58話
「話……ですか……」
「ああ、話せる内容だけでいいから聞きたくてね。それこそ、俺からすれば知らない事ばかりだからな。例えば……名前とか」
うん? 名前と言ったらビクついたな。
なんだ……二人には聞いてはいけない内容だったのか。もしくは名前というものが無いからというのもありそうだけど……ただ聞かれて嬉しい話では無いのは確かだよね。
「済まない、聞いてはいけない内容だったか」
「い、いえ……ギルドに属するという事は過去を捨てる事と同義ですから。それで名前を聞かれても個人を識別する番号しか伝えられないために、返答に困ってしまっただけです」
「名前は……贅沢品だから……」
あー……うん、聞くべきでは無かったな。
二人とも違う立場だとはいえ、等しく名前というのは与えられていなかったらしい。……かと言って、識別番号とか与えたくないからなぁ。まぁ、新しい名前を与えてあげるのがベストか。
とはいえ……過去を捨てる、ね。
エルやリリーについても知っていたし、トーマスの変異に対しても理解があった。そういうところからして何かありそうではあるな。……気になりはするが聞いては忠誠心が下がるのなら話してくれるまで待つのが良いか。どちらにせよ……。
「番号だと間違いかねないからな。従者としての新しい名前を付けておこう。それと仕事用の名前も付けないとな」
「そんな! 恐れ多いですよ!」
「僕は……欲しい」
「うんうん、これも従者となった褒美みたいなものだからな。良い名前を付けられる確証は無いがあまり気負わずに名前を付けられてくれ」
別に名前の一つや二つ大した事じゃない。
それにライトノベルとかなら名前を付けてあげるとか普通だったからな。異世界なら同じように名前くらい幾らでも付けてあげよう。……とはいえ、二つも名前を付けないといけないから少しばかり骨を折りそうだけど。
名前を付ける……やはり、暗部の人間になってもらうつもりだから影という言葉は欠かせないな。それに二人とも影と付いていれば親近感が湧きやすいだろうし、家族とかの言い訳だって作りやすいだろうからね。
二人とも長い白髪が特徴的だから……いや、髪を切る時間も取れないほどに忙しかったのかもしれない。そこを踏まえると見た目で名前を決めるのは微妙だね。
うーん……老父の方は信用したから仲間にしたって意味で影信とか良いかもしれない。カゲノブにしてもいいけど……異世界らしくエイシンの方が良いかな。名前がエイシンでコードネームがカゲノブとか。
いやいやいや、それだと異世界人にはモロバレしちゃうから駄目だな。それこそ、アルファとかの方が良いんじゃないかな。ファースト、セカンドとかよりは厨二っぽくて好きだし。
それなら子供の方は可愛らしく影丸とかで良いかな。自分が大好きだった森蘭丸から取って影丸。立場からして男の子か、女の子か分からないところも似ているからね。そしてコードネームがベータ。
うーん、我ながら良い名付だと思うよ。
「貴方は
「エイシン……アルファでございますか。有難いとは思いますが……間違えないか心配ですね」
「ジジイは変わらずジジイだよ」
「これ、折角、名前を頂いたのだ。私の事はエイシン爺と呼びなさい」
心配と言った割にはノリノリじゃないか。
最初こそ、あまり仲良くなさそうに見えたが普通に仲間としての意識はあるんだろうな。トーマスとの戦いの前だって二人なりの連携だってできていたわけだし。軽口も一つの仲良しの秘訣ってところかな。
「おし、他に話せる事はあるかな? 何でもいいぞ。好きな異性の特徴とか、後は給料が出たらこれをしたいとか」
おっと、すごく驚かれてしまった。
なんだ……まさか、こういうのは鉄板ネタでは無かったと言うのか。日本だったら初任給が出たら何をしたいとかを入ってきた人に聞くのが普通だと思っていたんだけど……まぁ、正社員で働いた事が無いから聞かれた事は無いんだけどね。
「……ギルドに関しては聞かれないのですね」
「ギルド……ああ、暗殺者ギルドの事かな。まぁ、聞きたい事は多くあるよ。トーマスの件だってギルドが絡んでいるんだろうなって思っているしさ。俺を暗殺したのだって影信は何か情報を持っていると思っているし」
少なくとも影信が関わっているのは間違いないと思っている。影丸も関わってはいそうだけど、そこまで頭が回るとは思えないんだよなぁ。なんだろう、馬鹿という意味ではなくて言われた事をこなす子供って感じがするからさ。
「でも、二人が話したくないなら聞かない。ぶっちゃけ、二人から信用してもらう事と興味を天秤にかけたら前者が勝つし。それに暗殺者が襲ってこようと影信と影丸が何とかしてくれるだろうからね」
「何と……本当に不思議な方ですね」
「うーん、それは否定しないな。まぁ、俺以外の貴族と話す時は話せる事は話した方がいいと思うよ。話したくない事を聞かれたら主が話さなくとも良いと言っていたと伝えればいいだけだし」
結論、俺はあまり興味が無いんだと思う。
仮に恐怖の権化へと姿を変えさせる何かがあるとして、じゃあ、それを知ってどうしたいかと聞かれたら別にどうしたいともならない。強いて言うのならトーマスと同じ人は作りたくないかな程度だし。
「なぜに……そこまで私達の肩を持つと言うのですか。私自身の事とはいえ、さすがに懐が深過ぎると思うのですが」
「だって、そんなのを知らなくとも幸せに生きていけるでしょ。話したくないじゃなくて話せない事だったら二人が不幸になってしまう。俺は自分と相手の両方が幸せになる選択を選びたいからね」
もちろん、敵対するとなれば話は別だ。
その時には……どうにか折衷案を導くための努力はするけど優しくはできないだろうな。そもそもの話、二人を生かす判断をしたのは影信が俺を助けるために動いてくれた事が原因だしね。トールのようなやり方をされていたら確実に痛め付けて生きている事を後悔させている。
「という事で、話せる事が無いなら今日はお開きにしよう。トーマスの件が片付いたら屋敷に戻らないといけないからね。二人が従者になったからには働いてもらうぞ」
「あ……ええ、我が身を持って忠誠の限りを尽くさせて頂きます!」
「カゲマルも頑張るよ!」
「ああ、こき使ってやるから覚悟しておけよ。だから、今のうちに休めるだけ休んでおけ。俺達との戦いの傷だって癒えていないだろうからな」
まぁ、そう時間を取ってあげられないのも事実だからな。これは先行投資って事で一つ……。
「回復ポーションですか……これだけの品ならば良い値段だと思うのですが……」
「長時間の休みは与えられないからな。明日には情報操作のために動いてもらうつもりでいる。トーマスが魔族と手を組んでいたためシン直属の配下によって処刑された、と」
「……確かにそれは骨が折れそうですね。これだけの品を頂けるのも納得できます」
半ば諦めたか……俺としては有難い。
ま、情報操作なら暗殺者である二人にはお手の物だろ。そういうのはエルも含めて手馴れている人に任せた方がいい。……そこら辺で簡単に引き受けてくれる人がいるだけで楽出来ていいな。仲間にしてすぐに良い事が起きたよ。
「それじゃあ、二人の部屋を取りに行こうか。ここで出る食事も美味しいからなぁ。きっと楽しんで貰えるよ」
「美味しいご飯!」
「ああ、俺でも唸る逸品だ。楽しみにしろよ」
やはり、子供の笑顔は癒されるな。
アンナの笑顔でも癒されるけど、影丸も組み合わされば負け無しだ。ってか、戦う時の狂気的な笑顔より可愛いからずっとこのままでいて欲しい。……俺が教えたら従ってくれるのかなぁ。
まぁ、駄目ならそれでいいさ。
きっと、これからも楽しくなるぞ。だからこそ、俺は気を付けなければいけない。後悔しないような正しい選択を取る事を、仲間を守るために必要な事を……しっかり考えて生きていくんだ。
それが俺の求める幸せに繋がると信じて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます