47話

「ッ! ハァハァ……」


 酷い頭痛だ……吐き気すらしてくる。

 ここは……ああ、宿の中か。さすがに知らない天井というわけにはいかないらしい。今更だけどビショビショだな。適当な服を取り出して着替えておくか。


 それにしても……酷い夢だったな。

 黒いよく分からない門の前に立たされて……その門を閉ざす鎖が壊れていくのを見る夢。八本あったうちの二本が壊れて、そこからは……。


「チッ……本当に胸糞悪い」


 自分の本当の家族が苦しんでいる。

 そんな映像が永遠と続いていたんだ。……と、そんな夢の話はどうでもいい。アンジェリカはどうなったんだ。俺が生きているという事は薄らと覚えている記憶も正しいはず……。


 それならアンジェリカは生きているはずだ。

 とはいえ、エルが来てからの記憶は何も無いけどね。確かシオリに乗せられて運ばれて……はぁ、考えるだけ無駄か。さっさとアンジェリカ達のいる場所に向かおう。


 来てみたはいいが……どうしようか。

 普段通り、おはよう何て声をかけて中に入るか、もしくはグッドモーニング何て言うか……いやいや、後者は少なくとも通じないから無しだね。それにアンジェリカとアンナが動かないあたり寝ているのかもしれない。それなら……。


「えっと、おはようございます」

「シオン……様」

「おっと」


 中に入った瞬間に抱き着かれたんだけど!

 え、俺ってエルに何かしたのか。もしかして寝ている間にエルに心配させるような事をしてしまったとかも有り得る。いやいや……だとしても、この柔らかい感触を味わえるのなら役得だな。


「どうかしたの」

「……いえ、少し思うところがあっただけです」

「そっか」


 俯くエルの頭を撫でて中に入る。

 二人共グッスリ寝ているみたいだ。アンナはヨダレを垂らしているし、アンジェリカはアンナを抱き締めながら寝ている。……ああ、やっぱり、間違っていなかったんだね。


 何とかアンジェリカを助け出せたんだ。

 あの時に使った力は……よく分からないけど少なくとも俺が狙って出したものでは無い事だけは分かっている。もしかしたら、夢の中の門が関係しているとかなのか。


 俺の中に何かが封印されていて、その封印が俺の死によって外れてしまった。八つのうちの二つが外れた事によって力が暴走してしまったとかなら有り得るのか。……現実味は無いけど否定出来る根拠も無いからなぁ。


 それにしても……アンジェリカも俺も傷が一つも無いな。寝ている間で申し訳ないと思ったけどアンジェリカの口を開けて見てみたら、舌も元通りになっていたし。これを俺が回復させたとなったら本当に……。


「はぁ……」

「不安気、な顔をしていますね」

「まぁね……自分でも何をしたのか分からないんだから不安にもなるよ。もしかしたら自分の手でアンジェリカを殺していた可能性すらあったし」


 暴走の時、その刃がアンジェリカに向いていた可能性だってあった。それが運良くトール達に向いたから何も被害は無かったが……いや、暴走と称してはみたが違うのか……?


 よくよく考えてみれば敵を全員、殺しただけならまだ分かる。だけど、俺の倉庫の中に敵の死体だったり、ギルドに残された書類とかだって入っているんだ。それって意識が無いとしないよね。そもそも、無意識にアンジェリカを回復させるのも不思議な話だし。


「エルはさ」

「何でしょうか」

「俺の力が何なのか分かったりする?」


 答えを聞く相手では無いと分かっている。

 だけど、エルなら何か考えがあるかもしれない。そう思えて仕方なかった。思えばエルが俺と一緒にいる理由がよく分からない。元はマリアの近くにいたはずなのに俺の元へ来る理由、それが少しも思い当たらないんだ。


 例えば、俺を自由に扱うため。

 でも、エルは地位に興味を持っていない。仮に地位に固執しているのなら今頃、騎士団長はリリーではなくエルだったはずだ。その点からして金の問題も無いだろうね。


 なら、強くなるためか。

 いや、それも俺の元にいる理由にはならない。悪いけど俺の近くにいても、お守りをさせられるだけで技術の向上には繋がらないだろう。明確に俺の元にいる理由が少しも無いんだ。


 エルが俺に興味を持った理由が男女差別をしなかったとかじゃなくて、もしも最初から俺の力を看破してだったとしたら……幾らか納得出来てしまうんだよな。ただ、ここら辺は全て予測の範囲でしかない。


「人ならざる力、としか言えません」

「それは……そうだろうね」

「ええ、今はまだ力を解放したとしてもマリア様には勝てないでしょう。もちろん、私やリリーにも傷一つ付けられませんが……もしも、その力をシオン様が操れた時には……」


 その時にはその括りに入らない、と。

 確かに……今、ステータスを見たら黒魔法と白魔法を手に入れていた。手に入れていたならまだ良かったかもしれない。それが両方ともレベル十で手に入っているんだ。つまり、封印されていた力がこの二つだったという事。


 全てを解放して扱えるようになったなら。

 その時には暴走せずに戦えるという事だからエルであっても負ける可能性すらある。……いや、そうであったとしても勝てる見込みが見えてこない時点でエルの異常さが分かるけど。


 それに、もう一つ気になる事があった。


「ねぇ、スキルの横に熟練度が見えるようになるのって普通なのかな」

「それは……申し訳ありませんが初めて聞きました」

「だよね、俺も多くの本を読んでいるつもりだけど知らなかった。熟練度が見えるスキルがあるのなら分かるけど俺には無いし……」


 これも何かしらの影響なのか。

 スキル欄に色んなスキルの名前があって、その横にゲージみたいなのがある。見た感じ俺が取得していないスキルも書かれているし、そのゲージが終わりに近いものだってあった。


 持っているスキルにもゲージがあって、逆に黒魔法や白魔法にはそれらが無い。……となると、熟練度くらいしか予想が付かないんだよね。ただ固有スキルの名前も幾つかあってゲージがついているのがよく分からない。特に【気配支配】とかは本来であれば手に入れられないような気がするんだよな。


 このスキルに関しては本を読んだ時にスキルの名前が無かった。それに名前からしてトールとかが使っていそうなスキル名なんだよね。転生者が持っていたスキルだったと仮定したら奪った、もしくは覚えたと考えるべきなのかな。……だとしても、俺の封印に関しては皆目、見当も付かないけど。


「エルってさ」

「何でしょう」

「俺が暴走したとしても止められる?」


 殺すだったら強ければ誰でも出来る。

 そうじゃなくて俺を止めて助ける事ができるのかとなるとエルにも難しいはずだ。それこそ、少しの力の差ではなくて大きな力の差が無ければできない芸当。それがもし、エルにできるのなら頼みたい事があるんだ。


「エル、俺はこの力を使うよ。そのためにはエルがいないと無理だ」


 使ってみて扱えるのならまだ良い。

 だけど、もしも暴走して……その時に他の人達を傷付けない確証なんてどこにも無いんだ。だったら、この力を使わずに生きていくか。それも少し違うよな。


 この力は使い方を間違わなければ最強の矛にも盾にもなる。きっと俺の敵はもっと増えていくだろう。アニメやゲームならトールなんて最初の中ボスのような存在でしかない。より強い敵が現れた時に対処出来るとは思えないし。


 それに……この二つの力が封印の初期段階だとしたら、次の封印が外れた時に暴走で済むかどうかも分からなくなってしまう。この二つよりも弱い力ならまだ良いけどエルがあそこまで言うんだ。恐らく本当に最初の一歩目程度でしかない。


「これからはずっと一緒にいて欲しい。もしも仲間を傷付けそうになったら即座に止めて欲しい。無理だったら殺してくれても構わないよ。エルになら殺されても喜べる自信があるから」


 アンジェリカとかを殺してまで生き残りたいとは思わない。本来なら俺はあの時に死んでいるんだからね。死んでしまったけど転生できた、言わば運が良かっただけでしかない。それなら死んだところで文句は言わないよ。


「それは……告白ですか」

「もとよりエルは嫁に貰うつもりだったから告白と捉えて貰っても構わないよ。ただ、俺はルール家に固執していないから一人のシオンになる可能性だってある。それでも良いのなら来て欲しいかな」


 別に告白のつもりで話をしたわけじゃない。

 だけど、あながち俺からしたら悪くは無い話だからね。今はまだ整っていなかったからエルに話をする気は無かった。それでも転生してから殆どの時間を共にしてきたエルに好意を抱かないわけも無い。


 今のうちに自分のものに出来るのなら……少しだけ邪な思いはあるけど、案外と純粋な気持ちでエルが欲しいんだよね。ほら、アレだよ。一緒にお酒を飲んだら思いの外、好印象だったから押してみようかな、みたいな。


「構いませんよ。むしろ、私はシオン様が欲しいだけですから。貴族の家など堅苦しくて性にあわなかったんです」

「えっと……?」


 なぜか早口になったんだけど。

 あの……エルさん?


「如何にすればシオン様から御寵愛を頂けるか悩んでおりましたが考え過ぎていたようですね。思い返してみれば下着を残した際にもシオン様は何も言わずに自分のものにしていらっしゃいましたし私への好意はそれだけ」

「ストーップ! 何かヤバいことを言っていることに気が付いて!」


 いや、あの下着ってエルの罠だったのかよ。

 てっきりマリアが残していったと思って棚の中にしまっちゃったんだけど。それもマリアの下着棚の中だったから確実に間違って履いているって。エルとマリアが履いた下着とか……それこそ、自分のものに、って、そうじゃない!


「好きだよ。好きだから一緒にいて欲しい。仲間としてじゃなくて旦那としてエルに強くして欲しいんだ。……俺はアンジェリカも嫁に貰う気でいるからさ」

「知っていますよ」

「第一夫人はエル以外にする気は無い。ただ嫁は増えちゃうかな。貴族とか関係なくアンジェリカだったり、もしかしたらマリアとかも貰うかもしれないからさ」


 後はリリーとかも有り得そうだ。

 いや、あの人は俺に対して本気で結婚したいとか思っているのかな。……今度、お酒を飲んだ時にでも詳しく聞いてみるか。どちらにせよ、リリーは強いから手元に置いておきたいし。別に綺麗だからとかではないよ、うん!


「英雄は色を好むものですから」

「それって俺に英雄になれって言いたいの」

「いえ、英雄になれるだけの才がある方を私だけの物にできないというだけです。私も本当は独り占めにしたいですからね。やはり、シオン様には活躍して貰いたくありません」


 やっぱり、エルってヤンデレの素質があるよな。マリアも似た感じがするけど俺、いや、シオンの話になると目の色が変わってしまう。可愛いから良いんだけどさ、エルが強いからこそ、少しだけ恐怖してしまう。


 それにしても英雄……か。

 皆の英雄になる気は無いが悪くはないかもしれない。アンジェリカやアンナのような大切な人の英雄になる。それだったら……本気で頑張れそうな気がするな。そのためにも……まずは一歩目が肝心だ。


「エル」

「はい!」

「俺はトーマスを潰す。だから、手伝ってくれ」

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