4話

 エルより先を走って残り二人の方へと向かう。敵の位置は明白、それだけ風魔法での探知は高性能って事だ。エルほどの圧倒的強者でも無い限りは抜け出す事すらできない俺だけのエリア、そこに足を踏み入れた時点で暗殺者に平穏は無い。


 だが、エルが俺の後ろにいるという事実。

 これは本当に素晴らしい事だ。もちろん、暗殺者二人を抱えているから戦うのが難しいというのはある。それでも、こうやって前線を任せてくれているという事は俺を大きく信頼しているという事と同義だ。


 さて、こういう時はどのようにするべきか。

 相手が最初に倒した敵程度なら簡単に屠れるつもりだけど……それでも、トールとかいうバグがいた時点で油断は厳禁。やるからには確実に勝てるようにしなければいけない。


 黒炎は……森が燃えるから無しだ。

 アイツの時は位置が分かっていて、且つ確実に当てられる状態だったから撃てた。でも、今回の場合は相手が二人で強さだって分からない。もしも敵の察知範囲内に踏み込んで先制攻撃を許してしまえば……。


 となると、黒魔法が良さそうだ。

 遠距離狙撃で高火力となれば剣よりもそちらの方が敵を倒しやすい。ただし、問題点は火力が高過ぎて殺してしまわないかってところだな。そこに関しては相手が強い事を願うよ。


「イメージは……追尾する刃が百本」


 元は闇魔法の初級技だからな。

 それを応用……いや、応用と呼ぶには極端に難しくし過ぎか。マリア程の魔力制御はできないけど慣れ始めた今なら確実に扱えるはず。


闇槍ダーク・ランス


 多分、敵にはバレているだろう。

 だけど、木々の上から撃ち込めば多少は敵の視界外からの一撃を放てる。そして加えた追尾性能は相手を簡単に屠れるようになるだろう。できれば耐え切って欲しいものだ。


風壁ウィンド・ウォール


 見えない風の壁、これで逃げられない。

 これで準備は整った……では、消えろ。




 俺が腕を振り下ろした瞬間に辺り一面に真っ黒な闇の槍が降り出した。閉めて、俺のイメージ通り百、下手をしたら百五十はあるかもしれない。それらが敵の方へと降り注いでいく。


 圧巻……とはいえ、外観はどうでもいい。

 俺が求めているのは性能だ。こういう魔法の制御だって元はと言えば彼女であるエルやアンジーに良い格好をしたいからであって、別に敵を簡単に屠れるようにしたくて練習したわけじゃない。


 俺がこの魔法で求めるのは一つ。


「うーん、少しだけ甘いか」


 追尾性能が付与されたのは半数程度。

 この時点で魔法としては失敗だ。俺が求めているのは全闇槍への追尾性能の付与、そこが欠けている時点で俺の甘さが大きく出ている。間違いなくマリアならできた事を俺はできなかったんだ。これでは皆に追い付くには時間がかかってしまう。


 とはいえ、悪くは無いのも事実か。


「これは何なのだ!」

「まさか! 全て罠だったのか!」


 闇槍から逃れるために走り回っている黒ローブの男が二人いた。速度からして俺と同等か、それ以上ではあるが闇槍を消せない辺り魔法面では俺の方が有利か。ってか、この程度も消せない時点で恐怖は無い。


 油断はせず、恐怖も無い……それが一番だ。


「数を増やすのもアリだが……それでは練習にすらならないか」


 エルやリリー、加えて影信からも剣の教えを受けているからな。どうせ安全な状態なら魔法抜きで戦った方が練習になりそうだ。……まぁ、魔法を完全に使わないっていうのは油断にしかならないからそれはしないけど。


 さて、一先ずは数を減らそう。

 油断をしないというからには二対一とかいう不利盤面で戦うつもりは無い。やるからには一対一で確実に負けない状況を作り上げる。そこまでしてようやく遊んでもいい状態になるからな。


「悪いけど退場してもらおう」


 退場してもらうのは……対応がより遅れている方だな。俺が求めているのは実戦経験、となると、弱い方と戦うメリットは少ない。ましてや、片方を狙っても倒し切れる保証は無いからな。それなら倒せる可能性の高い方を狙うべきだ。


 残りの闇槍を四対一くらいに分けて片方の暗殺者を狙わせる。やはり、今出ている闇槍の数程度であれば俺でも操作が可能みたいだ。ここら辺は練度の問題なんだろうな……いや、これだけ操作できるのも普通では無いだろうけど。


「1084番!」

「ガッ……くっそ、俺狙いかよ……!」


 操作が可能、加えて敵の位置が分かるとなれば幾らでも追い詰める方法がある。それこそ、追尾する闇槍を四方から狙わせるだけでいい。一本や二本では大したダメージにはならないだろうが速度からして大半は対応が不可能だろう。事実、片方の暗殺者の体に闇槍が刺さりまくって戦闘不能にまで持ち込めたからな。


 オーケー、これで片方は潰れた。

 後は残った強い方、とはいえ、闇槍を対処できていない時点で実力は目に見えている。操作できる数の闇槍を放てば勝てるのは明白だからね。でも、それでは実戦経験として何の意味も無い。


 折角の対人戦なんだ、楽しもう。


「思ったよりも弱いんだな」

「な……お前は……!」

「ああ、お前達の追っていたシオン・ルールだよ。どうした、そんなに驚く事か」


 信じられないって顔をされてもなぁ。

 まぁ、ここまでしてやられたらそんな顔もしてしまうか。言っては悪いけど平均よりは強いけど俺の周りの人からしたら大した事が無いからね。知恵比べならルフレに勝てないし、実力勝負ならリールやマリアに負ける。そんな存在に何も優っていない時点でプロの暗殺者としてどうかって話だよ。


「やはり罠だったか」

「いやいや、俺の探知範囲内に入ったお前らの落ち度だろ。最初から罠にハメるつもりで動いていたわけではないわ」


 え、何でそんなに驚くんだよ。

 だってさ、敵がいるって分かったら捕らえるための動きに切り替えるよな。わざわざ危険になるかもしれない存在を放っておく理由も無いし。例えばさ、元から捕らえるための罠を張っているなら別だよ。でも、今回は途中で暗殺者達に気が付いたわけで……。


「規格外か……もしくは私達を騙すための嘘か」

「どちらでも無いな、俺は俺であってごく一般的な普通の人間だ」

「普通の人間が我らの気配遮断を攻略できると思うなよ。トールを倒したのは嘘だと思っていたが信じるしか無い実力者だ」


 あー、うん。そこはドンマイとしか……。

 いや、だってさ、この風魔法の探知だってマップに引っかからないエルやリリーの対策で編み出しているからね。化け物相手に編み出した技が少し優れた程度の人間に打ち破れるわけが無い。ましてや、当の本人達には簡単に攻略されちゃったし……本当なら泣きたいのは俺の方だよ。


 それにトールだって今の俺でも勝てない相手だと思うぞ。あれは俺の本来の力が何とかしてくれただけであって俺が倒した存在じゃない。ってか、アンジーの蘇生だって今の俺には不可能な芸当だからな。そこら辺で買い被られても俺の方が困る。


「運が良かっただけだよ。今だったらトールには勝てていない」

「運が良かろうと倒した事には変わりない。アイツは性格に難はあったが実力だけは幹部と大差無い。それを倒したと聞いている時点でより一層の配慮をしておくべきだった」

「だから……はぁ、まぁ、いいや」


 何を言っても多分、聞いてくれない。

 ましてや、対話を試みようとしたが敵は敵だ。情けとかをかけてやる義理も道理も無かったな。ここら辺は直しておくべき悪い癖かもしれない。


 少しだけ期待したんだ。もしかしたら、影信と似たような存在かもしれないって。でも、あれだけの存在がそう簡単にいる訳も無いよな。だったら、やる事は一つだけだ。


「来いよ。折角だから近接戦で戦ってやる」

「ふっ、それは余裕か、はたまた私を嘲笑っているのか」

「ああ、両方だよ。そうでもしなければ簡単に殺してしまうからな」

「ふん、ほざけッ!」


 一気に距離を詰めてきた。速度も悪くない。

 だけど、それでは俺に刃を当てる事すら不可能だ。本来なら対処もできない速度差かもしれない。でも、俺の師匠達はこの速度を優に超えるからな。それこそ、予測して避けるとかいう勘頼りな戦い方を強いられる程の速度だ。


 コイツは目で終える速度でしかない。

 その時点で如何様にも対処ができる。それに数回の振りで癖を三つ、見つけ出せているからな。そこを突けば負ける事も無いだろう。……つまり、敵は既に詰んでいる。

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