53話

 一言で言えば黒魔法を付与した斬撃を飛ばしただけ。だが、そこにかけられた魔力は千切桜と同等か、それ以上だ。老父が相手であっても簡単に対処できないレベルのはずなんだけど……効いている様子が無い。


 外れた……いや、それは確実に無い。

 当たっている場面は視界に捉えていたし、何なら当たって霧散しているのも確認した。それが事実だとしたら威力が足りていないとかか。……いや、だとしたら霧散するのはおかしい気がするな。


 当たってノーダメージならまだ分かる。

 そうじゃなくて消えているように見えた。つまり黒魔法系統に耐性があるとかの方がありえそうかな。そうだとしたら黒魔法をメインで使うようになった俺との相性が最悪に思えてしまうけど、まぁ、まだ手はある。


「……っと、さすがに無理か」


 距離を詰めてみたが見えない力で弾かれてしまった。それも体に纏っていた闇を全て消し去りながら弾いているから……付与無しで向かっていたらどうなっていたか。本当にエルに任せなくて良かったと思うよ。


 エルが怪我をしたらと思うと……あれ、おかしいな。少しも想像がつかないや。


 ま、まぁ、いいさ。

 俺は俺のできる事をするだけだ。


「おっと、さすがに的になる気は無いよな」


 無言で放たれた魔力弾。

 数にして十数発はあったかな。それらを詠唱も無く、魔力を集めたりする等の予兆も無くして放ったんだ。本当に今のトーマスは化け物と言って問題は無さそうだ。予兆無しで魔法を放つなんて高名な魔法使いであっても無理だろうし。


 ただ見てから躱せる分だけマシではある。

 エルの斬撃なんて見てから躱す何て不可能に近いからなぁ。こういう時に化け物に鍛えてもらっていて本当に良かったって思えるよ。まぁ、今となっては化け物じゃなくて大切な人なんだけど。


 魔法の連射は……無いか。

 さすがにそこまでチート級の強さは無いらしい。元が元だからなのかもしれないけど弱点があるに越したことはないからね。今のうちに黒魔法を使って闇を纏い直しておく。これがあるのと無いのとでは防御面で大きな差があるからな。


 次に火力がある魔法と言えば……もう片方の上位魔法でスキルレベルが最大の白魔法だ。だけど、この魔法は後回しにさせてもらう。使えたら強いのは間違いないのと知識ある反面、今の今まで使えた試しが無いんだよなぁ。


 黒魔法のようにイメージをすれば使える代わりに精神的なダメージが大きいとかでは無い。どれだけイメージを強めても発動すらしなかったんだ。今だって、魔力を消費しているのに発動すらしてくれない。


「ファイアーランスッ!」


 火の槍……これも霧散して終わりだ。

 純粋な魔法ならもしかしたらと思ったが、これも駄目か。黒と火には耐性がある……この調子だと風にも耐性がありそうだよなぁ。火力が足りていないせいで消されている可能性もあるけど……闇が消された時点で否定したい。


 無効化できる属性の魔法が近付いた瞬間に掻き消す事が出来る……って、予想だ。そう考えるとトーマスが動いていないのも完璧に近い防御力のおかげだと納得がいく。俺の闇が掻き消されたのも範囲内に入ったからと説明がつくしな。


「まぁ、そうだよな」


 予想通り風の槍が掻き消された。

 他に使える魔法は……刻印だけど無理だ。これは戦闘に使える魔法じゃない。良くて自分の放つ魔法や武器に刻印を打って操作する事くらいだからな。


 残るは近接……これも俺では弾かれて終わってしまうのが目に見えているからなぁ。


 エルに頼むか……いや、エルは暗殺者の方に回してしまった手前、バトンタッチなんて———




「お困りのようですね」

「……エル」


 って、エル!?

 いや……あれ……? 確かに暗殺者二人を逃がさないように命令したはずなのに……逃げられた、はマップによって分かっている。気配が消えているではなくしっかりと背後にあるからな。


 気絶……はしていないか。

 だけど、体の自由が利かないようで尻もちをついてぐったりとしていた。怪我を負っているようには見えないから……これがエルの能力なんだろうな。確かに騎士にピッタリの能力だ。


「少しばかり時間を稼ぎます。その間にトーマスへの対処をお考え下さい」

「それは……ありがたいけど……」

「大丈夫です。あの程度であれば私に傷すら付ける事もできません」


 それだけの力がエルにはあるのは分かる。

 だけど、頭が警鐘を鳴らしているのが……本当に恐ろしくてエルに頼みたいと思えない。近接も効かないのでは無いか……勘でしか無いけどそう思えてしまうんだ。


 いや、だからこそ、か。

 エルは時間を稼ぐと言ってくれた。つまり光明さえ見付けられればそれでいい。それこそ、可能性のある白魔法を扱えるようにするために動くのも手ではあるんだ。


「時間稼ぎでいい。油断はするな」

「はい。何があるか分かりませんからね」


 こんな事を言うのは烏滸がましいと思う。

 多くの修羅場を潜り抜けてきたエルに油断をするなだなんてさ。そんな事はエルがよく理解しているはずだ。それでも言ったのはエルに傷一つすら付いて欲しく無いから。


 格好悪いよな、このままエル任せは。

 エルがトーマスへ向かったのを確認してから魔力を集めてみる。使うのは……白魔法。本で読んだ限りでは光魔法と回復魔法の複合版が白魔法だったからな。イメージは人を回復させ、浄化させるような力だ。


「……駄目か」


 本当に少しも使える気がしない。

 エルは……トーマスの魔法を躱し切っていた。俺でも躱せたんだ。エルが攻撃を喰らうわけが無いのは当然だろう。だけど……先程よりも魔力弾の数と持続時間が増えていないか。


 もしかして……俺との戦闘中に魔力を集めていたのか。運が良い事に連射はできていないようだから対処は難しく無い。ただ時間が経てば経つほどに躱せなくなってくるだろうし、下手に時間を与えるのは間違いなく不利。


「ふっ!」


 ……うん、やっぱり、化け物だ。

 一瞬でトーマスの背後に回っていたし、その間にトーマスの体は細切れにされていた。これだけの事をできるようなエルが……いやいや、待ってくれよ。


「自信が無くなってしまいますね」


 簡単そうに一瞬で元通りになった。

 表情は変わっていないはずなのに……笑っているように見えるのは絶望的な状況のせいか。近付くのも難しくて魔法に耐性があり、尚且つ細切れにしても回復してしまう程の回復力。


 えっと……無理じゃね……?

 いや、回復にも限界があるだろうから原子すらも切り刻む程にできるのならワンチャンあるか。もしくは回復ができなくなるまで何度も何度も細切れにするのも有りだ。回復の瞬間に魔力が一瞬だけ全体に駆け巡った。つまり回復に魔力が必要なはずだ。


「もう一回、切り刻めるか!」

「ええ! 何度でもしてみせますよ!」


 はぁ……返事の途中で細切れにしたよ。

 うーん、本当にエルに勝てる自信が無い。多分だけど今の力でさえも本気では無いと思うんだよなぁ。本気を出して辺り一面を消し炭にしてしまうとか、力を出す事によって起こる問題だってあるだろうし。


 と、そんな事はどうでもいい。

 今はトーマスの対処を考えるのが先だ。……やっぱり、明確に魔力が通った。とはいえ、使った魔力量は本当に微小。見えない程に切り刻んだのに少しの魔力で回復し切るなんて……勝ち目あるのか?


 魔法を使わない人であっても体を動かすのに魔力を使う。地球で言うところのカロリーとかのエネルギーに近いのが魔力だからな。カロリーに加えて魔力を使う事で地球の人よりも高い運動能力を作り出せる。


 つまり、このままだとエルが負ける。

 エルから魔力が漏れているのは鑑定眼で分かっているからな。それに対してトーマスからは少しの魔力も漏れていない。動かない選択を取る事によって運動能力を殺す代わりに魔力消費をゼロにしているんだろう。


 ただ一つだけ勝てそうな策は見付けた。

 白魔法が使えれば……と、付けるけどな。白魔法の回復、もっと言えばリジェネによって継続的な回復をさせて回復能力をバグらせる。リジェネにも二種類あって魔法使用者の魔力を使ったリジェネの付与と、魔法をかけられた存在の魔力を使用してのリジェネがあるからな。


 そしてかけるのは後者の方だ。

 無理やり魔力を消費させて回復ができないようにさせる……って、考えだけど懸念点はある。例えば白魔法が通るかどうかだ。だけど、回復能力を見た感じ全ての魔法が効かないというよりは攻撃魔法が効かないように思えるんだよなぁ。


 駄目で元々、それでも勝ち目を見い出せるのなら賭けた方がいいだろう。……俺が白魔法を使えない点を除いたらな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る