50話

 明らかに今の一撃で全員に動揺が走った。

 特にトーマスの私兵達は俺がここまで戦えると想定していなかったのだろう。すぐ傍にいるというのに攻撃の手も出せずに睨みつけていた。だが、睨むだけで俺が脅えるわけもない。


「頭が高いぞ」

「ひっ……!」


 ソイツの両足に傷を付けて跪かせた。

 出血量も酷いというのに俺に怯えるばかりで逃げの一手も選べないようだ。……こんな奴らに元の俺が殺されたかと思うと本当に胸糞が悪い。アレだけのニヤケ顔も俺の強さを理解したらコレか。


 まだトールを相手にした方がマシだった。

 アイツはアイツで自分の目的のためなら如何なる手段も厭わない屑ではあったが、少なくとも生きるための気概というものはあったぞ。目の前のコイツらみたいに何も考えずに戦っていたわけじゃない。


「安心しろよ。全員、殺してあげるからさ」


 手を血で染めて欲しくはない。

 そんな願いがエルにあるのは分かっている。それでも闇ギルドを潰した時点で俺はもう戻れないところまで来ているんだ。きっと今からする事はエルが望むものでは無いのだろう。


 だけど———




「黒魔法」


 殺す覚悟も無い奴が大切な人を守れるわけが無いだろ。武器も持たずに両手を上げて降伏したとして被害を受けない確証なんて無いんだ。それなら相手の攻撃に対抗できるだけの力が必要になってくる。


 襲われて初めて思い知るとはね。

 分かっていたはずなのに……心の底から理解していなかったんだ。その点だけで言えばトールやトーマスには感謝しておくよ。……いや、俺が転生できるようにしてくれた事にも感謝しなければいけないから二つかな。


「……はぁはぁ、やっぱり、完全には扱えそうにないか」


 黒魔法で作り出した闇を体全体に纏わせたが……これ以上は確実に精神が持っていかれる。今でスキルレベル二ぐらいの力だけど吐き気や頭痛が酷いからな。それでも見合うだけの全能感だってある。


 気分の悪さを誤魔化すために闇から四本の尾を作り出して一気に出入口へと突き出した。ガスッと大きな鈍い音が響き、その後に生暖かい感触が伝わってくる。どうやら闇にも感触というものがあるみたいだ。それからして生暖かいものは突き殺した私兵達の血か。


 はぁ……すごく気分が悪いな。

 この血の感触が心地よく感じてしまっている自分がいる。徐々に人としての自分を捨てている気がして嫌だな。……きっと覚悟を持つって事は人としての自分を殺していく事なんだろう。


「あは……」


 もっと楽になりたい。

 目の前の人を全て殺して楽になりたい。乾いていく。心が、体が……何もかもが干からびて空っぽになっている。いや、ずっと前から空っぽだったのかもしれない。


 俺の心の闇が、消し去りたかった過去が黒魔法によって表面化されただけなのかもな。だったら、わざわざ快楽に抗う理由なんてあるのだろうか。本当の俺を受け入れてやる方が正しいのではないだろうか。


「シオン様」

「あ……?」











「信じています」


 綺麗な笑顔、ずっと見ていた顔だ。

 転生してから色々な事をして……もちろん、間違った事だって多くしている。だけど、それらをやり切れたのは間違いなくエルがいたからだ。膝枕をしながら見せてくれた笑顔が、何を言っても笑って、時には叱ってくれたエルがいたから……もしも、この快楽に身を任せてしまったらどうなるんだろう。


 あの笑顔を壊してしまう可能性があるのか。


 なぁ、闇に身を任せた快楽の先に何がある。

 誰よりも強い力を手に入れられたから何になるって言うんだ。……そんなものよりもエルと一緒にいられる時間の方が大切だろ。何で力を使うのか……目的を見誤ってはいけない。


 エルに殺されるのは悪くないけどさ。

 それはエルとの毎日を楽しんだ後だ。折角、一緒になれたのにすぐにバイバイは嫌だからね。いっぱい楽しい思い出を作って……それは殺されかけたアンジェリカに対しても同じだ。


 伝えるんだろ、愛しているって。

 なら、まだ堕ちる訳にはいかないだろ……!


「黒魔法・千切桜チギリザクラ


 小さな闇の束、数える事も難しいほどの小さな闇を一気に敵へと飛ばした。恐らくトール相手になら大して効きもしない技だろうけど、相手はそこまで強くは無いからね。やるのなら一発の重い一撃よりも広範囲攻撃の方が確実に良い。


 そして、その考えは正しかった。

 中に入っていた私兵達は闇に切り刻まれて命を散らし、中に入ろうとする兵士達も足を踏み入れた瞬間に首が飛んでいく。……大した魔力も消費していないのにこれだけの事ができているんだ。どれだけ黒魔法というものがイカれているのかよく分かる。


「どうする。雑魚共は全員、殺したぞ」

「……クソッ! 本当に使えない奴らばかりめッ!」

「類は友を呼ぶ。お前が使えない存在だから似たヤツらしか来なかったんだろ」


 もしかしたら有能な存在は首を飛ばされていたのかもな。無能な人間ほど有能な人間に劣等感を抱き排除したがる。それに有能な人間がトーマスを見て批判しないとは思えない。自分と考えが合わないとなると……まぁ、言わずもがなか。


「……白百合騎士団しか見ていなかったから分からなかったが他の騎士団の強さはこの程度か。その程度で俺の首元に刃を近付ける事が出来ると思っているのか」

「ふざけるなよッ! 私の騎士達がそこまで弱いわけがないだろッ!」

「……全滅していなければ少しは同意できたんだけどな」


 生憎と千切桜から抜け出た人間はいない。

 多くが壁の外で待機していて……馬鹿な奴らは無理やりにでも入ってこようとする。勝手に数を減らしてくれて俺としては嬉しい限りだな。


 ただ、もう少し利口になれよとは思う。

 いや……これは最後の手段だったのかもしれないな。もしくは逃がさない事ばかりが先立って逃げる手段を考えていなかったか。どちらにせよ、放っておく理由もないが。


「さっさと来いよ。お前達ならこの程度の魔法、傷すら負わないだろ」

「な、何を……」

「それとも俺の期待通りの力は無かったか。だとしたら、タカが知れているな」


 挑発に次ぐ挑発、分かっている安いって。

 でも、俺の予想通りなら何も言わずに姿を現すはずだ。ピンを指したおかげでいる事が分かる存在が部屋の中に出てくる……と、やっぱり、千切桜が消し去られたか。


「随分と言って下さりますな」

「一瞬で切り刻むとは恐れ入ったよ」

「……分かっていて口にしたのでしょう。それならばしっかりと応えるまで」


 老父……いや、暗殺者というべきか。

 あの時に現れた二人が中に入ってきた。挑発されて笑顔を浮かべている当たり俺と会えて嬉しいのかもしれないな。……もしくはトールの事件も老父の掌の上で起こされたものかもしれないが。


「な、なぜ出てきた!」

「あの方に対して嘘偽りは効きませぬよ。あの方は私達がいる事を理解した上でカマをかけてきました故」

「何を言って……」


 本当に俺への期待感がすごいな。

 とはいえ、普通は気配を消しているのに近くにいるのが分かっている時点でおかしいか。そこら辺を含めて最初の段階で見切っていたとか……ゼロと言えないのが怖いな。


「分からないのであれば黙って頂いても宜しいでしょうか。私は貴方の期待に応えるために出てきたわけではありませぬ。あの方と対話するべく出てきた迄です」

「な……貴様ッ! それが雇い主に向かって吐く言葉だというのかッ!」

「ええ、私達にも雇い主を選ぶ権利がございますから。それとも今すぐに首を落とされたいのですか」


 一瞬、その間にトーマスの首元に刃が当てられ、一粒の血が流れた。明確に刃を交わした時とは比べものにならないほどの速度だ。あの時の戦闘も手を抜いていたのかもしれないな。


 ただ……今はそれすらも見切れている。


「どうする。俺は二対一でも構わないが」

「御冗談を……今の私達では貴方様には勝てませぬよ。それだけの威圧感を放ちながら何と恐ろしい事を口にされるのでしょうか」

「ふむ、ならば、なぜ姿を現した」


 そこまで言うのなら逃げればいいはずだ。

 俺の挑発に乗ったか、いや、そこまで愚かなら俺との対話なんて最初の段階で望みはしない。だったら、もっと俺でも納得できるような理由があるはずだろう。本当に話をするため……それなら命の危険もあるからなぁ。


 そんな思考に耽ける俺を嘲笑うかのように老父はフッと笑みを浮かべた。そして刃を俺の方に向けて口角をより釣り上げる。


「逃げられないのならば抗うまででしょう。存在がバレていながら逃げたところで背中を刺されるのが目に見えております」

「……それが暗殺者としての覚悟か」

「ええ、倒すためではなく逃げるための戦い方というのをお見せしましょう」


 なるほど、それなら納得出来る。

 老父も子供も戦闘準備を整えているみたいだし対応してあげるか。あの時とは違う本気の老父、もしかしたら子供もそうなのかもな。その二人と戦えるのだから楽しまないと。


「エル、トーマスを監視していてくれ」

「シオン様は……いえ、聞かなくとも、ですね」

「ああ……」


 ダイヤモンドの剣を構えて付与をかける。

 かける魔法はもちろん、黒魔法。不思議と今は苦痛を少しも感じない。それよりも胸の高鳴りが酷いから気にしていられないのかもしれないな。快楽に身を任せていたら味わえなかった感覚だ。


「来いよ、お前達には聞きたい事があるからな」

「そう簡単に捕らえられるとは思わないでいただきたい」

「次は……負けないッ!」


 その声と共に子供が突撃を開始した。

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