48話

「浮かない顔をしておられますね」

「当たり前だろ……こう見えて小心者でな」

「到底、単身で闇ギルドへ向かった方の発言とは思えません」


 エルなりの軽口のつもりなんだろう。

 はぁ……確かに闇ギルドに向かった時に比べれば幾分も気持ちは楽ではある。あの時はアンジェリカを助けたいって気持ちが先行していたからな。それに比べれば楽ではあるんだけど……不安は未だに強い。


 なにせ、昨日の今日だからね。

 こうやって馬車で移動をするのがデジャヴに感じれるくらいには休めていない。……こうでもしないとトーマスに逃げられる可能性が高いから仕方ないんだけどさ。アンジェリカとアンナが死ぬ恐れが無い今こそ、さっさと敵は消した方がいい。


「本当に……大丈夫なのですか」

「証拠の事かい。それなら幾らでもあるさ。例えトーマスであっても言い逃れができない程の証拠がある。だから、何も問題は」

「違います。シオン様の事です」


 背中を嫌な汗が流れた。

 さすがは……エルだね。こういう時に鋭い事を言ってくる。俺の不安の大半もそこだから……分かっていて聞いているんだろうなぁ。約束した内容も内容だし当然ではあるか。


 ああ、そうだよ。俺は未だに恐れているんだ。あの時に手に入れた力を使いこなせるのか、そこだけが本当に怖い。追い詰められるだけの証拠は倉庫の中にあったからね。問題はトーマスとの戦闘があった時に俺が対処できるか。


「……大丈夫だよ。あの時のように体まで奪われる気はサラサラ無い」

「黒魔法の力がどれだけ強力で、それでいて自身にも影響を及ぼす諸刃の剣かを理解していないとは思いません。シオン様は賢明ですから」

「賢明では無いが……エルが助けてくれると分かっているからさ。そこまで心配はしていない」


 賢明……だったら、良い手を思い付いていた。

 あの時に突撃するしか考えられなかったのは怠惰に甘えて何もしてこなかった俺のせいだ。ピンチの時ほど自分が持っている手札の数が重要になってくる。そういう事を賢明な人なら事前に理解した上で動くはずだからな。


 今回の件で嫌なほど思い知らされた。

 力の無い奴は全てを奪われ壊されていく。手札を増やす必要がある。二度と大切な人に死ぬ選択を取らせてはいけないんだ。だから、俺はもう手札を減らす気は無いし、切り方を間違えるつもりもない。


「はぁ、着いたみたいだ」

「ええ、意外と早かったですね」

「よく言うよ、急がせていたのはエルだろ」


 馬車を急がせながら会話を続ける。

 普通の人とは思えないレベルだよ。リリーもそうだったけど騎士上がりの人はそれだけの芸当をこなせる必要であるのか。まぁ、白百合騎士団は他の騎士団と比べても別格と言われるほどの存在らしいし、あってもおかしくない話だけど。


 人外連中のトップであるリリーと、そのリリーを凌ぐだけの力を持つエル……これだけ聞けば本当にエルから指南を受けて正解だったな。あの時にエルに頼んでいなかったら今の関係は築けていなかっただろうし。


「さて、行こうか」

「はい、油断はしませぬように」

「大丈夫、もう二度と負けないよ」


 エルに笑顔を見せて馬車から降りる。

 丁度、トーマスの兵士達が中から出てきたみたいだ。とはいえ、何度も俺の顔を見ていたからか、襲ってくるような輩は一人としていない。敵対視する人は多いみたいだけど。


「な、何用でしょうか!」

「私の名前はシオン・ルール。この街の領主であるトーマス殿と話がしたく来た次第です」


 幾人から殺気が出始めたな。

 でも、こちらから手を出すのは愚策だ。俺からは何もする気は無い。……分かっていたことだろ。最初から戦闘は避けられなかったって。それが明確になっただけの事だ。何も問題は無い。


 アンジェリカ達にはリリーがいる。

 仮に襲われたとしても一つの部屋に守るべき者が固まっているのなら、幾らでも対処ができるはずだ。あの時のように離れて単独行動をしているわけではない。今回に関しては約束までしたからリリーだって下手な事はしないだろう。


 だから、俺は俺のすべき事をするだけ。


「この場を通していただけるでしょうか。それとも公爵家の子息を突き返して相応の罰を受けるのでしょうか。選ぶのは貴方達ですよ」

「くっ……と、通せ!」


 ああ、それでいいんだ。

 こういう時に利用出来るものは利用する。……ただ利用するからにはそれ相応の覚悟も必要になってくるわけだけど。今の俺にそんな覚悟なんてあるのか……って、聞かれたら「そうだ」なんて即答できないだろうな。


 何せ俺は一度、ルール家を売った人間だ。

 仮に誰にもその言葉を聞かれていなかったとしても、誰も知らない事実だったとしても……その罪を俺は消し去る事なんて出来やしない。体裁だけを取り繕ったとしても過去に起こした事実はどうする事も出来やしないからな。


 それに対して未来は変えられるなんて甘えた事を続けるつもりも無い。死ぬまで罪を背負って生き続けるしかないんだ。俺を迎え入れてくれたシンや愛してくれているマリア、そしてルフレやリールに対して何かしらの恩返しをする。


 はぁ、だとしたら、トーマスと敵対するのは恩を仇で返す行為なのかもね。ルール家に敵意を持ち始めているとはいえ、トーマスはルール家の陣営にいて多くの税を納めていた存在だ。ソイツを叩き潰す行為というのは好ましくない可能性だってある。


 じゃあ、野放しにしておくべきか。

 そんなの……するわけが無いだろ。これは重い罪を背負った男を裁く行為じゃない。俺が受けた仕打ちを叩き付け返すだけの怨みから来る行動だ。そこに正義を掲げるつもりなんて無いな。俺は悪寄りの人間で邪魔な石が目の前にあったから消し去ろうとしているだけの屑でしかない。


 そう考えると……随分と気が楽になった。だって、そうだろ。他人を貶して蹴落とすのは日本で生きていた時によくやっていた事だ。そこに持ち込めるだけでも随分と楽になる。別に傲慢に生きようというわけではない。ただ俺の生きやすい世界を作り出すための一歩を踏み出すだけだ。


「何用でいらっしゃったのですか」

「いえ、仕事とは別にトーマス殿とお話がしたく来た次第です。ここからは私用での話に過ぎませんので固くならずとも大丈夫ですよ」

「そ、そうでございましたか」


 ふん、どうせ、話は来ているはずだろ。

 そんなに目を泳がせてどうするつもりなんだか。通しはしたものの突き返すわけにもいかないし、逃げるための手段も取れない。もっと言えば戦闘の準備だって整え切れていないだろうし。


「一先ず、話が出来る場所へ通していただけると助かります。何分、事が事ですので多くの人が聞ける場所ではおちおち話もできません」

「そ、そうですね。で、では、こちらに」


 トーマス直々に先導してくれるみたいだ。

 って事で、エルに目配せをしてマップを開く。エルも分かっているからか、ウインクして見せてきたから大丈夫だろ。というか、可愛過ぎて一瞬だけ心臓が止まりかけた。


 あの顔を見続けるためにも頑張らないとな。

 ここから先は貴族であり、一人の兵士でもある存在として対処しなければいけないからさ。少しの油断もできやしない。……まぁ、ここに来るまでにやれるだけの事はやったからね。油断をするつもりも最初から無いけど。


「して……どのような話でしょうか」


 通されたのは屋敷の奥の会議場だった。

 広めではあるといえ、出入口は一箇所しかない。そこも多くの兵士に守らせているとなると戦う準備は万端のようだ。なるほど、確かに恐ろしい盤面ではあるが今回はエルがいる分だけ少しも怖くない。


「はい、実は昨日に闇ギルドのトールと言う者に襲われまして。その点においてトーマス殿の考える闇ギルドの価値について話を聞こうと考え来た次第です」

「な、なんと、そのような事が……」


 あからさまに頬が引くついたな。

 となると、やはりトーマスとトールには関係があったとみていいか。いや、もとより書類にはトーマスのサインがあったし関係があるのは分かっていたけどさ。……それでも、コイツのせいでアンジェリカが殺されかけたと思うとムカついてくる。


「ヒッ……!」

「トールと名乗る者はこのように私の手で処刑しておきました。トーマス殿にも嘘偽りの無い説明をして頂きたいのでね。どうして、このような輩が処罰を受けずに存在していたのかを聞きたい」

「そ、それは……」


 闇ギルドって言うのは許されていないから闇ギルドって呼ばれるんだ。仮に何かしらの正当性があって存在していた場合、それこそ、暗殺ギルドとかって名前が付けられる。老父は闇ギルドの者がと言っていたという事はトール達は国から認可されていないはず。


 だから、生首をテーブルに置いた。

 この程度なら俺一人で対処できるという脅しでもあり、トーマスの思考をより困惑させるための一手でもある。トールが俺に情報を漏らしているかもしれないと考えたら生半可は事は口にできないだろう。


 さて、脳の無い下級貴族はどう返してくるんだろうな。こういう事を経験して欲しくてシンも俺を派遣したのだろう。だったら、俺は俺でやれる事をするだけだ。


 悪いが邪魔な石は排除させてもらうぞ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る