61話

「いきなりは……酷いですよ」

「何の前触れもなくキスをしてきた人が言える事かな」

「さっきのは無意識ですから」


 ふーん、そういう事を言うんだ。

 普段なら恥ずかしがったり甘えたりした姿は見せないのに今日は違うからねぇ。思っていた以上にアンジェリカが俺に対して好意的に想っているのであれば俺としても……。


「アンジェリカ」

「……これは?」

「経験の首飾りっていう魔道具だよ。全てのレベルを上げるための経験値を多く得られるっていう首飾り。まぁ、追加効果よりも見た目が似合いそうだから選んだんだけどね」


 本当は白百合騎士団で強くなった褒美としてあげるつもりだった物だ。だけど、俺のモノになると言うのであれば今あげたところで何の問題も無い。むしろ……強くなった時にあげるのは首飾りよりもきっと……。


「俺のもとに戻ってきた時に、その時にアンジェリカの左手の薬指に指輪をはめよう。これはその約束を成し遂げるためのお守りみたいなものだからさ」

「そんな……これだけでもかなりの値段になるというのに……」

「俺は公爵家の人間だよ。その程度の金なら幾らでも払えるさ。それに白百合騎士団で強くなればアンジェリカ達だって同じくらいの金を稼げるようになる」

「それは……少し嫌ですね。お金を稼げるようになってしまってはシオン様から頂ける些細な御褒美を正当に評価できなくなってしまいます」


 それは普通では手に入らない物が欲しくなってしまうという事だろうか。それとも好感度が高い状態ならではの甘えとしての言葉か……是非とも俺としては後者であってほしいけど、その気になって違った時に恥ずかしいから……。


「その時は俺しかあげられないような物をアンジェリカに渡すよ」

「……行動で見せてくれないと分かりません」

「ああ、例えば」


 目を閉じて体を預けてきた。

 つまり、これはそういう事だよな。そういう事をして欲しいって言うお願いだよな。おし、それならそういう事をしてやろうじゃないか。歴にして二十五年ほど……俺、遂に男になります!






「……って、ん?」

『じぃぃぃー』

「えーと……忘れてました……」


 そう言えばアンナがいたんだったな。

 というか、いつの間にか、影丸まで風呂に漬かっていたし……そんな二人に見せ付けるわけにもいかないからねぇ……。ようやく……捨てられるって思っていたのにさ。


「……今度にしよう」

「はい……さすがに……冷静になりました」

『???』


 首を傾げて分からなさそうにされてもなぁ。

 いや、さすがに自制心というものが俺にも備わっているんだよ。キスまでなら幼子に見せられたとしても次の段階はさすがにね。……まぁ、抱き締めた時のアンジェリカの感触はあるから夜はそれで済まそう。


「愛しているよ、アンジー」

「……はい、私もです」


 ぶっちゃけ、これくらいなら良いだろ。

 愛しているなんて有り触れた言葉だろうし、幼子が触れても大して問題の無いものだ。それで素直な気持ちが伝わるというのなら幾らでも同じ事を口にしよう。ただ……エルが嫉妬しそうではあるけど。


「お母さん、顔が真っ赤だー!」

「こ、こら! そういう事は言ってはいけません!」

「でも、事実だよ?」

「事実でも! です!」


 それは少しだけ勝手じゃないか……?

 ま、まぁ、これも一種の照れ隠しなら悪くないかな。きっとアンナが逆の立場になったらアンジェリカ……いや、アンジーに弄られるだろうし。その時の顔が今からでも楽しみだよ。


「アンナ、それ以上、お母さんを虐めるのはやめなさい。そうじゃないと俺がアンナの事を虐めるよ」

「虐める……何をするの?」

「三日間、口きかない」


 頭上から雷が落ちてきたかのような驚いた顔をしてからアンジーに対して謝り始めた。まぁ、虐めていたという自覚とかは無いだろうから口をきかないっていうのも冗談ではあるけどね。俺だってアンナと話が出来ないのは辛いし。


 さてと、素直に謝れた御褒美だ。


「ふー、気持ちいいな」

「気持ちいいのらぁ……」

「ん……僕も……」

「横なら幾らでもいいよ」


 俺の膝上に座るアンナが羨ましかったのか、影丸が俺の右腕を引っ張ってきた。別に男同士なら遠慮することはないと思うんだけどな。なんというか、影丸は少しばかり女の子らしいというかなんというか……って、あれ?


「えっと……カゲマルサン?」

「男の人は……これをすると喜ぶと聞いた……」

「いや……俺は別に喜ばないけど……ってか、影丸ってまさか……」


 無理やり体を押し付けて来たせいで右手が当たってしまったんだ。その時の感触からして確かにアレが無かったはず。そう……男にはあるはずの汚きバベルの塔が……!


「女の子……だったの?」

「ん……主の愛人候補……」

「そういう事は言うものではありません!」


 なるほど……だから、俺に対して執着する姿を見せていたんだな。というか……それだったら影丸って名前は微妙じゃないか。蘭丸をモチーフにしたとはいえ、性別が分かっているのなら可愛い名前の方がいいし。


「こっちに来な、ルマ」

「……ルマ?」

「そっちの名前の方が可愛いからな。本名が影丸で愛称がルマだ。少なくとも俺はずっとルマって呼ぶようにする」

「……女として見てくれた……」


 まぁ、あながち間違いでは無い。

 女の子として見たから新しい名前を付けたわけだからね。それに後々考えてみたら影丸と影信では音読みと訓読みの違いもあるし、どちらにせよ、親子の証明にはならない。それなら一層の事、可愛い名前に統一した方がいいな。


「ルマ、可愛いね」

「ふふん……ルマは可愛い……!」

「ア、アンナも可愛いもん!」


 くっ……なるほど、これは確かに来るな。

 あれだけ苦手だった子供の笑顔が……慣れてしまえばこれ程までに癒されるものだというのか。これは何かを買ってあげたくなるような可愛らしさ。ましてや、二人とも俺の事で可愛いを見せてくれているんだ。


 駄目だ……浄化される……。






「……どこでもイチャついているのね」

「えーと……どうかしたのかな、マリア姉」


 二人から視線を逸らすために頭を風呂の縁に付けたらマリアの顔が見えた。……タオルだけを巻いて呆れた顔をしている当たり、一緒に入るために来たんだろうな。


 それに気配も少しも見せていないあたり……驚かせるつもりだったのかな。だとしたら、多少は申し訳ない気持ちにはなってしまう。……けどさ、これに関しては俺のせいでは無いと思うんだ、うん。


「どうもこうも無いわ。長い事、話す事もできなかったから会いに来たというのに……」

「申し訳ないけどアンジーとアンナはシンお父様が風呂に入れさせていたからいたんだよ。俺だって一人で入るために来たんだ」

「ふーん、その割には楽しそうにしていたけど」


 なんだ……単純に嫉妬しているだけか。

 それだけならまだ可愛いで済むけどさ。さすがに高校生くらいの年齢にはなっているのだから、もう少しだけ年相応の考えを持って欲しいよ。俺がマリア以外の他の女の子と仲良くしていて何が悪いって言うんだ。


「はぁ……楽しいものは楽しいだろう。そこを否定する気は無いよ」

「私といるよりも楽しいの?」

「甲乙つけ難い質問だね。その質問は俺とデートしている時と一緒に寝ている時のどちらの方が好きかって聞いているのと同じだ」


 そう聞くとマリアは唸り出した。

 そりゃそうだ、依頼を受ける前に同じ質問をしたら答えを出せていなかったからな。それを理解しているからマリアに聞いたんだ。……遠回しにマリアと一緒にいるのも好きだって気が付いて欲しいんだけど。


 無理なら仕方ない。


「ごめん、三人とも先に上がって欲しい。このままだとお姫様がお怒りのままだからね。ご機嫌を取ってあげないといけないんだ」

『えー!』

「えー、じゃありません。もしも言う事を聞いてくれないのなら三日間口を」


 そこまで言うと何かを察したのか、二人とも急ぎ足で風呂から出て行ってくれた。最後にアンジーが少しだけ名残惜しそうな顔を見せていたが、さすがに大人だからか何も言わずに出たよ。……後で何かしらの補填はしないといけないな。

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