公爵家の末っ子に転生したので自分勝手に生きようと思います（仮）

５７話

　条件……条件と言えば何を言いそうだ？

　酒、金、女、地位、名誉……どれも老父が求めそうなものには適さない。あるとすれば自身に対しての処遇くらいか。働きやすい環境と安心して暮らせる場所が欲しいとかなら求めてきても不思議では無いな。

「公爵家に仕える者と同じ、仕事に見合うだけの給料と待遇を頂きたい。加えて暗殺者ギルドとの戦闘の際には助けを頂ける約束も欲しいのです」

「ああ、それくらいなら構わないぞ。そこら辺は出来高制で父上と交渉をするつもりだったからな。まぁ、子供の方には多少の常識面での教育を施すつもりではあるが」

　うん、予想通りの返答で助かったよ。

　これで女が欲しいとか言われたら多分、今までの話をひっくり返していた自信がある。だってさ、足腰がしっかりしているとはいえ、見た目はお爺ちゃん何だよ。それで女が欲しいとか、いつまで元気なんだろうって不思議に思ってしまうわ。

「なんと……そこまで考えておられたのですか。いやはや……確かに私の目に狂いは無かったようです。初めてお目にかかってからというもの、貴方様には世界を統べるほどのお力が備わっていると感じておりました故」

「話を折るようで悪いが世界を統べるだけの力は無いぞ。そんなものがあったらトーマスとの戦いで苦戦なんてしない」

　きっと世界最強と言われているシンなら労せずともトーマスを屠っていたはずだ。だけど、俺にはそれができなかった。比べる相手が悪いのは分かってはいるが世界を統べるというのはシンすらも倒せる力がある人の事を指すからな。出来ない時点で素質なんて無い。

「それは間違いでございます。アレは本来であれば倒せてはいけない存在なのです。それを簡単に超えられてしまった、そんな貴方が世界を統べるだけの才がない等と誰が言えるでしょう」

「持っていた手札が良かったからな。それでも苦戦している時点で世界を統べる才なんて言われても同意ができないのは当然だろう」

「そこではありません。あれは正に恐怖そのものの具現化なのです。元が大した事が無かったとはいえ、恐怖自体を殺せてはいけないのです。聡明な貴方様ならば私の言いたい事は何となく分かるでしょう？」

　聡明、ね……本当に俺を持ち上げてくるな。

　とはいえ、それだけ変異したトーマスというのは老父からすれば恐ろしい存在なのだろう。確かに有効打が無ければ簡単に詰んでしまうような相手に恐怖しない方がおかしいか。ただ……。

「聡明では無いから分からないな」

「ご謙遜を。それとも私をからかっておられるのでしょうか。……いいえ、どちらでも構いません。あのような人ならざる恐怖の権化と対面し気を失わず、あまつさえ死を与えるほどの力を持つ貴方が世界を統べる才が無いなどとは到底、思えませぬよ」

「つまり貴方はトーマスの威圧で気絶をしてしまっていた、と」

　老父は一瞬、表情を歪めて首を縦に振った。

　なるほど、あの時に二人を簡単に運べたのはエルが気絶させたからでは無いらしい。まぁ、無力化させたのはエルだろうが……確かに対面するだけで普通ならば気を失うとなれば恐怖の具現化とも言えるのか。

　はぁ、なら、何で俺は大丈夫だった。

　エルは分かる、この人は間違いなく世界でもトップクラスの力を持つ人間だからな。それに対して俺は平々凡々とまではいかくとも、まだまだ優秀とは言い難い強さの人間でしかない。

　やはり……俺の中に眠る何かなのかな。

　黒魔法と白魔法を与えてくれた存在……いや、そもそも与えてくれたのか。この力が俺の根底にあって表面化させる事件がトールとの戦闘だったとしてもおかしくは無いし……って、ああ、頭が痛くなってくる。

「はぁ、分かった。そこに関しては折れるよ。貴方程の人間に褒められて嫌な気持ちはしないからな」

「私程度の人間の言葉で喜んでいただけるのであればいつでもお伝えしましょう。貴方様が気が付いておられないだけで、それだけ貴方様の存在というのは稀有なものなのですよ」

「……一応は世界最強と言われているシン・ルールの血を引いているからな。何かしらの稀有な力があってもおかしくは無いだろ」

　それはリール、ルフレ、マリアも一緒だ。

　もしも、扉の先にあるのはシオンの本当の力だったとしたら……そう考えると意外とルール家の人間がおかしいだけなのかもしれない。

　少なくともリールとマリアはＡランク程度の力があると聞いているし、ルフレだって剣の腕は人一倍だと教えられた。

　シオンだけ何も無いなんてあるか？

　……って、また考えに耽りそうになったな。こんな事を考え込んだところで何も結論を出せるわけが無いのにさ。何にせよ、老父が仲間になってくれるのならば今はそれだけでいい。

「それで他には求める事は無いのか。君だって何か言いたい事があるだろう」

「僕は……美味しいご飯があればいい……」

「なら、頑張れば美味しいご飯をあげるよ。公爵家の食事だからな。そこらでは楽しめないほどの美味しさと望めば大量の食事を貰えるぞ」

　ジェフの料理は最上級だからな。

　どれだけ舌音痴な人だったとしても美味しさというものを理解する程に彼の料理は秀でている。それを美味しいご飯だけを望む子供が耐えられるかどうか……ふっふっふ、それはそれで楽しみじゃないか。

「……いいの？」

「それだけ二人に期待しているんだよ。というか、敵に回したくないから自分の腹の中にしまっておきたいんだ。身銭なら幾らでも切ってやってもいい」

「やっぱり……変な人……」

　まぁ、それは俺もそう思う。

　ただなぁ……ああいう場面以外では普通の子供でしかない人にさ。どうして攻撃的になれるんだ。子供は馬鹿な事をして遊んで……それで色々な事をして成長していくもんだろ。少なくとも暗殺者になるっていうのは普通じゃない。

「って事で、二人の精神を俺に従属させる。半ば奴隷に近い立場になるとは思うが不当な扱いはしないと誓っておこう。まぁ、信用出来ないかもしれないがな」

「信用していなければ先の話において了承などしておりませんよ」

「奴隷扱いは……慣れているから……」

　うーん、さすがに後出しが過ぎたか。

　とはいえ、他の契約とかの縛りが二人に無いとは思えないからな。少なくとも暗殺者ギルドとの契約の縛りはあるはずだ。自分達に関する話をさせないようにするとかの契約が……。

　それらを全て解除させて俺との契約のみにさせるために隷属化が必要なんだ。まぁ、そういう話を二人にするつもりは無いけどな。これは一種の脅しみたいなものになるから下手に二人に利のある話をするのは得策じゃない。

　ただ、不安にしたままにはできないからな。

「もしも俺が二人に不当な扱いをしたのならば抗議をしてもいいし、寝首を掻きに来てもいい。俺からすればそんな事をする気も無いからな」

「……仮に寝首を掻きに行っても勝てないと分かっていて仰っていますよね」

「まぁ、エルやリリーを倒せなければ俺を殺す事はできないだろうからな」

「そのような意味では無いのですけどね……相手が悪いのは確かに事実ですが、護衛と言えども常に近くにいられるわけではありません」

　つまり俺を殺せるだけの力は無い、と。

　いや、短時間で殺せるだけの力が無いの方が正しそうだな。常に護衛がいないとはいえ、そこまで離れた場所にはいない。そこを踏まえれば時間をかけてしまった時点で勝てる見込みすら消えてしまうからな。

「一先ず、二人とも了承してくれたみたいだから契約を始めるぞ」

　二人とも恐る恐る首肯した。

　最初こそ、これで構わないが二人が俺の望む通りに動いてくれるのならば別に奴隷扱いはしない。二人が悲しむ姿を見たいわけでは決して無いからな。どちらかと言うとウィン・ウィンな、従属して良かったと思える関係になりたい。

「従属化（サーヴァント）」

　黒魔法の技の一つ、従属化。

　ぶっちゃけ、本を読んでいてツッコミたくなる部分は多くある。何故に従属させるのに名詞であるサーヴァントが魔法名になっているのか、とかさ。だけど、無理やり自分に仕えさせるって意味では間違っていないようにも思えるから、そういうツッコミ所は考え込まないようにはしている。

　一瞬だけ二人を闇が包んで霧散した。

　これで従属化は成功できたはずだ。まぁ、それを試す気にはならないけどね。先程の話の手前、二人がすぐに裏切るとは到底、思えないし。

「はい、これで終わり」

「……もう？」

「ここら辺が黒魔法の強みだからね。早く、少ない魔力で魔法を使える」

　ただし、体調面でのデバフが酷い。

　ただ、この程度ならトーマスの時に比べれば簡単に耐えられるからね。何度も使いたいとは思わないけど数回程度なら何も問題は無いだろう。

「それじゃあ、二人の話を聞かせてもらおうか。新しく主になった俺に話さなければいけない事が多くあるだろう？」