55話

 気持ち悪さが増した。

 吐き気だって強くなってきている。魔力を一気に消費したからなのは分かっているけど……不思議と悪くは無いな。それだけ興奮しているんだ。だって、この力があれば大切な人を守れるのだから。


白波シラナミ!」


 五重の一閃、エルの剣に比べれば大した技では無いかもしれない。だけど、あれだけ動かなかったトーマスがガードの体制を取った。しかも、そのせいで魔力が体から放出されるようになったから時間稼ぎで負ける心配も無い。


 それだけの体躯だ。動かすためには大量の魔力が必要になるだろ。それに白魔法を通した剣で作られた傷は治せないようだし……無表情に見えていた顔も焦っているように見える。


「どうした。怖いか」

「グルゥゥゥ……キィィィィッ!」

「馬鹿に磨きがかかったな」


 二つの手を飛ばしてきた。

 だが、それでは魔力を多く消費するだけだ。自分の命の危機に陥って早期決戦を願うようになったか。それとも俺の黒魔法による防具を破壊しようとでもしたか。……どちらでもいい、向かってくる分には好都合だ。


 多少なりとも動かすとなればエルとの戦いとは違って魔力を多く消費するはず。ましてや、俺の三倍はありそうな体躯を動かすからな。相当燃費が悪いと予想できる。


「ホーリーランスッ!」


 二十はある光の槍達。

 それらを一瞬で作り出して放出させる。手を飛ばしたら体がお留守になるよな。そのまま手でガードをするとしたら……ああ、そうだ。この一直線上の道こそ、俺が望んでいた隙だった。


「もう闇は要らない」

「ギィ……ィィィィィ……!」


 一気に距離を詰めて切り刻む。

 これでトーマスの頭は細切れだ。ただ大量の魔力を込めて作り出した闇がこれでお釈迦だけどね。まぁ、そんなものが無かろうとどうにかできそうだから気にしていない。


 やはり……白魔法の剣ではエルの時のように回復すらできないようだ。まぁ、それを作り出すには多くの魔力を消費し過ぎたけどな。ましてや、頭を壊したところで殺し切れた訳でも無い。


 独立して動く手足、そして胴体。

 とはいえ、手の動かし方からして頭が無くなったのは痛そうだ。俺のいない方向へと飛ばしていたりするからな。恐らく……魔力だったり気配とかで動かしているんじゃないか。


 でも、なぜ、そっちに飛ばした?

 エル達は俺の後ろ側にいる。他の人間だってそっち側にはいない……魔力や気配の先を勘違いしているのか。分からないけど……とりあえず、今は気配遮断で俺のいる位置を悟らせないようにしよう。


 その間に———






「うぐっ……ちっ、なりふり構わずかよ」


 魔法を全域に発射されてしまった。

 確かにこれなら俺の位置を把握せずともダメージを与えられるからな。先程までの魔力を消費しないような戦い方はどうやらやめたらしい。エルは……見なくても大丈夫か。この程度ならどうとでも対処できるだろう。


 嬉しい半面、これは少しばかりキツイな。

 今のでダメージを貰いすぎた。幾らかは躱したものの予備動作無しの全範囲への攻撃ともなれば守りきれやしない。いやはや、闇を捨て去ったのは早かったか。


 とはいえ、あそこの大きな隙を逃してしまっていては魔力が切れて先に死んでいたのは俺だ。だから、後悔は少しも無い。……でも、このままだとジリ貧になるだけだな。


 いや、逆に考えるんだ。

 俺には借りているだけとはいえ、有り余るほどの金があるからな。それを有効活用さえすれば恐らく死ぬことは無い。俺が油断するか、トーマスが奥の手を隠していたとなれば別だけど、もし後者が有り得るとしたら今の時点で使うだろ。


 今、広範囲への避けられない一撃を行ったというのは、それ以外に手が無かったと思えばかなり気が楽になってくる。それだけでいい、それだけあればまだ気の持ちようは……。


「と、少しは休ませてくれよな」


 二回目の全体への魔法の放射。

 クッソ……魔力量どうなってんだ。これだけの事をしておいて魔力が減っていないとかだったら、トールとかのレベルじゃないぞ。それこそ、完全耐性に近い力を持っているってだけでゲームのラスボス手前の強さはあるって言うのにさ。


 ポーションを胃に流し込んで魔力を集める。

 次の魔法を放つ瞬間、そこを狙って次は胴体を吹き飛ばす。先に飲んでいた回復ポーションのおかげで継続的に魔力が回復しているからな。今飲んだ体力回復ポーションと合わせれば数分間は攻撃を受けても死なないはずだ。


「一緒に死のうぜ」


 胴体に放ったのは大きな光の玉。

 これを作るだけでどれほどの魔力を使ったか。例えで車が何個買えるみたいなのがあるけど、それを使うとすれば闇を八回は発動できるだけの魔力を使っている。言わば、俺の最高傑作とも言える一撃だけど……逆にこれを放てば俺もノーダメージとはいかないだろうなぁ。


 まぁ、いいさ。死ななければそれでいい。

 トーマスさえ倒せばエルがどうとでもしてくれる。それこそ、死にかけになった俺を治癒させるのだってポーションとかを活用して何とかしてくれるはずだ。だから、少しも怖くない。


 最低限の保護のために闇を纏う。

 少しの魔力と少しの時間で作り上げただけだから防御能力の向上は大して望めないだろう。本当に気休めとして作り出しただけだ。でも、無いよりは確実にマシだと思いたい。


「吹き飛べッ!」


 瞬間、視界が消え去った。

 作り出した闇も一瞬で掻き消され、自身が作り出した光によってジリジリと焼かれていくような感覚に襲われる。最早、痛いとか熱いとかの感覚すら無い。もしかしたらアドレナリンだとかが俺をそうさせているのかもしれないな。


 でも、幸か不幸か、爆発は一瞬だった。

 俺へのダメージは確かに大きかったけど……死に至るほどのものでは無かったし、目の前にいたはずのトーマスすらも原型すら留めずに消えている。マップを使って確認もしたがどこにもいない当たり殺し切れたのだろう。


 ここまで来て思う事はただ一つだ。

 耐性以外が雑魚でよかったという事。確実に化け物と化したトーマスはトールとかよりも強かったが、それでも単純なステータスや速度に関してはトールの方が強かった。こうやって殺し切れたのだってトーマスのステータスが低かったからだ。


 もしも、化け物となったのがトーマスじゃなかったら。それこそ、トールとかが化け物になっていたとしたら勝ち目なんて無かったかもしれない。気配を操作できて完全に近い耐性もある。そしてステータス自体も高いとなれば……想像しただけでゾッとするよ。


 とりあえず白魔法で回復を……。






「あれ……また使えなくなったのか……」


 さっきと同じイメージでも使えなかった。

 何かが違う……とかでは無いよなぁ。感覚の範囲で言えば少したりとも変化は無いはずだ。命の危機で無理やり制御させていたとか……は、楽観的に考え過ぎだよなぁ。そんな都合のいい話があるとは思えないし。


 まぁ、使えなくなるのが戦闘中ではなくて本当に良かった。その時に使えなくなっていたら詰んでいたからな。……その時は恥を忍んで撤退するように言っていたと思うし。


 仕方が無いからポーションでゆっくり回復する事にしよう。かなり金を使ってしまったけど死ぬのに比べたら百倍マシだし、何より金なら稼ぐ手段なんて幾らでもある。


「お疲れ様です」

「エルもお疲れ様」

「いえ、私は何もしていませんよ」


 うーん、よくそんな事を言えたな。

 暗殺者二人を無力化して、尚且つトーマスと戦って時間稼ぎをする。普通に考えて化け物レベルの強さがあるからこそ、出来た芸当だ。俺がエルの立場だったら確実に同じ事をできなかっただろう。


「……まぁ、そういう事にしておくよ」

「はい、どのような捉え方をしたとしてもシオン様がトーマスを討伐した事には変わりません。私が討伐できたかと聞かれれば不可能でしたからね」

「それは……ただ運が良かっただけだよ。敵を倒せる手段が光魔法系統で、それを俺が丁度よく扱えていただけ。偶然が組み合わさったおかげで倒せただけだ」

「ですが、倒せた事には変わりませんよ」


 それを言われたら何も返せないな。

 倒せた……と言うにしては何も得られない戦いではあった。シオンを暗殺したトーマスから得られるはずだった情報も、戦いの中で使えていた白魔法の制御の仕方も……色々な得られるはずだった結果が残ってはくれなかったな。


 とはいえ……死ななくて本当に良かった。

 本音を言えば自分の魔法が爆発した時に、その時に死ぬ前に見た最後の景色が過ったんだ。目の前まで迫っていた列車と、列車の前方を照らす強烈な明かりが確かに過った。……でも、生き残ったんだ。そう考えると何も残らなかったわけでは無いのかな。


「エル、後片付けを頼んでもいいかな。トーマスが化け物になったとはいえ、屋敷一つが吹き飛んだら騒ぎになってしまうだろ」

「構いませんよ。シン様の使者である話を出せば幾らでも取り繕えます」

「ああ……その間に俺は暗殺者達を連れて宿まで戻っているよ。あの人達には話さなければいけない事があるからな」


 エルに甲冑を手渡して暗殺者二人に闇魔法をかける。先程の爆風でか、もしくはエルの手によってか気絶していたから運ぶのは難しく無さそうだ。後は暗殺者と俺に気配遮断をかけてっと。


「ごめん、後は任せたよ」

「シオン様の騎士、エルに全てをお任せ下さい」


 転移石を割って、その場を後にした。

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