51話

 ふむ、確かに前よりも速いな。

 だけど、どこまで行っても見切れていたのなら何も問題は無い。ましてや、剣の技術も荒削りでしかないからな。エルと打ち合った身からして大した驚異は感じない。


「変わらないな」

「人はそう簡単に変われない。短い期間で変化していく貴方が異常なだけ」

「否定はしないよ」


 子供の剣を左に流してから空いた左手で首元に手をかける。だが、飛んできたナイフのせいで咄嗟に手を引っ込めて下がった。もしも、首元を掴んでいた場合、左手が少しの間、使えなくなっていただろう。


 ただ、闇の影響でダメージがあったかは分からない。割と安全策で戦っているからな……とはいえ、前回と同じように子供をさっさと潰して老父と対面するってわけにはいかなさそうだ。子供に集中したとしても老父の援護で思うように動けなくなってしまう。


 まぁ、それは剣だけで戦っていた場合に限るけどね。今の俺には黒魔法がある。ましてや、この空間は速度を重視する二人には辛いだろ。この場所は飛び交って強襲するには狭過ぎる。


「次はこちらから行くぞ」

「なっ……!」


 子供の方へ特攻すると同時に老父との間に黒魔法の壁を作り上げた。これで近付かなければ老父も援護をできないはずだ。ましてや、近付いたところで簡単に壊せはしない。


 触れればダメージを受けるし、壊そうにも時間がかかってしまう。その間に子供を落として老父に集中させてしまえば問題は無い。


「くっ!」

「全てを受け切れているのはさすがだと思うが時間稼ぎは効かないぞ」

「……分かっている!」


 黒魔法の影響で刃が触れ合う度に子供の得物が刃こぼれしていく。その速度もかなりのものだから後数回の打ち合いで壊し切れそうだ。


 冷や汗をかいているあたり早い段階で気が付いてはいたのか。それでも打ち合いに持ち込ませてしまっているところからして……剣技では俺の方が上のようだ。まぁ、剣以外では負け越しの可能性もあるし、老父との連携込みでの強さの可能性だってあるからね。


 油断はせずに戦ってはいるが……本当に何もしないままで終わるのだろうか。もしかして、もう手は尽きてしまったとかなのかな。いや、だとしたら、もっと焦った顔をしているはずだ。


 なぜだか……すごく嫌な予感がする。

 だったら、その手を出させる方法を取ればいい。少なくとも今のうちは老父からの介入はされないはずだ。相手の手の内を明かさせるのなら今、動くしかない。


「……試させてもらうよ」

「何を……!?」


 なに、影で自分の分身を作り出しただけだ。

 別に俺と比べたら大した力も無い分身だからな。子供なら簡単に倒し切ってしまうだろう。だけど、それなりに強い分身が十、二十といたらどうだ。ましてや、黒魔法で作り出した分身という事もあって剣で斬れば刃が壊れる。


 さぁ、どうする? 何もしないはできないぞ。

 俺の予感が外れている……なんて悲しい結果にはしないでおくれよ。こう見えても二人にはそれなりに好感を持っているんだ。せめて、俺の期待に応えるだけの力は見せて欲しい。


「なるほど……僕の力が見たいんだ……」

「ああ、俺は強い人が大好きだからな」

「そう……なら……応えてあげる」


 一瞬だけ……子供が無邪気な笑みを浮かべた。

 まるで先程までの子供の姿とは別人のように、フッと小さな笑みを漏らして……そして姿を消す。いや、消すと言うべきではないか。気配を消したかと思うと複数の気配を出した……簡単に言えば子供と同じ見た目の存在が四人に増えたと言った方が正しいかな。


分身ペルソナ

「……?」

「それが僕のスキル」


 ペルソナ……となると、ただの分身とは少しだけ違うのか。ペルソナという言葉の意味が日本にいた時と同じなら恐らく全て子供であって、子供では無い。表に出ていない別人格……という線も有り得るか。


 分身で分身を殺して……俺のもとへ向かってきている。圧倒的な倒され方をしている点からして分身の強さは本人と変わりなさそうだ。いや、分身を出してからの方が本体を含めて強くなったか。


 油断は……もとからしていないが緊張感はより強めないとな。俺の分身を簡単に殺し切れるだけの強さを持っているんだ。一対多数となると不利なのは間違いなく俺の方。


「千切桜」

「ッツ!」

「悪いけど手を抜いてやるつもりは無い」


 見てくれだけは先程と大して変わりないが込めた魔力量は桁違いだ。子供だってトーマスの私兵のような雑魚では無い。雑魚では無いからこそ、俺が千切桜を展開させた瞬間に分身と共に距離を取ったんだ。


 分身体への命令等はなく……ともなると、やはり全員が本体で繋がっていると考えるべきか。一人でも殺すと子供は死ぬ可能性すらある……それなら少しばかり面倒ではあるかな。まぁ、大きな問題にはなりやしないけど。


 一気に距離を詰めて剣を振るう。

 さすがに見え見えの一撃は躱されてしまうか。軽く睨みを効かせて懐に入り込んだ。その間に魔力を強めて首元めがけて闇で作り出した手を放つ。……ただこの選択は悪手も悪手だったな。簡単に体を捻って躱されてしまったし、何より……。


「僕は……負けない!」


 カウンターで綺麗に首元を狙ってきた。

 だけど、その刃では俺の黒魔法は突き破れない。弱いとは言わないが火力が少しばかり足りないな。他の分身体を使って無理に通そうとするか、いや、それができないのは相手の方がよく分かっているはずだ。


「俺が何も考えずに突っ込むわけが無いだろ」

「……本当に化け物」

「褒め言葉ありがとう」


 地面に這わせた黒魔法で子供の足を固定させた。分身三体を含めてって事もあって消費した魔力もかなりのものだったが、それだけの事をした甲斐は間違いなくあっただろう。


 俺が手を伸ばせば届く位置……それでも尚、焦りを見せないあたりプロか、はたまた……。


「詰みだな。これ以上の抵抗はやめてくれよ」

「冗談……本当の戦いはここから……!」


 小さく笑みを零したかと思うと子供の横から新しい分身が現れた。それも思いっ切り壁に向かって走っているあたり……これが本当の戦いに行くための一手なのだろう。


 分身と自身の位置でも入れ替えられるのか、だとしたら……壁に突撃する意図も分かる。このまま老父と合流して二対一ともなれば戦況も変わりかねないし……逃がすわけにはいかないか。


「あの子を捕まえろ」


 体に纏った闇の一部を子供の向かった先へと伸ばす。捕まえられるかは微妙なところだけど、みすみす逃がすよりは間違いなく良い手のはずだ。


 本体も分身も捕まえていて、尚且つ新しく現れた分身すらも捕まえる。その後に黒魔法の力で魔力でも吸い取れば無力化できるからな。


「……よかった」

「何を……」


 あ……そういう事か……!

 クッソ、ここまでしてようやく気が付いた。最初から敵は俺と一対一で戦う気なんて無かったんだ。こうやって分身を飛ばしたのだって子供、いや、暗殺者二人からしたら何とかしたい事を解決するため……だとしたら———


「……はぁ、いっぱい食わされたかぁ」

「ええ、ここまでしなければ貴方を欺けないと思いましたので」


 闇の壁が一気に切り刻まれる。

 それと同時に老父がひょっこりと姿を現した。先程とは全くの風景となっており、暗殺者達の背後にあったはずの壁は既に無くなっている。恐らくは子供との戦闘中に壁を切り刻んでいたのだろう。


 恐らく二人の狙いは時間稼ぎ、それも二分かそこらの本当に短い時間だ。壁を消して逃げる道を作り出すのには大した時間はかからないはずだからな。となると、老父が手間取ったのは俺の作り出した壁をどうにかするのに時間がかかったのだろう。老父の得物が黒光りしているから、そこ関連での準備に時間がかかったのかな。


 うーん、考えれば分かる話ではあったが……だからといって、同じ状態になれば間違いなく同じ手を選んでいた自信がある。だってさ、片方を倒せれば有利なのは間違いない。じゃあ、戦う相手を老父に選ぶか……それはそれで時間がかかるのが目に見えている。


 最善とは言えないかもしれないけど良い手を選んで乗り越えられたんだ。素直に老父の起点の良さを褒めよう。ましてや、まだ子供の方は俺の手中にいる。


「ちょうど良かった。次は貴方だ」

「はは、その程度であれば幾らでもどうにかできますよ。分かっていて口にしていますよね」

「……だろうな」


 捕らえていたはずの分身の気配が消えた。

 いや、違うな。分身だけならまだ良かったかもしれない。一緒に本体も消えてしまったのだから溜め息を吐く事しか出来そうにないな。……その気配が老父の後ろにあるんだ。溜め息で済んでいる俺を褒めて欲しいくらいだよ。


転送テレポート。これが本来の私の力です」

「なるほど、攻めにも守りにも使える良いスキルだな。頭の良い貴方にはピッタリのスキルだ」

「はっはっは……やはり、貴方は他とは違いますね。普通の人は攻めにも守りにも一手だけ足りない、爪の甘いスキルと呼ぶのですよ」


 それは老父以外が使ったらの話だ。

 とはいえ、そこまで褒めるような言葉を伝えるつもりは無いが。……談笑をしているけど老父は間違いなく俺の首を狙ってきた敵だ。やすやすと隙を見せて命を奪われる訳にはいかない。


「振り出しに戻ったか。それも最悪な方向で」

「うん、言ったでしょ……本当の戦いはここからだって」

「確かに、命がかかっている場面では雑多な戦い方はしないはずだもんな」

「……あの時は甘く見ていたから。もう貴方を弱いとは思わない」


 だからこそ、ハードルが二つくらい上がってしまったわけだけど。あの時のように打ち合いを続ければ終わる戦いでは決して無い。……いいね、それでこそ、挑発してまで表に出させたんだ。


「第二ラウンドだ。もっと楽しもうぜ」

「……ええ、ここからが本番です」


 老父はフッと小さく笑みを浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る