3話
抱き抱えられながら竜で少し走った。
目的は見通しの良い平野から森に入って姿を眩ませる事。そのためにわざわざ平野を通れるルートを選んでいるんだ。相手はバレる訳にはいかないだろうから遠回りをしてくれるだろうからね。
果たしてエルの気配遮断を超える力は相手にあるのだろうか……風の感じからして見失っているみたいだが、あまり楽観視はしない方がいいだろう。どんな相手だとしても油断はしない、油断はどれほど強くなってもピンチを引き起こす悪だという事には変わりないからな。
三十メートルほど、そこで竜から下りる。
確実にエルは相手の位置を把握しているだろうが、これは一種の実戦経験だ。気を張り詰めたままで敵の大まかな位置を把握する。いつでもどこでもという訳にはいかないが出来るか出来ないかでは大きく違う。
大丈夫、予想通り探している。
ただ、この感じからして戦闘をする予定は無かったのか。もしも、先頭を行う気だったのなら今のような場面はまたと無いはずだ。それでも尚、こうやって探すだけに留まっているところからして有り得そうなのは……監視や偵察。
俺が気付くとは思っていなかった、と考えるとバラけて探しているのも納得がいく。殺しに来たのならバラけるなんて以ての外だろうしな。各個撃破は誰もが避けるべき最悪な悪手、気配遮断の練度からしてそれを知らないほどの相手では無いだろう。
「近くにいるのは三人、個々で倒す事も可能だけどどうする?」
「二人は私が倒します。平野付近の敵は任せても大丈夫でしょうか」
「……エルの頼みとあらば断れないね」
やろうと思えば一人で出来はずだ。
それをわざわざ俺に頼んで来ている……つまり、ある程度の強さは認められているんだ。そういう気持ちが分かるだけで嬉しいよ。あの時は頼られて嫌な気持ちしか湧いてこなかったが……今はそんな気持ちがどこにも無い。
「三分以内に三人を捕らえるか倒して合流する。残り二人は合流後に戦闘だ。もしも逃げるようならば追撃を行う、以上」
「了解です。では、ご武運を」
シオリの母の首輪の紐を木にくくりつけ、どこかへと消えた。本当にどこまで強くなってもエルの速さには追い付けそうにない。……いや、まだ成長途中なんだ。気に病むほどの事では無いだろう。
ローブの力とスキルで気配遮断をかけてマップにすら映らなくさせた。ここまでやってエルの気配遮断を越えられない時点で恐ろしいが、それでも大概の敵には気配を察知される事は不可能なはずだ。そこに関しては相手も同じ練度の気配遮断が使えるが……。
「相手は配置が分からず、俺は分かる」
その情報の差が勝ち目を大きく分ける。
エルにわざわざ聞いた甲斐があった。エルの気配察知はマップや俺の力さえ超える。……俺の風の探知に間違いは無い事が分かったからな。そこからして平野付近の敵は……すぐそこだ。
ダイヤモンドの剣に付与は完了、加えて気配遮断もかけ終えている。待つのは……下よりも上。敵が見える位置を陣取っておく方が間違いない。さてと、いきますか。
「……姿は見えないか」
声が聞こえた、だが、姿は見えない。
少し離れている……の割には近くから聞こえているな。風魔法で音を聞き取りやすくはしているが場所の判断くらいはできる。……風魔法の違和感はあそこか。
「黒炎」
「なっ! 待ち伏せかっ!」
「まぁな」
隠れられる前に一気に距離を詰める。
敵の強さが分からない時点で詰めるのは愚策だと何度も言われたが……先程の黒炎を避ける姿からしてステータスの差は大して無い。むしろ、身体強化と付与を駆使すれば圧倒できる。
「ちっ! さすがはトールを破った男よ!」
「そりゃ、どうも」
「その傲慢さは父親譲りか! 笑わせてくれる!」
傲慢ねぇ……その言葉を聞いて厨二心が疼くのはどうしてだろうか。本来ならただの悪口でしかないはずなんだけどなぁ。
まぁ、この程度の剣戟なら少しも怖くない。
これならエルに一人を任せて、俺が二人を相手するべきだったか。いやいや、油断をするのは良くないとエルに怒られてしまうな。こうやって対等に戦えている事自体が普通ではないんだ。目の前の敵の強みは奇襲による一撃だからな。
「その強さも父親譲り」
「ああ、血筋のおかげだよッ!」
「ぐっ……相手が悪かったか……!」
少しだけペースアップしただけだ。
それでここまで構えが崩れるとは……教える人の差なのかもしれない。俺に剣を教えている人と言えば人外に足を踏み入れているエルとリリーだ。最高峰の二人から学んでもらっていてむざむざと負けるわけにはいかないのだよ。
これは……エルを真似て作り出した剣技。
あの人達を超えるために作り出した技だ。今まで人に対して試した事は無いからな。相手はそれなりに強いとなると……試す相手としてはピッタリだろう。
風魔法の付与、火魔法の付与、そして黒魔法の付与……ここまでしてようやく扱える高難易度の一撃。
「
「何をッ!?」
あらら、受け止めてしまったな。
これは受け止められてこそ、真価を発揮する技だからな。エルやリリーなら確実に受けてくれると思って作った技だったが……えーと、思っていた以上の火力だ。
言葉で表すのなら五つの刃が受け止めた敵を切り殺すだけの技……とは言えないよなぁ。現に暗殺者A君とするか、そのA君が受け止めた瞬間に剣から身体全体へ刃が走り出した、かな。
お亡くなりにはなっていないが……一撃で全身丸焦げとは恐れ入ったよ。うーん、相手としてはピッタリだと思ったんだけどなぁ。暗殺者の中ではそれなりに上位だと思っていたけど……存外、エルやリリーに目が慣れ過ぎてしまったらしい。
「契約……さてと、これでお前は死ぬ事すらできない。後は拘束、これで逃げる事もできないな」
丸焦げになったせいで動く事も無理か。
だけど、念には念を入れておいた方がいい。拘束さえかけておけば他の暗殺者が来ても連れていく事はできないからな。とはいえ、無理やり契約をした時点で自害も不可能だ。これで幾らか情報は抜き出せるはず……って事で、一旦は放置だな。
「
これで他の人が来たら即座に分かる。
言わば、コイツを残しておく事が一種の罠になるという事だ。それで俺は……まぁ、エルのもとに戻るのが先決か。その後に残りの二人の撃破に入る。これで起こりうる問題は……エルがいる時点で特に無いな。
さてと、戻るとしますか。
契約させたからマップにも映るようになったし、これで連れていかれても何の問題も無くなった。放置してある罠を確認しながら先程いた場所へと走る。もちろん、足音や足跡はできる限り減らすために足に風魔法をかけておいた。
「ご無事のようで」
「当然だろ。あんな奴らに比べたらアンナを相手している時の方が疲れるよ」
「確かに……あの子の成長率は人並み以上ですものね」
白百合騎士団に入ってからはそこまで関わる事が無くなってしまったが……それでも二人の噂は多く聞いている。それこそ、もとからいた騎士見習いの女性を封殺してしまったとか何とか。
そこまで予想していたかと聞かれたらノーだ。
でも、強くなっている二人の話を聞いたら俺の選択が間違っていなかったと強く思わされる。いや、俺の近くにいたいから頑張ってくれているのかもしれない。だからこそ、俺も二人に追い付かれない速度で強くならないといけなさそうだ。
「ところで、倒した暗殺者は何処に」
「罠を設置して放置しているよ。引っかかってくれれば一網打尽にできるからね」
「なるほど、さすがはシオン様ですね」
うわっ、抱きつかれてしまった。
うーん……どうしてここまでエル達からの評価が高いのか。嬉しくないかと聞かれれば嬉しいけどさ。でも、失敗した時の皆の反応が怖過ぎて少しだけ不安に思えてしまう。
どこまでいっても俺は俺だからなぁ。
例え転生したとしても精神は日本にいた時の俺のままだ。童貞……はエルに奪われたから違うけど矮小で人間不信で、すぐに色々な事を捨ててしまいたくなるような人間。頭が良いとかは言われてきたけど所詮は学力だけだったし、頭が回るとかって意味で良かったわけではない。
「どうかしましたか?」
「……いや、少し考え事をしていただけだよ」
エルの拘束を外して捕らえられた二人の暗殺者のもとへ向かう。俺の顔を見て少しだけ驚いて、そこから恐怖したような姿を見せたけど……まぁ、知らね。連れていきさえすれば白百合騎士団が何とかしてくれる。
って事で、二人には契約を無理やり結ばせて拘束をかけておいた。自害させないようにか、既に猿轡と手錠がかけられていたけど念には念を入れておくべきだろう。……これで残りの二人を処理してしまえば問題は無い。
「じゃあ、入口付近で狼狽えている二人を捕まえに行こうか。今なら走ったとしても追い付けるよ」
「そうですね」
エルは暗殺者二人を抱えて走り出した。
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