2話

「うん、ここまで来れたら十分かな」


 時間にして昼の三時ちょっと。

 最近、ダンジョンにこもる事が多過ぎて勘で大体の時間が分かるようになってきた。それに今いる場所は四十九階層のポータルの部分。ここで帰って明日にでも来れば万全の状態で階層ボスと戦う事ができる。


「五十階の魔物を倒してからでも良いのですが」

「うーん……正直、魔力をかなり使ったからさ。帰って少し休みたいんだ。それに長居し過ぎるとシオリの機嫌が悪くなってしまうし」

「あの竜如きの機嫌が悪くなろうがどうでも良い事だと思います」


 あー……ここで出たか。

 時々あるんだよなぁ……エルの嫉妬というか、自分が一番であって欲しいっていう考え。確かに今までは男嫌いでそういう考えをした事すらも無かったんだろうけどさ。少しだけ……嫌な気持ちはしてしまう。


「それはエルの中で、だろ。俺にとってはシオリも大切な仲間だ。エルが相手だとしても竜如きという言葉は頂けないな」

「……仕方ありませんね。そこに関しては謝罪します」

「ああ、それに共にいる時間はエルが一番だろ。それ以上を求められてもさすがに困るぞ」


 仲間同士でのいざこざは勘弁だ。

 もっと言えば、エル以外の女性相手には嫉妬の感情を見せた事は無いからね。もしかしたら、魔物の中での一番であるシオリがムカつくのかもしれない。


 女の子というジャンルにおいては正妻の座をもう渡してあるから一番である事には変わりないだろうし。だからか、リリーとは事ある毎に喧嘩というか、マウントのような言い合いが始まってしまう。


 でも、アンジーとはすごく仲が良いんだよなぁ。未だに剣の稽古とか、一緒に依頼を受ける仲みたいだし。アンナやルマとは言わずもがなだ。マリアは……まぁ、胸以外では嫉妬の感情を見せた事は無いか、うん。


「確かに、暴れん坊のシオン様を知っているのはエルだけですものね」

「誰が夜だけ暴れん坊だ。昼だって十分に暴れているわ」

「誰も夜に限定していませんよ。ですが、夜のあの荒々しさは普段と違ってまた」

「待て待て待て! それ以上は口にしないでくれ! さすがに聞かされる俺の身が持たない!」


 そういうのは自分の中で鎮めてくれ。

 そういう状況の時って言わばトランス状態みたいなものだ。その時の空気感とか、エルが求めている事をするために普段とは違う姿を見せているわけで……って、言い訳を並べたけど結果としては恥ずかしいからやめて欲しいんだよなぁ。


 あれこれ言っても聞かないのが目に見えているから先にポータルで外に出る。ダンジョンから出てすぐの光は本当に慣れないな。どうしても目をそばめてしまうよ。


「おや、今日もいつも通りの時間に終わったようですね」

「ええ、このくらいで終えるのが一番、気分が良いですから」

「さすがはルール家のお方ですね。ダンジョン内にいても外の様子が分かるとは」


 何度も会話をしたからこそ、今日の門番とも普通に会話ができている。でも、その奥にあるのは門番の野心だ。どうにかして自身の兵士としての地位を上げてもらおうという考えのもとで、俺に世辞を言ってきている。


 別に嫌な気持ちはしない、だけど、良い気持ちもしないっていうのが正直な気持ちだ。こういう点では素直に全てを話してくれているアンジーがどれだけ異質なのかが分かるよ。……まぁ、だからこそ、惹かれたのかもしれない。


「今日の事も内緒にしておいてくれよ」

「……ええ、私は何も見ておりません」


 適当に銀貨を一枚、指で弾いておく。

 これでエルや俺の事を知っている人はいなくなったわけだ。本音を言えば貴族のこう言うやり方は嫌いだけど、エルの事が露見するのに比べれば大した問題では無い。エルと行動を共にしたい以上は多少の汚いやり口も必要だ。


 そのままダンジョン近くにいたシオリの背に乗って軽く感触を確かめる。背後ではエルがシオリの母に乗って同じく感触を確かめていた。両者とも最初は嫌がる素振りを見せたけど徐々に慣れて小さな嘶きをあげる。


 シオリの手綱で軽く叩いて走らせた。

 後は勝手にシオリが帰りまで何とかしてくれるだろう。最初の嫌がる素振りだって置いていった事に対しての抗議だろうし、こうやって共に居てやれば機嫌もそのうち直る。この半月間、同じ事を繰り返してきたからよく分かっているよ。


 ただ……今日は少しばかり違うみたいだ。

 風の雰囲気というか、森の中が少しだけ慌ただしい気がする。普段はいない魔物でもいるのか、そんな事を考えてみたけどマップを見た感じ異変は無い。……でも、こういう小さな違和感がどれだけ大切なのかを俺は学んできた。


「……敵がいる」

「お見事です。私が伝える前に気付くとは」

「世辞は要らない。敵がいると分かれば捕らえにかかる。敵の方向を教えてくれ」


 北西方面……うん、間違っていなかった。

 だよな、明らかに風の流れがおかしかったもんな。暗殺者対策で行き帰りの時は風魔法を展開しているから分かるんだ。言葉にするのは難しいけどテリトリーの中に誰かがいるって。


 普通の道ならまだ分からなくは無い。

 でも、ここは貴族が使うダンジョンの道。一般に公開もされていなければ、利用だってルール家の許可がいる。そこに偶然、しかも、俺達と付かず離れずの距離で追っている人間がいるとは思えない。


「数にして五人、気配遮断を持っている人間だから……恐らく暗殺者ギルドの者だと思う」

「同感です。して、どこで罠にかけますか」

「少し先で森の中に入る。その間に俺とエルで気配遮断を使用し、相手が近付いてくるのを待つ。もしも来ないようであればコチラから向かう」


 とはいえ、さすがに標的が見えなくなれば探すために動くだろう。敵の強さは未知数だが……そこはエルがいるから問題は無い。問題があるとすれば敵が俺の思った通りに動くかどうか。


 だが……それを気にする意味はない。

 マップでは分からない気配遮断を利用する存在、だが、抜け道がないわけではないからな。要は全体の状態が分かってしまえばいいんだ。それこそ俺の風魔法を周囲全体に薄くバラ撒いておけば通った人達は分かる。


 エルより少しだけ先を走って先に木々の中へと入っていく。マップの有無は本当に大きい。これのおかげで進めば開けた平野があるのが分かっている。そこを少し進んで再度、森へと入れば目眩し程度にはなるはずだ。


「少し先、平野に出る。そこから森に入り次第、気配遮断を強めろ。俺でも分からないくらい強くしていい」

「乱暴なのがお好きと」

「ああ、本気で頼むよ」


 こういう時でも変わらないエルには感謝しないといけない。これだから俺はエルが大好きなんだ。どこまでいってもマイペース、だからこそ、俺も緊張で動けなくならない。背を任せられるだけの存在であり、守りたい存在でもあるからな。


「気配遮断をかけます。私の傍を離れぬよう」


 それが合図なのは分かっている。

 即座にシオリを体の中に取り込んでエルの手を握った。ここら辺はシオリが俺の従魔となったからできる事だ。魔物使いにならなくても好きなスキルを獲得できる俺なら似たような事がいくらでもできる。


「ああ、任せるよって」

「離れてはいけませんよ」


 うげ、無理やり顔を胸に埋められた。

 いや、いいのよ。役得ではあるのよ。たださ、こういう緊迫した時にエッチな事をするのはおかしいと思います。確実に俺の反応を伺うためにやっているって分かっているからね。


 こんにゃろ、触ってやろうか……いや、それは逆にエルの変なスイッチを押す事になりそうだからやめよう。敵が来ているのにイチャつくのも変な話だからな。ここは明鏡止水……ただエルが満足するのを待つだけだ。

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