5話

「笑い始めてどうした! 私の強さに恐怖でも覚えたか!」

「はは、そう思うならそれで結構。ただ、こうやって攻撃が当たっていない時点でそれは無いと分かるだろう」

「ふん、それも今だけよ! 魔法特化のお前に比べれば体力勝負なら私に分がある!」


 体力勝負、ね。……本当に馬鹿なんだなぁ。

 俺はただ遊んでいるだけだ。それこそ、攻めに入る前の敵の実力を計っている段階でしかない。同じ土俵にも立っていない時点で勝つ負けるを決められるわけが無いだろうに。


 本当に、本当に影信とは大違いだよ。

 あの人なら間違い無く俺の考えを理解して本気で戦いには来なかったはずだ。最初から本気で向かえば先にバテるのは攻めに徹する方、もちろん、バテる前に守りを崩せるのなら本気で向かうのは良い作戦だろうが……。


「得物も弱ければ、手数も少ない。その程度で分があるとは笑わせてくれるな」

「な!」

「そう何度も驚くなって。面白くないぞ」


 エルやリリーに鍛えられた俺が簡単にスタミナ切れを起こすわけが無いだろ。スタミナが切れてシリを叩かれまくったせいで配分調整に関しては負けない自信がある。もっと言えば少しペースアップした今の状態で一時間は持つぞ。


 さて、一気に攻勢が逆転したが持つかな?


「どうした、さっきまでの威勢はもう消えたか」

「はっ、この程度ッ!」

「そうか、なら、もう少し早めよう」


 剣を振る速度を少しだけ早めた。

 ただそれだけ、ただそれだけなのに相手は何も対応ができなくなってきている。それがものすごく驚きだし優越感にだって浸れてしまう。でも、相手が弱いだけなのは俺でも分かっている。


 楽しめればいいなとか思っていたけど……このまま戦っていても時間の無駄か。興奮するような戦いができないならば面白くない。って事で、これで終わりにしよう。


「付与、そして消えろ」

「あ……!?」


 一瞬の付与、これはマリア直々の教えだ。

 戦いにおいて準備などに時間をかけるという事は大きな隙を見せるという事。なればこそ、俺が得意とするような付与は戦っている間か、もしくは事前に準備をしておかなければいけない。


 さっきの打ち合いだってそうだ。

 相手の強さを測るのと同時に付与の準備だって整えていた。後はトリガーを引くだけ、そこまで持っていけていれば何の心配もなく戦える。


 黒魔法の付与、そして鍔迫り合い。

 咄嗟の対応としては悪くない。だが、それは普通の敵が相手だった場合だ。俺のような黒魔法を付与させていた時は話が大きく変わっていく。打ち合いの回数が多ければ剣が朽ちていくし、そもそも今回のように刃ごと斬る事もできる。


「脆い剣だ。せめて、数発は持てよ」

「な、なぜ……これは大銀貨五枚はする名剣で」

「ああ、その程度じゃ意味無いよ」


 その程度が名剣……笑い話にもならないな。

 俺の剣は魔力が多く籠ったダイヤモンドを加工して作られた剣だからな。耐久力も違えば、魔力の通しやすさとかも違う。俺のような付与を得意とする人が使う剣としては魔剣や聖剣を除けば最高クラスの武器だ。


 それに大銀貨五枚、つまり五万程度の武器と千五百万の武器が同じ扱いをされても困る。確かに普通の人達の給料から考えれば安い物ではない。でも、ルール家に似たような剣なら五万とある。五万円だけに。


「どうした、もう手が無いのなら動けないようにさせるだけだが」

「そんな訳ないだろ! 火の精霊よ、我の」

「あ、それは許さないよ」


 普通に詠唱を始めたからぶん殴ってみた。

 これだけでも十分な火力だったみたいで転げながら吹っ飛ばされている。そのせいで詠唱も止まったみたいだし一石二鳥だね。というか、こんな近距離で火魔法とか殺す気満々だな。自分にだって被害があるだろうに。


「クソがっ!」

「それは油断し過ぎだって」


 思いっ切り、ぶん殴ってまた飛ばす。

 コイツは体を起こすのに時間をかけ過ぎている。それだけの時間があったら剣を構え直して付与する時間だってあったからな。というか、もしもエルと模擬戦で戦っていたなら確実にそうしていた。口にする言葉を考えている暇があれば勝つための一手を見定める……そんな事も出来ないのか。


「呆れるよ。暗殺者と言えどもこの程度か」

「ふざけ!」

「だから、油断するなって」


 次は距離をあける気もない。

 顔面をぶん殴って暗殺者の背後に風の壁を作り上げておく。これで殴っても四方が固定されているせいでどこかへ飛ぶ心配も無い。少しは練習になると思っていた。影信とまではいかなくとも歯応えのある相手だと思って接近戦だって持ち込んでいる。なのに……。


「もう気絶していろ」

「がっ……あぁ……!」


 頭を掴んで魔力を流し込んだ。

 もう戦う気は無いから黒魔法で精神的に倒してしまって連れて行く……っていうのが作戦だけど非人道的なやり方だったかな。思っていた以上に苦しんでいるみたいだし。


 でも、アレだけ殴って気絶しない時点で無理やり倒すしかない。その点で言えば確かに暗殺者としては優秀だね。……だが、黒魔法が簡単に効くようでは可哀想だけど……。


「後は契約をして」


 そこまで言って咄嗟に後ろに下がる。

 一応だ、本当に念には念を入れただけだ。一瞬だけ軽い風の揺らぎがあったのと、エルから油断はしないように伝えられていたから……でも、その判断は正しかった。


「……躱すか」

「本当に出てくるとは思わなかったよ」

「さすがに……化け物の子と言ったところか」


 失敬な、俺は俺でシンとは関係が無い。

 とはいえ、この体はシンの息子という存在ではあるから……確かに剣とかの才能って面では血筋でしか無いんだろうな。固有スキルとかに関しては俺特有のものだろうけど。


 ってか、エル、助けてくれなかったな。

 顔を見たら笑顔を見せられたし……分かっていて試したんだろうね。できなかったら帰って怒られていただろうし、躱せて本当に良かった。


「なぜ、分かった」

「うーん、狙い目が気絶させる直前だったからかなぁ。後は……トールを倒した俺を狙うにしては暗殺者達が弱過ぎた。そこを踏まえれば他に敵がいてもおかしくないってなるだろ」

「……見事。だが、死ね」


 ふーん……踏み込みは早いね。

 剣の速度も俺より上……剣術スキルの五はありそうな気がするなぁ。ただ、影信程の剣の腕は無いから対応自体はできなくなさそうだけど……それも時間の問題になりそうか。だったら、隙を伺う方が勝ち目も見込めそうだな。


「なぜだ! なぜ! 私の剣を追える!」

「えーと……師匠より弱いから?」

「ふざけるな!」


 おお、一段と早くなったな。

 でも、その分だけ速度に任せているからか単調になったし予想はしやすい。敵の攻撃から身を守るって意味では難しくないか。……いや、その考え自体が油断になってしまう。


 右、左、右……縦振りが少ないな。

 これも癖と言えば癖だが、極端にリスクを取りたくない性格のようにも思える。横の方が俺からしても躱しづらいから好んで使っている……にしては九対一くらいでしか縦振りを使わないし。やっぱり、守りに徹している俺からのカウンターが怖いからかな。


 うーん、でも、これを崩すのは難しいなぁ。

 煽り続ける……のは俺としてもデメリットが大き過ぎる。もしも、この攻撃に加えて魔法とかを使われてしまったら耐えられる自信もないし、今だって魔力を練る余裕すら残っていない。思考と守りにリソースを割かないと確実に死ねるからな。


「なぜ! どうして当たらない!」

「師匠の剣の方が早いからだよ。それこそ、流す技術でもあれば何とかなる」

「私の剣を流す力があってたまるか!」


 おー、思いっ切り剣の腹を蹴られた。

 火力に関しても勝ち目は無さそうだなぁ。蹴られただけなのに手がヒリヒリと痺れているし。最悪はエルにバトンタッチも視野に入れないと。悪いけど今のところは勝ち目の一つすら思い浮かばない。


 いや、今の距離だったらワンチャン……って!


吸収ドレイン!」

「は……はぁぁぁぁぁっ!?」


 危な! 火の槍に貫かれるところだった!

 黒魔法の力で無理やり魔力として吸収したが、魔法も扱えるような相手かぁ。それも詠唱無しとなると相手の出方によっては対応も変えないといけなさそうだね。


「わ、私の火槍ファイアー・ランスを消し去っただとッ!」

「いや、これくらいなら誰だって対処できるだろ。俺がゴブリン並に弱いならまだしも、それなりに練度の高い魔法が扱えるんだ。解決策の一つや二つは咄嗟に思いつくって」


 ってか、マリアの魔法に比べたら弱過ぎて欠伸が出てしまうし。本気の魔法か何なのかは分からないけど魔力量が少なかったら大した事が無い。むしろ、マリアとは違って魔法を俺の魔力に変換できるのなら撃ち続けて欲しいくらいだ。


「そ、そんな……」

「あの、一応、俺ってルール家の血筋だからな。昔はどうか知らんけど努力すれば他の兄弟達のように戦えはするぞ」

「くそ……本当にルール家は化け物しかいないのかよ。何でだよ、少し前までは剣も魔法も扱えなかった女好きの癖に」


 女好き……は、否めないなぁ。

 一途と言うにはエルが好きだし、リリーが好きだし、マリアが好きだし、アンジーが好きだ。これだけ色々な女性に唾をつけておいて「いや、俺は一途なイケメンですしおすし」とは口が裂けても言えない。……というか、恥ずかしくて言えない。


「それは少し違いますね」

「何がだッ!」

「彼は過去のシオン・ルールとは違いますよ。もっと言えば彼の優秀なところは物覚えの良さです。何があっても弱音を吐かずに学ぼうとする姿勢が彼を強くさせているのですよ」


 お、おう……なんか、恥ずかしいな。

 いきなり甘ったるい惚気みたいな言葉を口にされるとは思っていなかったから……本当に恥ずかしくて悶えそうだ。いや、嬉しいんだよ。嬉しいんだけどエルの顔が見れなくなるって!


 でも、確かにそれはそうかもしれない。

 自分で自分の努力を確認する事なんて無いし、エルに俺の良さを聞く事だって無いから分からなかったけどさ。間違いなく、それはシオンではなく俺の良さである。そして、それを理解しているって事はエルは本当に俺を見てくれているんだ。


 少しだけ勇気が出てきた。

 無謀じゃなくて倒せるかもしれないって、エルが褒めてくれたような俺なら目の前の敵であろうと倒せるんじゃないかって思わせてくる勇気が間違いなく含まれていた。


「はっ! 公爵家に媚びを売るような女がグダグダとうるせぇんだよッ! 死ねッ!」


 はぁ? 今、コイツは何と言った……?

 エルが公爵家に媚びを売る女だと……だったら、リリーがあそこまでエルに対して悩む理由は無い。何も知らない癖に知ったような口を利くなんて馬鹿にも程があるだろ。……本当に少しだけ気分が悪いな。


「お前が」

「あぁ?」

「死ね」


 ちょっとだけ無謀に戦おう。

 大丈夫、死にそうになったらエルが助けてくれるさ。今は胸に残ったイライラを元凶に発散させたい。


 俺は暗殺者との距離を詰めた。



______________________

※この作品は無双系ではありません。

という事で、次回から三章が進んでいく予定です。ここら辺も後々、何かしらの意味で必要性があるのかもしれませんね!(何も考えていない顔)


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