8話

「では、あの幹部も酒を飲んでいたのだな」

「……名ばかりの幹部でございますよ。その癖、出世欲が高い者でもありました。少し前から単独でシオン様を襲おうとする動きが見られてはおりましたが、本当に行うとは思ってもいませんでしたよ」

「名ばかり……なるほど、幹部の中でも影信のような強さを持つ存在と、一般人に毛の生えた程度の存在がいるという事だな」


 だが、単独で襲う計画を立てていたのであればそれなりの手練ではあったはず。それこそ、トールの話を聞いていて襲ってきたのであれば、アイツよりも強いと確信してだと思うが……。


「……確かに名ばかりの強さだったな」

「ええ、幹部よりも強い一般兵も多くおります。ただ蓄えていた業績を評価されただけの白痴には面白みを見出す事は不可能でしょう」

「ああ、済まなかったな。話したくない事だっただろう。それでも……アチラの方から動き始めたとなれば、少しばかり俺としても動かなければいけなくなってしまったな。コイツが本物の幹部であるのならギルドも黙ってはいないだろう」


 とはいえ、ギルドの監視は命令していなかったはずだけどな。それはエルとリリーに任せていた話だったし、二人には他貴族に俺と敵対しそうな存在を調査する事を命令していた。影でやっていたとしても……幹部が動こうとしている事を事前に察知していたのか。


 魂の従属をさせた手前、二人が俺を裏切る可能性はほぼ皆無と言っていい。だから、本当に片手間で様々な情報を得て……確信できた時に俺に伝えようとしていたとなると、良品程度で済む存在では無かったな。


「少しばかり、忙しくなってしまいそうだな。俺も、皆もやる事が山積みだ」

「命令して頂ければどのような事でも成し遂げますよ。それが主の影がするべき事ですから」

「ああ、特にお前の働きには期待しているよ」


 まぁ、先にするべき事があるけどな。

 冒険者ギルドにも着いたわけだし……さっさと仕事を終わらせて家に帰るとしよう。今からでもやるべき事は少なくないし。




「私はここら辺で影に戻りましょう」

「……なるほど、警戒心を与えないために、か」

「そうですね、ここは……敵が多過ぎる」


 何が見えているのか……詳しくは聞かない。

 だけど、確かに敵になりそうな存在は多くいるからな。もしかしたら俺が気がついていないだけの敵だっているのかもしれない。それこそ、影信のようにマップに映らない敵だって多いだろうからな。


 扉を静かに押して中に入る。

 影信がいる手前、安心していても問題は無いがマップから目を離さないようにはしておこう。まさか風魔法で周囲を満たす、なんて事をしてしまえば探知したよく分からない人から絡まれそうだしな。弱点はあれども察知されにくいマップを頼った方が確実に良い。


 というか、エルやリリー、影信でさえも使っているかどうかは判断が付きにくいらしいし。微かな違和感はあっても探知系の明らかな探られている感覚は無いらしいから、その点で言えば明確にマップは優れているのだろう。


 それで……特に変わった様子は無さそうだが視界内に敵になりそうな人はいるのだろうか。いや、敵扱いの人は多くいる、でも、影信の言う敵はただ敵意をバラ撒くだけの阿呆ではない。




「エルザさん! 来たので対応してください!」

「……ああ! 聞こえているわよ! 本当に!」

「あ、そこだったんですね。隠れなくてもいいじゃないですか」


 敵がいるかどうか分からない内は普段通り動いた方がいいだろう。それなら多少は目立とうがエルザを呼んだ方がいい。……呼ぶというか、受付の下に隠れていたのを表に出させただけだけど。


「はぁ……何で私がいるのが分かるのよ」

「勘、ですかね」

「勘……いや、いいわ。リオンならそれくらいの事ができそうだし」


 まぁ、いるのはマップで確認していたからね。

 とはいえ、まさか、エルザさんからそれなりに評価されていたとはね。帰宅してから毎日のように依頼を受けてダンジョンで魔物を狩って……を繰り返していただけだけど、美しい人から好意的に見られて嫌なわけが無い。


 いや、むしろ、気怠い属性、仕事ができる、常識人、お姉さん属性の四つがある女性とか最高ではあるまいか。ここに実は部屋が汚いとかが入ってくると最高ですね。それでいて好きな人の前では気怠さが消えて積極的になるとか……ううん、夢が膨らむぜ。


「毎日毎日……別に私以外のところで受けていいのよ」

「早く対応してくれそうなのがエルザさんでしたので。それに仕事が終わるのも早いですからね。無駄な時間を取られずに済むのならエルザさんが一番です」

「……褒められているのか、貶されているのかよく分からない言い方ね。まぁ、登録を手伝ったよしみでやってはあげるわよ」


 何だかんだ言ってやってはくれるんだよな。

 それに言いはしなかったけど良識的な受付嬢って事も評価しているし。他の人だと報酬をピンハネしてくる人もいる。一々、人によって対応を変えたり報酬を盗もうとしないかと気を張りたくはない。


「……にしても、これまた多いわね。それに依頼内容とは別の魔物の討伐証明も多いとなると……少し時間はもらうわ」

「構いませんよ。どうせ、十分もあれば終わるのが分かっていますから」

「十分もくれるなんて優しいのね」


 毎日のように百は持ってきているからな。

 それを……まぁ、平均で五分程度、それも俺が出した結果と同じだけの数字を即座に出してくれるんだ。俺はほぼほぼ異次元流通に頼って結果を出せているわけだから……本当に頭が良い人だと思うよ。


「……合計で大銀貨五枚と銀貨四枚、それに小銀貨が八枚で」

「あ、小銀貨からは結構です。そこからはエルザさんにあげようと思っていたので」

「はぁ……またそれなの。別にお金に困っていないから要らないわよ。それに何度も言うようだけどチップ制度は冒険者ギルドには無いし、無理にでも渡そうものなら貴方は他の受付嬢から」

「エルザさんが相手だから渡すだけですよ。それに無理やり集計をさせたのは私ですからね。多少はお礼をしないと次からはやってくれなくなりそうなので」


 もちろん、一番の理由は別にある。

 だけど、そこに関しては偶然知ってしまった事だし、エルザ本人から聞いた話では無いからな。突っついて嫌われるくらいなら適当な理由を並べて笑顔でも見せて誤魔化す方がマシだ。本音はエルザを傷付け嫌われる結果を招くだけ。


「リオンならやるわよ。面倒だけど楽な方だから」

「それじゃあ、次もやってもらうためのチップって事にしましょう。この小さなチップの積み重ねがエルザさんの笑顔に繋がると思えば多少は」

「失礼ね、私だって笑顔は見せるわよ」


 ……それは笑顔なのか?

 笑顔というには邪悪に帯びているというか、表情が引き攣っているというか……むしろ、こんな顔でも尚、美しさが残っている事の方が驚きなのだが。アレか、やはりギルドの顔たる受付嬢はブスだとなれないのか。


「その温かい目は何よ」

「いえ、何でもありませんよ」

「……もう、本当に調子が狂うわ。小銀貨からは受け取るからそんな目はやめなさい」


 さて……これで嵩張る小銭は消せた、と。

 それは置いておいて……敵意が強くなったな。普段は見た事のない名前だし、他の地方から来た冒険者だろうか。ここで絡んでくるのなら御の字、外で襲ってくるのなら影信に頼むとしよう。


「それではまた明日」

「おいおい、気前がいいじゃねぇか坊主。そんな余裕があるなら是非、俺達にも恵んで」

「その子、ここの期待の新人だから気を付けた方がいいわよ。手を出して白百合騎士団にしょっぴかれた人もいるからね」


 おう、話を折られたと思ったら折った本人の話も折られたな。やっぱり、こういうところにいる阿呆って我慢の一つもできないみたいだ。これならさっさと話を切り上げるべきだったかね。


 にしても……意外だな。エルザが俺のために不機嫌そうな顔をするなんて。いや、嬉しい事には嬉しいんだけどさ。見るからに睨み付けて威圧しているあたり初めて見る顔だ。小銭稼ぎの相手がいなくなるのがそんなに嫌だったのかね。


「ましてや、強請る行為はギルドで禁止されている事よ。それを堂々と私の前でするなんて……良い度胸しているじゃない」

「……チッ、分かったよ。ここは下がる」

「ここは? 永遠に関わらないの間違いじゃなくて? もしもギルドの外で絡むとしたら……その時は貴方の首は飛んでいるわよ。それだけリオンは有望株だもの」


 うん、そこで俺の名前を出してくれるのね。

 つまり、腕だけは認めていますよって言いたいのかな。これで目が合ったら頬を赤く染めてくれるとかがあれば……うーん、大抵の男の子は落とされてしまいますね。


 それにエルザの首が飛ぶは二つの意味で、なんだろうな。後から分かった事だけどエルザは採用だったり、昇進だったりを測る監査役も務めているらしい。確かにそんな人から脅されれば泣く泣く下がるしか無いよな。高々、Dランク程度の冒険者なら稼ぎも少ないだろうし。


 いや、でもさ、大銀貨程度ですよ。それに大概は俺一人で稼ぎ出した収入でしかない。黒魔法やダイヤモンドの剣があるとはいえ、それを賄えるだけの戦闘経験だったり、ステータスの差を持ち合わせているだろうに。がめついというか……おっと、これ以上はよくないな。


 ただエルザの美しい手を煩わせるのもなんだ。

 後で影信にみっちりと調教してもらおう。それを達成してくれれば公然と影信に褒美を渡せるからな。命令を達成しての褒美なら普段は断ってくる影信も受け取らざるをえまい。




 有効活用させてもらうよ、阿呆共が。

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