52話
さてと……この後はどうしようか。
老父達は動こうとしない。それはきっと動いたら隙を晒す事が分かっているからだろう。空間が広くなったとはいえ、どこかへ隠れようとすれば背中を晒す事になる。それは二人としても避けたい自称だろうしな。
逆に俺からすれば対面で老父と子供を相手にするのは本音を言えばあまり宜しくは無い。別に倒し切ることはできるだろうけど疲労してしまうのは避けたいし。
それじゃあ、もう一度、分断するか。
それもできるかどうか不明確だから避けたい一手ではある。子供の方はどうにせよ、老父の目を欺いて二回目の分断ができるか……個人的にはできない確率の方が高い気がするな。それに老父から目を逸らして何かされても困るし……。
はぁ、こっちから行くしかないか。
攻めるってデメリットは多くあるけど、その分だけ成功すれば流れを引き込めるっていう大きなメリットもある。ましてや、壁の向こう側にいたトーマスの私兵達も姿を現し始めてきたから陰に隠れるのだって難しくない。老父達のメリットが俺のメリットにならない訳では無いからな。
もしも……いや、それはもっと余裕が出てきたからだな。今は持っている手札を切って戦うしかないか。敵が多い事には変わりないけど俺が負ける程の敵が多いかと聞かれれば違うからね。
気を抜けないのは老父と子供だけ。
「……そちらから来ますか」
「近付かなきゃ、殴れないだろ」
老父へ一気に詰めて鍔迫り合いに持ち込む。
いや、持ち込まれたと言った方が正しいか。間違いなく瞬時に対応して流そうとしていた。でも、流しの技術ならエルの方が圧倒的に上手い。明確に剣の腕では勝てる気がしないがエルと比べれば対応できなくは無い。
「ジジイ!」
「大丈夫ですよ」
「どうかな」
気が付いたようだけどもう遅い。
何でもかんでも楽観的に考える程、俺はお花畑では無いからな。自分の持てる全てを使って戦わせてもらう。自分の体に纏わせている闇を操作して剣を掴ませた。
一対一なら剣で勝てるとは思っていない。
それじゃあ、剣の数が増えたらどうだ。子供に対しては分身を作り出して向かわせている。……すぐに分身を作り出して対処してこないあたり、スキルを何度も使う事はできないみたいだね。それが彼女のスキルの弱点か。
「千切桜」
「ふっ、背後を遮断しましたか。ですが!」
広範囲に千切桜を使って一種の壁を作り出した。確かに老父からすれば逃げの一手を奪ったように感じるかもしれない。老父自身、逃げるための戦いをすると言っていたからね。
だからこそ、七つの剣を流しながら反撃のチャンスを狙っているのだろう。技術力、速度、一撃の重さのどれをとっても、老父は間違いなく俺の出会ってきた人の中で上位に入る程の力を持っている。
本来なら勝てるわけも無い相手を、チート能力で何とかしているだけ。……そう考えるとあまり気分は良くないが俺だって負ける訳にはいかないからな。本気で倒しにいかせてもらおう。
「囲め」
「何を……ッ!」
「最初から背後の遮断なんて狙っていないよ。お前を倒す事だけを考えていた」
千切桜で作り出された檻。
もちろん、触れれば怪我で済むわけが無い。それに今回の千切桜にかけた魔力は先程とは比べ物にならないからな。小さく、それでいて強度すらもかなりの物になっている。
魅せでは無く、本気で殺すための技だ。
そして、そこを俺の剣が貫く。闇によって振られた剣が檻の中にいる老父を傷付けていく。まだ老父のスキルに関しては分からない事が多い……だからこそ、ここまで来ても油断するつもりは無い。
「殺させないッ!」
「悪いが読んでいた」
背後に闇の壁を作って子供の攻撃を弾く。
分身体が殺された時点で子供が俺への一撃を狙っていた事は予想がついていた。……それに子供は壁に触れたからな。その時点で既にゲームオーバーだ。
「なに!? 何が起こっているの!?」
「簡単だよ。壁に粘着力を加えただけだ」
そのまま壁で子供の体を包み込ませて一切の自由を奪う。次は少しも油断はしない。即座に子供から魔力を吸収して他の一手を選べないようにした。
「
「そんな……」
「お前は甘いな。……俺と同じだ」
仲間のために詰めてきた気概は褒めよう。
ああ……やっぱり、この気持ちは抑えられそうにないな。檻の中に黒魔法を入れ込んで老父を拘束させる。体中ボロボロで呼吸も荒くなっているが致命傷は一つも無い。恐らく全て剣で流して耐えていたのだろう。……二分間、少しも気を抜かずに。
「チェックメイト、俺の勝ちだ」
闇の玉を数発作り老父の背後に撃ち込む。
その瞬間、小さな爆発が起こり壁が吹き飛んだ。地面すらも破壊されて土が見えている箇所すらある。天井も数箇所、穴が空いた。手加減してこれだけの火力が出ているんだ。本当に黒魔法というものは……。
はぁ……この頭痛や嫌悪感が無ければどれだけ心強い魔法だったか。まぁ、強過ぎる力にはデメリットが多くあるはずだからな。多少は受け入れるしかないか。後は慣れが何とかしてくれるはずだ。
「逃げの戦いと豪語した割には呆気ないな」
「……はっはっは……本当の隠し球というのは最後に見せるのですよ」
「魔力も尽き、体も動かせない状態で何が出来る」
あ、自分で言っておいて何だけど……これってフラグだよな。悪役が主人公に負ける、主人公の覚醒フラグに近い言葉を言ってしまった気がする。
いや、でもさ、これも仕方ないと思うんだ。
だって、こんな状況になって尚、跳ね返せるだけの一手が思い付かないし。苦しそうな表情はしているけど余裕そうに見せている老父が本当に分からないんだ。……もしかして、本当は無いとかだって……いや、その考えは絶対にするべきでは無い。
「まぁ、見ていてください。直に———」
「なぜだ!? なぜ、幹部でありながら! たかだか公爵家のバカ息子すら殺せない!」
今、老父は何て言ったんだ。
クッソ、肝心なところがトーマスのせいで聞き取れなかった。……いや、まさか、トーマスが老父の言う隠し球だって言うのか。それこそ、考えられるわけが無い話なんだけど……。
「……コイツに頼るなんて本当に追い詰められているんだな」
「はっはっは、追い詰められているのは事実ですよ。ですが、一つだけ勘違いをされておられる。いいですか、一番の隠し球は」
老父が笑みを浮かべて小さく息を吐く。
少しだけ悲しそうな顔をしたのは見間違えではないのだろうか。……まさか、いや、ここに来て酷い嫌な予感がしてしまった。
「人の本性ですよ」
「嘘だッ! 死ぬのか私は! そんな事許せるわけが無いッ!」
頭を抑えて苦しんでいる……のか。
何か、ものすごく嫌な予感がする。もっと言えばエルが表情を強ばらせている当たり本当に危険な状況なんじゃないか。さっさと首を落としてしまうか、エルにトーマスを止めてもらうか……いや、そのどちらも却下だ。
「おい!」
「嫌だ! 嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!」
「マズイ! 捕らえろ!
トーマスは重要な証人だからな。
捕らえられるのに越したことはない。……でも、闇が全て弾かれた。包み込むのも無理だ。近付いた瞬間に掻き消されてしまう。エルが距離を詰めないのもそれが理由か。
徐々に姿が変容していく。目からドロドロとした液体が漏れ始め、トーマスを包み込んでいき……そして黒い一つの球体が作られた。
ピシリ、ピシリと小さく音が鳴る。
徐々に球ヒビが入っていき……そして割れた。元のトーマスとは比べられない程の形容し難い何か。黒い細長い胴体に空中に浮かぶ白い手足、そして人形のような白い顔だけがある。……一言で表すとすれば人間とは違う化け物だ。
「はっ! 逃がすか!」
「申し訳ありませんが捕まるわけにはいきませんので」
いつの間にか、老父が闇から逃れていた。
まだ抜け出してすぐだったから対処はできるだろうが……間違いなくトーマスを相手にしながら老父を捕まえる事はできない。ましてや、トーマスの持つ力は普通とは思えないから……。
「エル、暗殺者を逃がすなッ!」
「シオン様は」
「俺はトーマスを殺すッ! ここまで来てしまった以上は、捕まえるなんて甘い事を言っていられないからなッ!」
アイツは既に化け物と化した。
その化け物を止められるのは同様に化け物を内に秘めた俺だけだろう。あんな化け物を相手にさせるのは酷だからね。それに……最悪な状況に陥った時に俺を止めてくれる人が必要だからさ。
「転送。さぁ、逃げますよ」
「助かった……けど、逃げられるの……?」
「可能性は低いですが標的を相手にするよりは可能性が高いはずです」
老父が子供を手元に転移させて逃げようとする。だけど、それをエルが許す訳が無い。エルなら大丈夫だ。今の俺とは比べ物にならない程の強さを持っているからね。だから、安心してトーマスに集中できる。
「
「シオン様のために許す訳にはいきません」
「ならば……本気で向かうまで」
老父達とエルが戦い始めた。
それなら俺は……トーマスを殺すだけだ。老父達を相手にする時とは違う、倒すではなく殺すための戦い方。
「トーマス、アンジェリカに対する暴挙の罪を清算してもらおうか」
「グルゥ……グラァァァァァッ!」
闇へかける魔力を高めて剣を振るった。
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