62話

 さてと、三人とも上がったな。

 って事で……。


「ん? んんん!?」

「ただ顔を上げさせただけなのに驚き過ぎだよ」

「だ、だって……こんなに綺麗な顔が目の前に出てきたら誰だって……」


 高々、一時的に流行っていた顎クイとかいう過去の遺産をしただけなのに……はぁ、本当にイケメンというのはこれだけでも喜ばれるのか。俺なんて女の子と話す事すら難しかったというのに。


「あ、あれ……他の人達は……?」

「上がってもらったよ。俺もマリアと話したかったからさ」

「そ、そうなんだ……えへへ」


 oh……やはり、この笑顔の火力と来たら。

 さすがは美男美女が揃う公爵家のお嬢様ですよ。嫉妬とかで固執した考えさえ見せなければ引く手数多の美少女だと言うのに……まぁ、その好意が俺に向いている時点で他の男に渡す気も無いけど。


「マリア、何度も言っているけど俺を愛してくれるのは嬉しいよ。だけど、他の人を巻き込んだりするのは許せないな」

「で、でも、私とは関わってくれなかったのは事実でしょ!」

「関われなかった、とは考えてくれないんだね。帰ってきてすぐにお父様に呼ばれて、そこで風呂に入るように促されて仲間がいたから一緒に入るってさ。そういう考えはしてくれないんだ」


 だって、それが事実ですし。

 もしも、最初から一緒にお風呂に入る目的で女の子を誘うならアンジーとかではなくて、確実に彼女であるエルにしている。ずっと一緒にいるエルではない時点で、多少は察して欲しい気もするけどなぁ……。


「帰ったらマリアに伝えたい事があったけど、俺の事を信用してくれないならいいや。それだけ伝えたかったからあがるよ」

「ま、待って! 謝るから待って!」

「謝る相手は俺じゃないでしょ。普通に考えて公爵家のお嬢様相手にアンジー達は何も言えないよね。マリアのワガママを聞いてくれた三人に謝るべきじゃないの?」

「う、ううぅ……後で謝るから嫌いにならないでぇ……」


 そんな泣きべそを掻くくらいなら最初から言わなければいいのに……とはいえ、小さな子相手にやり過ぎてしまったかな。これではマリアの恋心を弄んだだけに過ぎない。


「うん、それでこそ、大好きなマリア姉だよ。俺の好きなマリア姉は皆に優しくて可愛い女の子だからね。弱い者イジメはしちゃダメだよ!」

「し、しないわ!」

「うん! 大好き!」


 少しだけ年相応の可愛らしさを演じる。

 でも、内心では痛々しく思えるんだよなぁ。小学生の高学年を演じているとはいえ、中身は二十五年くらい生きたクソデブフリーターですよ。きっと本当の姿を見たら俺を好きな女の子は全員、距離を取り始めるんだろうなぁ。


「それで言いたかった事なんだけど」

「え、ええ……お姉ちゃんに教えて」

「あのさ、マリア姉」


 ぶっちゃけ、ここから先は少しだけ勇気がいる。一世一代の勝負とも言えるし、絶対に成功するとも言えない話ではあるんだ。でも、成功して欲しい気持ちの方が強い。


 大きく深呼吸して目を合わせる。

 真剣に聞いてくれているのが分かって俺の方がドキドキしてしまうけど……この気持ちに任せてしまうわけにはいかない。覚悟は決まった、後は喉から出かかっている言葉を出すだけ。


「俺の第三夫人になってくれませんか」


 言えた……けど、顔を見れない。

 俺の今の発言は日本で言うところの、愛人になってくれと同レベルで最低な言葉だって分かっているさ。だけど、言わないという選択肢は無かった。だって、みすみすマリアを他の人に渡すなんてしたくも無かったから。


「いいわよ」

「うん、そうだよね……やっぱり、マリア姉ともあろう人を第三夫人にしたいだなんてさ。マリア姉もそう簡単に許せるような事では……って、え?」


 今なんとおっしゃいましたか?

 第三夫人でもいいと、そうマリアは言ってくれましたよね。……えっと……素直に了承の言葉を聞けるとは思っていなくて俺の方が返答に困っているんだけど……なんて返せばいいんだ……。


「だから、いいよって言っているの。もとから姉弟の関係で第一夫人になろうだなんて思っていないかしら。そんな事をすればルール家の名前に泥を塗るようなもの、愛してくれるのなら順番なんてどうでもいいのよ」

「で、でも、公爵家のお嬢様なんだよ。それこそ第一夫人として迎えるのが普通な程に高貴な存在なのにどうして」

「シオンは私を第三夫人にしたいのか、第一夫人にしたいのかよく分からないわね。……まぁ、欲を言えば第一夫人、いえ、私だけの物にしたいわよ。でも、そんな事が貴族の子息として通るはずも無いかしら」


 まぁ……同じ公爵家の人間である事には変わりないからなぁ。さすがにマリアだけのものになるっていうのは貴族として有り得ない話だ。俺としては嬉しい話だけど女性側からしたら嫌な話だろうね。


「姉弟の関係で婚約をするなんて普通は許された事じゃ無いのよ。ま、私とシオンは別だけど。でも、私達の事をよく知らない人からしたら公爵家の娘を娶るために文句を言うでしょうね。だから、夫人としての地位を下げる事であまり外に出ないようにするのよ」

「外に出なければ忘れられるからって事?」

「うーん……確かにそれが一番、大きいわね」


 それ以外にも理由があると……?

 うーん、申し訳ないけど思い付かないな。もしかしたらマリアだからこそ、思い付くような作戦があるのかもしれないが俺には予想がつかない。まぁ、その作戦が人の道に逸れたものでは無い限り手助けはするけど。


「本音を言えば……許される環境を作るための時間さえ稼げればどうでもいいの。地位の低さは所詮、馬鹿達を騙すための隠れ蓑でしかないわ」

「マリア姉の言いたい事は分かったけど、あまり馬鹿って言葉は使わない方がいいよ」

「あら、私とシオンの関係を引き裂こうとする人達がどうして馬鹿じゃないのかしら」

「馬鹿に馬鹿って言っても無意味だろ。そんな事を言ってこっちの品格まで下げられても困るからね」


 これに関してはマリアの悪い癖みたいなものだからなぁ。嫌いな人には嫌いとハッキリ言うし、嬉しい事なら素直に嬉しいという。だからこそ、ルフレみたいに着飾った言葉を使えない場面がちょくちょく見えてしまうんだ。


 それも後々、直してもらうけどね。


「とりあえず、許可が取れたのならいいや」

「あら、もう上がるの?」

「このままマリア姉の事を見ていたら逆上せてしまいそうだからね」


 お風呂でも逆上せそうだし、エッチな意味で逆上せてもしまいそうだ。だって、アンジーとの一件でお預けを食らったようなものに近いのにさ。その後すぐにボンキュッボンな女の子が現れるんだよ。そりゃあ、逃げたくもなるって。


「キスくらいして欲しかったのに」

「キスで済まなくなるから駄目だね」

「別に襲ってもいいのよ。さっきみたいに」

「学生のマリア姉を襲うのは無理かな。卒業したら真っ先に襲うだろうけど」


 これは単に日本で暮らしていたからこその考えではあると思う。日本だと闇雲に女の子とエッチな事は出来ないからね。人によっては避妊とかで失敗して女の子だけが大損する事も多くあるし。


「その時は……襲ってね」

「うん、明日からはキスもするようにするからそれで我慢して欲しいな。エッチな事はマリアが卒業してから」

「ふふん、それなら我慢するわ!」


 おおー、明らかにたゆんと跳ねましたよ。

 眼福だなぁ……これが俺のものになるというのだからニヤけてすらくるよ。まぁ、そんな顔を見せられるわけも無いから風呂から出させてもらうけど。


 さてと……これでようやく一人になれましたよ。後はさっさと服を着て部屋に戻り鍵をかけ……この熱く燃えたぎったリビドーを解放させるのみ。アンジーとマリアの胸の感触が残っているからな。今日は軽く三回はできそうな気が……。


「ようやく上がられたのですね」

「えっと……エルさん?」

「御褒美を頂くべく、ずっとお待ちしていたというのにシオン様と来たら……」


 あー……なるほど、忘れていました。

 確かに後片付けを全て任せる代わりに御褒美をあげるみたいな話をしていたなぁ。……いや、でも、今ですか。こんなに火照って早くリビドーを消化したいと思っている今ですかい。


「今日はあまり時間を取れないからさ。明日とかでは駄目ですか」

「駄目です。明日明日と引き伸ばされるのは嫌ですから」

「しないって約束するよ。だから、今日だけは、いや、今だけは一人にさせて欲しい!」


 男には一人になりたい時があるのだ。

 それが今日、今と言うだけの話。異次元流通でエロ本を数点買う以外は何も変な事はしないので許して欲しい。本当に一人にして欲しい。ってか、出て行ってくれないのなら見せ付けてやろうかって思えるくらいに限界だから!


「は……え、エルさん……?」

「御褒美、頂きますね」

「ま、待って! それは駄目だから! って!」






 その日、俺は遂に一人の男になった。

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