!」
「速くねぇよ。お前のステータスで簡単に追えるだけの速度でしかない」
「そんなわけがっ!」
あるんだよ、あるから言っているんだ。
どうして俺がエルやリリーと模擬戦をしていられるか、どうして目の前の敵を相手に攻めに徹していられるか……ステータスじゃない。それ以外の部分で敵の弱点を見定めて一番、取られて欲しくない選択をするだけだ。
その選択は……エルを相手にすればいい。
癖は何か、攻撃の前の予備動作は何か、ステータスの差はどれだけか、技術においてどれだけの優劣がついているのか、相手の思考能力の高さは如何程か……そのどれもが俺は負けていない。エルが相手の時のように完全敗北は少しもしていないんだよ。
「つまらないんだな」
「な、何がだッ!」
「いや、何でもないよ」
この程度の敵を警戒していたのか。
敵の強さを測れず、高々、少しばかり素早いだけの俺の攻撃すらも躱せない。ましてや、ステータスで言えば完全に俺の方が低いからな。黒魔法で無理やり強化しているとは言っても大きな差がある時点で少し縮まったに過ぎないし。
確かに先程の敵よりは強いが……。
「もう少し喧嘩を売る相手を考えた方がいい」
「生意気な口を……!」
「事実だから言っているんだよ。まぁ」
改善する時間なんて残されていないけど。
俺が得意とする闇魔法はデメリットの大きな魔法だからな。例えば剣に付与すれば相手の剣を簡単に壊せる代わりに俺の剣の耐久力がめっきり減っていく。そして俺自身への強化として使えば少しづつHPが削られていくんだ。
大きな強さを得る代わりに死ぬ危険性が高まる諸刃の剣。だからこそ、さっさと倒して契約させて連れて行くまでだ。少しでも攻め倦ねれば死ぬのは間違いなく俺の方、まぁ、死にかけてもエルがいるから安心して戦えるけど。
「これは……!」
「まさか、本気だと思っていたのか。まだまだ本気は出していないぞ」
「速度が変わった……いや、太刀筋が変わったのか!?」
さすがに理解が早いみたいだな。
先程までは俺の好む太刀筋を使っていたに過ぎない。だが、それは俺の好みの範疇であって敵を試すための打ち合い方だ。強いかどうかを判断するための守りに特化した……言わば、師匠達と打ち合えるように生み出した立ち回り方。
ここからは……エルの動きの模倣だ。
エルは攻めに特化したタイプの、完全に守りを捨てる立ち回り方だ。もちろん、それを模倣したところで確実に扱い切れないのは目に見えている。アレはエルのような圧倒的なステータスと剣術の高さが相まっても尚、成し遂げられないような化け物の動きだからな。リリーでさえも真似出来ないと言わしめた代物だ。
でも、それに似せて立ち回る事はできる。
まぁ、それも闇魔法という稀有な力があってこそ、成し遂げられるわけだし……そこを踏まえても完璧に扱えないような立ち回り方だからな。余裕があったらエルよりもリリーの方が確実に負けない立ち回りができる。ただ、それでは……。
「何も面白くない」
「な、何が」
「この不完全な立ち回りすらも覆せない、そんなお前が面白くないと思ったまでだ」
斜め下からの上に向けた斬撃。
振る時だけ本気で闇魔法を付与させて、振り切ってから付与を弱めておく。一瞬、一瞬で付与をかけて消す行為……魔力消費が多くなる分だけHPが減っていくのを防げるからな。とはいえ、闇魔法が経過時間で減るHPの量が増加しなければ消さなくても良かったのだが……まぁ、いい。
「面白くない、だと……?」
「空も切れず、間合いにも入り込めない。せめて、波すら起こしてくれるかと考えていたが……期待した俺が馬鹿だった」
エルやリリー、影信だったら間違いなく俺が求めている事をしてくれた。俺の言葉を理解できていない時点でコイツに価値は無い。……俺が求めているような何かは持ち合わせていないんだ。これならリリーの立ち回りの方が良かったか。
「やはり、影信が異常なだけだったか。そしてエルの教えについてこられるルマも」
「それはどういう」
「気にしなくていい。……お前が役不足だと気が付いただけだ」
本当に俺の師匠達がおかしいだけだった。
あの人達との模擬戦は、いや、剣の指南は雨粒全てを避けるのと同等の集中力を必要とする。もしも一粒でも当たってしまえばそれは俺の死を意味するんだ。果たして、そんな芸当をどれだけの人が成し遂げられる。それは教える側も教えられる側も両方で、だ。
「俺の師匠のように目に映っているのに守りきれない斬撃を与えてみろよ。瞬きの間に、この風の全てを探知できないのと同じように剣の波を作り上げてみせろよ! そこからだ! そこから初めて俺と対等に戦える!」
そこまで技術が備わっていない時点で、スキルのレベルに甘んじている時点で成長なんてものは見込めない。エルとリリーが最強クラスの剣の腕を持ち合わせていながら、それでもエルに軍配が上がるようにスキルレベルは所詮、補正をかけてくれる存在でしかないんだ。
あの人についていく、それが出来ている時点でエルが俺を認めるのも納得出来る。ああ、決して普通では無いな。俺の当たり前が、この世界での異常ならまず間違いなく……俺が、俺自身が気が付いていない間に……しかも、それを一月と少し程度で教えこんだのか。
「これが俺の
ステータス差など関係無く、そして剣術スキルのレベル差すらも圧倒する経験の差。どれだけの人間が死なずに同じ経験ができる。不可能だ、いや、もしかしたら俺はもう何回も死んでいるのかもしれない。
どうして俺は耐え切れたんだ。
分かっている、確実に元の俺が持っていた力が大きく関係しているんだ。単純な人一倍高い記憶力、それがあるからこそ、少しの時間で敵の動きをパターン化して対応ができている。そして、それら全てを叩き込んでくれたのは他でも無いエルだ。
「お前の動きはエルの中でも最低に近い。もう少しだけ型を学ぶべきじゃないか」
「ふざけるなよ! 俺は暗殺者ギルドの幹部なんだぞ!」
「その幹部が弱いから言っているんだ。いや、それでは少しばかり哀れか」
型だって覚えたつもりは無かった。
だけど、エルの対応していく内に勝手に学んでいたんだ。リリーは言った、エルは教えるのは下手だが剣の腕は確かだと。そして、それは紛れも無い事実だった。エルは……相手を選ぶ代わりに教えた人の才能を、間違い無く引き出せるだけの最強の剣士だ。
「どこへっ!?」
「気を逸らすな。今の一撃で死んでいたぞ」
「ふざけッ!」
「ほらほら、俺より強いんだから対応くらいできるだろ」
ヤバいな、どんなに敵が強くても勝てるイメージしか湧いてこない。行動してすぐに次の行動が浮かんで来てしまう。そうか、これがエルの鍛え方というものなのか。
分かる、数秒先の行く末が。
敵がどうしたくて、そしてどう動くか。俺がどのように対応すれば敵を屠る事ができるのか……全てが映像のように見えてしまうんだ。未来視だとかの類じゃない。きっと、ここに立ってようやく剣を握れるようになったと言えるんだ。
一番、突かれて欲しくない部分。
そこが的確に見えてくる。もっと言えばエルが踏み込みそうな場所へと向かえばいい。少しだけ適当に打ち合う、本当の攻めはそこからだ。攻めに徹する事がイコール無策に突っ込む事では決して無い。
「そろそろ終わりにしよう」
「ひ……や……!」
「三段突き」
沖田総司が使ったとかいう技だったな。
同時に三段の突きを放つ……今の俺の本気では不可能な技だ。できて一秒毎に突きを放てる程度、エルの場合はこれを知覚不能な速度で同時に八つも放ってくる。それこそ、守りに特化していても対処は無理だ……だけど、今の俺の未完成な技でさえ、敵は対応できていない。
「死に晒せ」
「———そこまでです」
本気で放った突き、それが止められた。
いや、止められただけならまだいい。止めたうえで弾かれてしまったんだ。対策を取る時間すら与えずに一瞬で……そんな事ができる人なんて一人しか俺は知らない。
「殺意に囚われ過ぎです。もう敵は気絶しておりますよ。闇魔法の欠点は重々理解していると思っていたのですが……まだまだのようですね」
「……ごめん、エル」
「良いのです。こういう時に止めるのが師匠としての役目ですから。そして本気で戦い、勝利を収めた者に対しては恋人としての役目を果たします」
思いっ切り抱き締められてキスされた。
うん……嬉しいけど絶対にエルがしたいからしてきただけのような気がする。最終兵器、裸エプロンとかを教えたらやってくれるのだろうか。いやいや、本当にしてくれそうだから教えるのはやめておこう。
「お疲れ様です」
「はは……本当にエルには勝てないな」
「シオン様の全てを知る師匠兼恋人ですから」
プルンと大きな何かが上下に揺れた。
絶対にわざとだ……これで反応したら帰ってからが怖くなってくる。主に夜、明日の朝が遅くなりそうな気がするから反応しない方がいい。という事で、倒した暗殺者達を運ぶ事にしようか。
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