54話

 はぁ……ウダウダしていても仕方が無い。

 エルが戦ってくれている今のうちにやれるだけの事をしてみよう。今の今まで白魔法を使えなかったのには理由があるはずだ。それさえ分かれば黒魔法のように簡単に扱えるようになるだろう。


 考えられる要素は何だ。

 想像力の欠如……これは否めないか。人よりは多く本を読んで知識はあるつもりだけど、いかんせん日本にいた人間だ。本来の白魔法を見た事は無いし効果だって聞きかじりで知っているだけ。そんな状態で本来の能力を発揮できるとは思えない。


 他には……俺の魔力量の少なさか。

 白魔法は黒魔法と正反対、つまり精神的なダメージが無い分だけ多くの魔力を必要とする。それだけの魔力が俺に足りていないから使えないって言うのも有りそうだな。


 そして……黒魔法がある影響。

 正反対の属性である白魔法と黒魔法を両立させられないから使えない……これは無いか。白魔法の練習の時だって使えなかったんだ。黒魔法を使用しているから使えないは無い……が、本来なら両方を持つ事自体が普通じゃないとしたら使えないとしてもおかしくないのか。


 いや、だとしたら、詰みだ。

 それなら考えとして排除するべきだろう。今は使えるようにするためにはどうするべきかを考える必要がある。使えないという考えは悪いが不必要だ。使えないのが前提の考えでは使えるようになる訳がないからな。


 時間はある……だから、その間に考えろ。

 きっと、どこかに使えるようになる何かがあるはずだ。異次元流通……は、さすがに答えを出してはくれないし、他のスキルも使える何かに繋がりはしない。


「ふっ! と、さすがに疲れますね」


 少しだけ動きが穏やかになったか。

 放出される魔力が減ったあたりセーブしているのだろう。ただ、その分だけ切り刻むまでの速度が伸びてしまっているのか。仮に切り刻んでも瞬時に回復してしまうのなら正しい判断だと思うが……果たしてどれだけの時間を稼いでもらえる。


 ポーションをあげる……のは悪くないけど時間がかかり過ぎるし、金だってかかってしまう。その間にヘイトが俺へと向いたら全てがパァになってしまうし……何よりエルの負担が大き過ぎる。ただ時間稼ぎとして渡すのは悪くない。


「エル! 使ってくれ!」

「ッ! 感謝しますッ!」


 魔力回復ポーションをエルに投げて俺も一つだけ喉に流し込む。黒魔法は魔力消費が少ないとはいえ、長時間使用しているからな。それに白魔法が使えない懸念点の一つくらいは今のうちに潰しておきたい。


 イメージしろ……使いたいのは光魔法のような攻撃的な魔法ではなく、回復魔法のような傷を癒す力だ。そして、それの対象をトーマスにする。トーマスの傷を癒すのは癪だが……そんな事を言っていられる暇は無い。


継続再生リジェネ!」


 ……はぁ、駄目か。

 体から大量の魔力が抜けた。だと言うのに、魔法が使えたような感覚がない。ましてや、本で読んだ回復魔法特有の白いオーラさえも現れてくれなかった。


 だけど、今回の件でよく分かった。

 俺が白魔法を使えないのは魔力が明らかに足りていないんだ。きっと黒魔法のようにスキルレベルの制限を俺が出来ていないのだろう。白魔法のレベル一を使おうとしているのではなくレベル十を使おうとしている……そう考えると使えないのも納得がいく。


 つまり……制御さえ出来れば……。


「くっ……」


 いやいや、無理無理無理!

 そもそもの話、黒魔法は適性があったから簡単に扱えていただけだ。あの時に、何もイメージを持たずにかけた付与で剣が黒く染ったのだって、裏を返せば俺の魔法の適性は闇魔法や黒魔法だけだったのかもしれない。


 じゃあ、その正反対の白魔法はどうだ。

 本で読んだ事がある。本来は正反対の属性を持つ事自体が普通ではないって。つまり、俺が白魔法を獲得する事が無かったのに手に入れてしまったと言える。だから、黒魔法のような細かな制御ができない。


 分からない、全ては憶測でしかない。

 それでも立てた仮説にしては今の状況に合い過ぎるし、他の魔法のようにイメージで簡単に扱えたりしないんだ。だとしたら、俺はどうすればいい。使えもしない魔法に賭けるなんてエルに言えるわけも無いだろ。


「ふっ……はぁはぁ……」


 再度、細切れにしたエルが下がってきた。

 初めて見るエルの疲れた様子、それだけで今のトーマスがどれほど強いのかがよく分かる。いや、違うな。別にトーマスが強いわけじゃない。ただただ俺やエルとの相性がとてつもなく良かっただけだ。


 黒魔法が効いていたのなら、剣で細切れにして殺せたのなら……こうやって手をこまねく必要も無くトーマスを殺し切れていた。それが出来ていないのは魔法への耐性、超再生能力、そして動かないという特徴のせいに他ならない。


「シオン様、さすがに私にも限界があります。どうやら私のスキルも通じないようですし、早急な判断をお願いします」

「分かっている……分かっているけど……」

「最悪は逃げの手段を取っても構いません。どうやら相手は動かないようですし、逃げようとすれば簡単に逃げ切れるでしょう」


 逃げる……分かっている。

 確かに手をこまねいている暇があるのなら一度、撤退をして白魔法を扱えるようになってから戦えばいい。暗殺者二人を捕らえて逃げてしまえば十分な収穫に……。









「———いや、逃げの選択は取らない」

「……策があると」

「あると言えば嘘になるし、無いと言えば嘘になる。それだけ不明確な倒し方だけど何も無い訳では無いんだ」


 分かっている、これはエゴだって。

 でも……頭に過ぎってしまったんだ。トーマスの手によって罪の無い子供達が殺されていく姿が、そして命令によって戦わなければいけなくなったリリーの姿が。


 小さな子供が危険な目に遭う。

 ここで逃げたら……それこそ、ホームの上で立ち尽くしていた野次馬共と何も変わらない。どうにかして俺が皆を……。


「シオン様が望むのなら私は従うまでです」


 エルの後ろ姿……不思議と不安感しか無い。

 俺が相手だからエルは自分の意思を曲げてでも戦ってくれるんだ。だけど、今のエルがトーマスを倒せるだけの力は出せない。だから、撤退を俺に忠告してきたんだ。


 クッソ……早くしないとエルが……。

 なのに……どうして使えない。傷を負っていく姿を見ていろって言うのかよ。いや、それなら俺が怪我をして死んだ方が……違う、それをエルが望むわけが無い。


 どうする、何をする、何をすればいい。

 俺のエゴも叶えて、そしてエルを助けさせてくれよ。あの時のように、いや、あの時とは違って俺の命を救いながら全員が幸せな選択肢を選ばさせてくれ。


「エルッ!」

「だ、大丈夫です! 掠っただけですので!」


 掠っただけ……にしてはかなり出血量が激しい気がする。エルのステータスは圧倒的なはずなのに大怪我を与えている当たり……防御力を無視した攻撃をしているのか。


 どうする……まずは回復を……。


闇幕エンマク


 オーケー、トーマスに接触しなければ魔法は掻き消されないみたいだ。この間にエルの体に闇の手を巻き付けて引き寄せる。


 白魔法……頼む、使えてくれ!

 折角、自分のモノにできたのに殺されてしまっては意味が無いんだ。俺に関わるものではなく俺自体の何かならどれだけの対価を払ってもいい。そのためだったら神や悪魔にだって祈りを捧げてやる。


 だって俺は、エルと一緒に生きたいから。






「何が———」

「その身を俺に任せろ」


 成功……したのか……?

 エルの全てを自分のものにするイメージ。傷の一つすらも俺のものにしてしまう。そして、その傷に薬を塗るような、治癒させていくイメージをしたが……思いの外、上手くいき過ぎたせいで言葉が出ない。


 アレ……少し前は上手くいかなかったのに……どうして成功したんだ。もしかしてかける魔力量が少なかったとか……いや、それは間違いなく無い。あの時は安全だったから気絶してもいいレベルで魔力を使っていたからな。


 ピンチのせいで不意に制御に成功した。

 それも感覚からして違う。……いや、考えても無駄か。今はエルの傷を癒せた事を喜ぼう。


 そして———


「と、本当に効いてくれるとはな」

「……お見事ですね」


 簡易的に作り出した五本の光の槍。

 ただの時間稼ぎのために放ったのに、それらが掻き消されずにトーマスに突き刺さった。しかも、血が流れているあたり……エルの斬撃のように回復される様子も無い。


 確実なトーマスの弱点、それが光魔法か上位魔法である白魔法なのだろう。難易度は間違いなく黒魔法の比では無いが……使わない手は無いよな。感覚を掴めている今のうちにトーマスを殺すために戦うしかない。


「エル、さがっていてくれ。後は俺一人でやる」

「……そうですね、私では足でまといのようですし」


 エルで足でまといって……本当に訳の分からない話だよなぁ。それこそ、光魔法系統以外が効かないとかいう特殊な敵では無い限りは俺の方が足でまといになるし。


「エル」

「どうかしましたか」

「終わったら飛びっきりの御褒美をくれよ。そうじゃなきゃやっていられないからな」


 フラグだとしても……戦ってよかったと思える何かがあれば命を賭けられる。いや、本気で命をかけるつもりは無い。ただ、それだけの覚悟で戦えるんだ。


「当然です」

「おっし! 俄然やる気が出てきたわ!」


 強く頬を叩いて剣を構えた。

 剣にかける付与は白魔法、回復した魔力すらも殆ど注ぎ込んだ最高の一撃だ。もう一本、魔力回復ポーションを胃に流し込んだから倒れる問題も無い。


「さぁ、やろうぜバケモン。面倒くさいからさっさと殺してやる」


 ここからは俺のターンだ。

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