43話

 さて……この通路を右に曲がるのは確定だ。

 その後はどうするべきだろうか。通路の先に何人かの気配がする。これらを躱して奥まで向かうのは十中八九、無理だ。そこを踏まえると戦闘を行うのは間違い無いが……無駄に時間はかけられない。


 どこか身を隠す場所はあるか……いや、仮にあったのなら最初にマップで確認した時に分かるはずだ。となると、真っ向から戦わないといけないのか。真正面から戦って時間をかけない方法は何がある。


 ……少し不確定だけどこれしかない。

 元より有用性は見抜いていたのか、ブックマークの中にそれらはあった。だけど……あまり効き目があるようには思えないんだよな。そこを踏まえるとこっちの方がいいかもしれない。


 とりあえず、両方とも購入しておいた。

 この中で今回、使うのは市場にも出回らない程の希少な武器であり、当てれば確実に敵を殺せるものだをもう片方はお守りとして買っておいた。中に入ったら多少の戦闘は必要だろうし、その時にでも使うだろう。


 おし、後は……大広間の前まで行けばいい。

 幸か不幸か、大広間に行くまでに四箇所くらい曲がり角がある。真っ直ぐ進めば小部屋へ続き、曲がれば次の通路に続くって感じか。そして敵は最後の曲がり角の先にいるみたいだ。


 二人……が、大広間の扉の前にいるあたり門番でもしているのだろう。他に気配は感じない。凡そ小部屋の中にいた人も大広間で待機しているんじゃないか。最初から俺が、いや、俺達が来るのを予測した上で待っていた。


 だとしたら、罠だったのかもしれないな。

 だけど……ここで逃げるつもりも無い。二人に関しては何の心配もなく倒せるからな。それに二人の姿をチラッと見たけど侵入者に気が付いている様子は無い。つまり、迅速に動いたおかげで助けられる可能性が高まっているんだ。これを逃せばきっと助け出せるチャンスは巡って来ない。


 先程、購入したクロスボウを取り出す。

 見た感じ談笑をしているようだから……気が逸れている今のうちに倒すのが楽だろう。即座にクロスボウを撃ち込んで片方の首元に当てる。すぐに新しい矢が下から装填されるので糸を引いて再度、同じ敵に撃ち込んだ。


 大丈夫、二発当てたのならこれで終わりだ。

 この武器は敵が極端に強くなければ二発、当てれば確実に殺せる毒が矢に塗ってある。値段もそれなりに張ったから、これで効かなかったらさすがにクレームを入れるぞ。


 すぐに矢を引いてもう片方の門番に撃ち込む。

 当たったのなら二発目だ。次の矢が下から現れたのを確認して糸を引いて撃つ。……ここら辺は弓の練習を少しだけ齧った影響か、全て当てる事に成功した。


 とはいえ、今回は敵が二人だったから上手く行っただけだ。このアイテムだって敵が多くいたら使えないだろうし、効果こそ強いが二発も当てなければいけないデメリットがある。


 それに……説明で見た感じ毒は数分で抜けるらしいんだよな。つまり二発当てるのにインターバルがあると効果を成さなくなってしまうって事だ。金がかかる割には致命的なデメリットが多過ぎるよ。


 まぁ、今回は上手くいったからいいや。

 次は本番の……敵が多くいる大広間だ。この中にアンジェリカがいるのは確実。気配も一層と強くなってきたからね。ただし、それと同時に三十はくだらない敵の気配もするようになった。


 殺した門番二人の死体を回収する。

 クロスボウもしまってダイヤモンドの剣を手に取った。後は……中に入り次第、戦闘開始だ。アンジェリカの気配は大広間の最奥にある。それなら入口付近では何をしてもいいって事だ。


 大広間って言ってもかなりの広さだからな。

 加えて多少の荒業ならカバーする方法がある。俺自体への危険性もあるが……それは二人とも助かるのならどうでもいい。助けだせさえすれば後はエル達がいるんだ。


 必要な物を購入して思いっきり扉を蹴る。

 そのまま今、購入して覚えた風魔法で中に大量の小麦粉を舞わせた。ここで最初に俺がしなければいけない事は最奥にいるのが本当にアンジェリカか確認する事。そのための鑑定眼だ。……オーケー、最奥にいるのはアンジェリカで間違いない。


 ただステータスが見えるだけじゃなくて煙の中にアンジェリカのフォルムが見えただけ。他の詳しい状態とかに関しては悪いがスキルレベルが低いせいで分からなかった。


 そのままローブを強く着込んでフードを被る。軽く風の鎧を纏わせて……はぁ、すっごく魔力を使ってしまった。吐き気と頭痛が強くなったけど、まだ我慢できる範囲だ。


 ここまで準備を整えたら……小麦粉の煙に紛れて突撃する。そして煙から出た瞬間に……背後に強い風と数個の火球を撃ち込んだ。詠唱もイメージも何も無いせいで火力としては最下級。それでも俺からすればどうでもいい。


 強い爆発のせいで背中に強い風圧がかかる。

 さっきので入口付近の敵の大半を戦闘不能にしたはずだ。後はこの爆発の勢いに紛れてアンジェリカのもとへ行くまで。……転移石を出す準備は整えた。


「粉塵爆発を起こすなんてやるね」

「なっ!」


 いきなり目の前に男が現れた。

 ギリギリ剣でガードを取れたが速度を落とされてしまったな。それにアンジェリカの前に立たれているせいで近付く事が出来ない。爆発の影響をアンジェリカは受けていなさそうだが……はぁ、想像よりは敵の数を削れなかったか。


 それに目の前にいる男、いや、二十かそこらの青年の気配はずっと感じられていなかった。となると、ここら辺にいる奴らのボスがコイツだろう。それに粉塵爆発って言ったか。……いや、まさかな。


「予想通り来てくれたみたいだ。やっぱり俺って頭がいいなぁ」

「汚い手を使って金を稼ぐ輩が頭がいいわけが無いだろ」

「うーんん、狡賢さっていうのも一つの頭の良さではあるんだよ。俺は君のように恵まれなかったからねぇ。こうして汚い手を使ってでも金を稼いでいるんだ」


 挑発には乗ってこないか。

 コイツは……本気で厄介かもしれない。目の前にいる敵は俺が思っていた数倍、面倒臭い相手かもしれないぞ。強さに関しては白百合騎士団の中でも上位に入るだろうし、頭の良さに関しても馬鹿なわけではない。


 はは……これ、本当にヤバいかも。

 真正面から戦えば確実に勝てない。搦手があったとしても何とかできる自信が無いな。エルやリリー相手の時の絶望感ほどでは無いが……逃げる事もままならないんじゃないか。


「どうだい、この状況を見たら少しは戦う気持ちも失せないかい」

「いや、全然だな」

「馬鹿は君じゃないか」


 無理やり剣で攻撃を仕掛けたが駄目か。

 まぁ、もとよりダメージを与えられるとは思っていなかった。多少は鍔迫り合いに持っていけるかと思っていたが……それすらも力で押し返してくるとは。得物ごと叩き切るって手はこれで不可能だって分かった。


「その程度で向かってきたのか」

「グッ……ッ!」

「いいかい、俺らも暇じゃないんだ。その程度の強さしかないのなら早く倒れてくれ」


 何だこれ……二連撃でも貰ったのか。

 分からない、エルやリリーの時のような速すぎて見えないじゃなく、本当に攻撃が見えないんだ。剣は見えている。振ろうとする時の動作も見えている。ただ……振ってからが何も見えない。


 俺の視界が奪われているのか。

 いや、それなら他の動きも見えないはずだ。俺が見えなかったのは男の姿や剣だけ。……つまり、透明になるとかでいいのか。もしくは全ての攻撃を透過させるとかか。


 なるほどな……ますます疑念が高まった。

 コイツ……ただの暗殺者じゃないな。というよりも俺と同じ匂いが強くする。この不可思議な能力も固有スキルによるものだとしたら……まず間違いなく……。


「お前、転生者だろ」

「な、何を……」


 おっと、目に見えて動揺し始めたな。

 さっきまでの余裕のある穏やかな顔とは違って明らかに驚いている。ふん、チートを貰っている癖に悪の道に進むとは堕ちているな。


「お前の表情でよく分かった。ただの鎌掛けでしか無かったが本当だったとはな」

「……はっ、だから何だって言うんだ」

「何も変わりはしない。本気でお前達を殺すだけだ」


 本音を言えば殺すつもりじゃない。

 俺の本来の目的であるアンジェリカの救出を行うための嘘だ。こう言っておけば爆発で生き残った奴らも戦おうとするはずだ。その状況に便乗してアンジェリカを連れて外へ出る。


「おい、トール! どれだけ時間をかけるんだ!」

「そうだ! さっさと男を殺して女は犯せばいいだろ!」

「……はぁ、うっせぇなぁ」


 他の奴らを焚き付けることは出来たか。

 このまま勝手に動き始めれば俺の思い通りになるはず……。


「俺の言う事聞いていればいいんだよ、雑魚が」

「……え?」


 声を上げた一人の男の首が飛んだ。

 仲間……だよな。何で仲間を殺したんだ。訳が分からない……コイツは何がしたいんだ。


「いいか!? 処女じゃねぇ女はクソだ! そいつらを犯したいのなら好きにすればいい! だがな! 俺はコイツと交渉がしてぇんだよ! 嫌なら殺してやるから声上げろや!」


 その声に反論する人は現れなかった。

 つまり、事実上、このトールとかいう転生者が全員を仕切っているのが分かった。加えて俺と交渉をしたがっているのも。……ただ何故だ、ものすごく嫌な予感がする。


「なぁ、シオン。俺と話をしようぜ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る