56話

「シ、シオン様!?」

「あ……すまないな」


 おっと……転移先がズレていたか。

 ここはロビーだよな……椅子に座って休んでいるリリーの真ん前に転移してしまった。とはいえ、周囲に人はいないし、転移で物を傷付けたわけではないから良かったけど。


「本当に……シオン様には驚かされる事ばかりですね」

「在り来りな主だと見飽きてしまうだろ。少しでも皆に楽しんでもらえるように生きているだけだよ」

「……最初はシオン様の体を見て不安になっていましたが、普段通りの達者な御口を見て安心しましたよ。本当にご無事で何よりです」


 うーん、確かに俺の体はボロボロだからな。

 まぁ、安心させられたのなら良かった。怪我だって勝手に治っていくからね。だから、時間さえくれれば元通りになるのだけど……これがマリアとかが相手だと無理やりにでも治そうとしてきただろうから……本当に良かったよ。


「ところでそちらのお二人は」

「ああ、暗殺者だよ。まぁ、それだけ聞いたら不安が募るだけだろうから手短に話すと———」


 一先ず先程までにあった事を話しておく。

 時間を使わないために簡単に話をしたけど特に突っかかるところが無かったのか、時折、首を横に捻る事はあったが聞き返してくる事は無かった。それに首を捻った時はトーマスが化け物に変わるところだったから疑問に思うのも仕方が無いだろう。


「とりあえず、概要は分かりました。その話の通りとなるとこの場に残るのは得策ではありませんね」

「ああ、そうしてくれると助かるよ」

「では、その二人はこちらで運びます。詳しい話はシオン様のお部屋で致しましょう」


 そんなに重くなかったとはいえ、非力そうな体で軽々と二人を背負っているのを見るのは本当に慣れないな。転生者だからこその感性なんだろうけど、身内以外の人がいる場面で声をあげないかが心配になってくる。


「こちらの二人は」

「黒魔法で常時拘束しておくから問題無い。仮に逃げようとしたところでリリーなら対処出来るだろ」

「その期待に応えられるだけの力を見せましょう」


 遠回しだけど簡単だと言っているんだ。

 何と言うか、騎士も貴族も表現の仕方が遠回しなんだよなぁ。直接的な表現を使うデメリットが大きいから言わないのは分かるけどさ。でも、こういう時まで遠回しとなると少しばかり頭の中で翻訳するのが面倒になってくる。


「それで詳しい話だが……まぁ、俺から話せる事は先程までで終わりだね。トーマスの変異に関しては皆目見当もつかないし、倒せた事に関しても奇跡だと思っている。だから、それ以外の部分で質問があったら聞いてくれ」

「確かにシオン様が白魔法を扱えた事に関しては御自身で説明が難しいですよね。……それであれば暗殺者について御話をお聞かせ頂けますか」


 暗殺者に関して、か。

 うーん、ぶっちゃけた話、二人を捕らえたのは情報を得るためだからなぁ。それ以上にこうしたいみたいな意図は特に無い。ただ強いて言えば二人をそのまま解放する気も無いっていう考えはあったりする。


 この二人、特に老父の方は確実に解放しない方がいい。この人は敵に回しても損にしかならないって今までの関係からよく分かった。対して子供の方は今のところは大した障害にはならないが、それでも成長していくにつれて確実に手に負えない存在になっていくだろう。


 仮に数年でも追われてみろ。

 確実に今のように完勝できるなんて口が裂けても言えなくなっている。まぁ、不確定な未来の話ではあるから二人次第って部分も多くあるけど。


 殺すのも駄目、解放するのも駄目。

 それなら……答えは一つだ。


「二人は俺の暗部に所属して貰うつもりでいる」

「随分と……話が飛躍しましたね」

「よく言うよ。そこまで理解して暗殺者をどうするか聞いてきたんだろ」


 リリーは微笑んで首を横に振った。

 だけど、間違いなく俺が二人をどうしたいかを理解した上で聞いてきているんだ。だって、暗殺者の処遇なんて考えたら処刑するか、もしくは敵対させないようにするかの二択しかない。わざわざ聞いてくるあたり、それも御話についてと言っているあたり俺の気持ちを知りたいんだろう。


「言っては何だがアンナとアンジェリカを助け出せたのは暗殺者から話を聞けたから、俺は早く二人のもとへ向かえたんだ。そこを加味すれば暗殺者ではあるものの人情があるように感じたからな」

「ですが、それはシオン様が相手だったからかもしれません」

「それでも構わない。仮に俺が相手だったからとした場合、俺が命令をすれば言う事を聞いてくれるという事になるだろう。それに公爵家の一人として暗部というのは確実に必要になってくる」


 少なくとも老父には多少の情がある。

 あの時にトール達の話を聞いていなかったらアンナは死んでいたんだ。俺が馬鹿で周囲に目を配り切れていなかったから二人は……それを助けてくれた事には本当に感謝している。


 俺の返答に対してリリーは表情を強ばらせながら口を開いた。


「暗殺者ギルドの幹部を引き抜くという事は明確に敵対するという事と同義ですよ」

「元より俺を暗殺しようとした時点で敵対しているからな。ましてや、この街の暗殺者ギルドを殲滅したのが俺である事もバレているはずだ。もしもバレていたとしたら……この二人が戻ったとしても生かしてもらえるか分からない」

「みすみす殺されるのが分かっているのに見捨てる事はできない、と。あまりこのような事は口にしたくありませんが、少しばかり甘えた考えであるとは思いませんか」


 甘えた考え……ああ、確かにその通りだよ。俺は甘いからな、そのせいで自分の命を投げ捨てて線路に落ちた子供を救い出した。アンナやアンジェリカだって甘かったから助けたんだ。それを否定する気はサラサラ無い。


 だけど、それが間違っているとは思えない。

 俺は子供を助けて死んだ。そのおかげで転生して幸せな生活を送れている。アンナとアンジェリカを助けた。だから、今はこうして二人の笑顔を見て癒されているんだ。


 リリーの目を睨みつける。

 眉一つ動かさないのは俺の真意をハッキリさせたいからなのだろう。それだけ上に立つ人の考えというのは重く、場合によっては下の人達の考えを無視してでも重視しなければいけない事だ。分かっている、だから、俺はリリーを否定しない。


「少しの甘えも解決できない存在が公爵家の一人として生きていく事はできないだろう。俺は立場に甘んじた生き方をするつもりは無いからな。公爵家という物自体が肩書きでしかない生き方をしたいだけだ」

「……本当にシオン様は変わられましたね」

「一度、死ねば分かる事だ。名前だけで解決できる事には限度がある、とな。そして一人でできる事にも限界がある」


 俺はシオンでは無い。

 だからこそ、よく分かるんだ。一人で全てを成し遂げようとして失敗した日々を、自分の名前でできる事の限界を……それらがシオンと重なってしまうから正したい。同じような失敗をしたくないから考えを研ぎ澄ませているだけだ。


 もう二度と同じ後悔をしないように……。


「との事ですが、貴方達はどうするおつもりですか」

「どうするって……ああ、そういう事か……」


 なるほどな……はぁ、本当に俺は色々な部分を見れていないんだね。てっきりリリーは俺の真意を測って質問をしていると思っていた。だけど、目を覚ました二人に考える要素を与えたかっただけだったみたいだ。


 という事は、つまりリリーも俺の考えに対して否定的ではないという事なのか。……仮に否定的なら遠回しとはいえ、もっと分かりやすく伝えてきていたはずだもんな。そこに気が付けない時点でまだ足りない部分が多過ぎるという事だ。精進しないとな。


「……どうとはどのような意味でしょう」

「シオン様の御意思に従うかどうかです。シオン様は甚くお二人をお気に召しております。その考えに対する気持ちを伝えて欲しいまでです」

「何と……返答の難しい質問を迫ってきますな」


 老父は額の皺を強めて苦笑した。

 確かにリリーの質問は答えが何通りもあるようで一つしかないからな。質問や返答の否定は俺との敵対を明確にする行動だ。俺のためを思った従者が首を跳ねないとは限らない。


 対して簡単に答えるというのも、それは品格の問題であったり、暗殺者ギルドとの敵対だったりで不可能だろう。生き残るために即答したとあっては自身の価値を安くさせてしまう。だから、本心がどうであれ、悩む素振りをするのが正解だろう。


 この人はそこまで分かってしているんだ。

 だって、初めての戦闘の時に主に相応しいと俺を評価していた。それが本心だから俺の手助けだってしていたのだろう。ならば、今程に自身の気持ちを打ち明けられる機会は無いはずだ。これは彼の命をかけた交渉だからな。簡単に口を挟まない方が良いだろう。


「死神騎士、第八代白百合騎士団団長……この二人がお認めになったお方からのお誘いを断る道理はありませぬ」

「ただし、何かしらの条件がある、と」

「はっはっは、先回りせんで頂きたいものです。なに、私達からすれば重要な話なのですよ」


 老父はニコリと笑った。

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