42話

 まずは……相手がいそうな場所を目指すか。

 アンジェリカの居場所が分からない以上は多少の間違いがあっても、足を使って街を走り回った方がいい。だとしたら……闇ギルドがありそうな場所を突撃した方がいいな。


 老父の言葉を正しいとしたら……もちろん、嘘を言っている可能性もある。だけど、あの人と少し言葉を交わして感じたが無意味な嘘を吐くようには思えなかった。あの人は間違い無く頭が良いから俺を殺すのならもっと良いやり方がある。


 だから、藁にすがるのと変わらないとは思うが老父の言葉を信じる。そして、あの人の口振りでは暗殺ギルドとは違った思想を持つ闇ギルドが独断で俺の仲間を攫った。それを踏まえると……アンジェリカを連れていくのなら人目のつかない場所だ。


 だったら……地下があるような場所。もっと言えば闇ギルドの建物自体が怪しいな。地下がある場所はいくつもある。それこそ、奴隷商とかは奴隷を地下に閉じ込めて値踏みをさせるからね。それらの闇ギルドと関わりが薄そうな建物で人の行き来が少なそうな場所は……。


「スラム付近……それでも三箇所あるのか」


 どこだ……この中で有り得そうなのは……。

 いや、違うな。ここでこそ、マップの強みが発揮される。これだけ建物を絞れればピンを立てて確認ができるはずだ。……ああ、ビンゴ。暗殺ギルド支部、法に外れた行いをする犯罪者ギルドって出てきた。


 ここにアンジェリカがいると考えていい。

 もしも、いなかったとしてもアンジェリカの情報は得られるはずだ。そうなったら戦闘を回避するのは不可能だろうが元より戦うつもりでいる。不確定な要素が確定しただけに過ぎない。


「シオリ、ここに行けるか」

「グルゥ!」


 シオリを呼び出して目的地に向かわせる。

 こういう時に俺の考えが読めるのはありがたい。言葉で説明するには難しい事ばかりだからな。シオリの速度なら大して時間もかからないはずだ。ただ……今回の戦いにシオリを連れて行けない。


 はぁ……不安になってきたな。

 本当に俺は戦えるのか。今回の敵は今までのような何とかできる相手じゃない。言い方を変えればリリーをも欺けるような気配遮断の力を持つ存在だ。加えてアンジェリカをあっさり連れ攫ったところからしてステータスも高い。


 闇ギルドとの戦い……アニメの主人公なら何も心配せずに戦っていたのかな。いや、あの人達も本当はこれくらい不安だったんだ。ただアニメを見ていた俺達が主人公なら勝てると笑っていただけ。


 失敗すればアンジェリカが死ぬ。

 その時に俺も死ぬ可能性すらあるんだ。生半可な覚悟で挑んでも全てが失敗したら終わり。……覚悟を持て。敵を全員、殺す覚悟を。


 俺は弱い、だけど、それを補うチートがある。本来なら戦闘で扱えるようなチートでは無いが応用させる事はできるだろう。いくつかブックマークした道具がある。最悪はそこに頼ればいいか。


 一応、転移石も買っておいた。

 これを使えれば……二人で逃げる事もできるはずだ。戦闘に関してはエルやリリーに任せた方が確実なのは確かだからな。とはいえ、それに全てを任せられる状況では無いのも事実。


「シオリ、ここまででいい。これ以上は気配を悟られかねない」

「グル……ル……」

「ごめんな。お前まで傷付いて欲しくないんだ」


 頭を撫でてシオリを宥める。

 すごく不安なんだろう。いつもならシオリの言葉が分かるのに今は伝わらなかった。ただただ不安な事を俺に伝えて……あわよくば行かないで欲しいって願っているんだ。


 分かるよ。でも、できない。

 シオリの頭に額を付ける。


「頼むよ。シオリにしかできない事なんだ。それに宿から援軍を連れてきてくれたら俺が助かる可能性も高まる。……分かってくれとは言わないけど言う事を聞いて欲しい」


 何ともワガママな言い分なんだろう。

 これじゃあ、お金が足りないから金を貸してと彼女に集るのと同じじゃないか。パチンコで倍にして返すとかと同じ、不確定な話を信じさせるのと相違ない。


「グルゥ」

「うん、ごめん」


 俺の頬に顔を擦り付けてきた。

 それだけをしてからシオリが踵を返して走り出してくれたから……了解してくれたんだろう。すごく申し訳ない気持ちになったけど、この気持ちに浸っている時間は無い。


 ローブの上から気配遮断を重ね掛ける。これでいつもより気配を悟られないはずだ。後はマップと同時に気配察知も行って……ゆっくり目的地に近付いていこう。仮にそこが違う場所だとしても他の二箇所は近い。気配によっては他に行くのも手ではあるからな。


 とはいえ……ほぼ確定だろう。

 だって、近付く度にアンジェリカの気配が薄らと感じられる。砂漠の砂粒の中にある一欠片の砂糖のような、本当に小さな気配であるけど間違い無く彼女のものだ。どれだけ一緒にいたと思っている。


 ダイヤモンドの剣を抜いて闇ギルドの外壁に背中を付ける。気配からして……入ってすぐに十人弱、ギルドの外には敵はいなさそうだ。地下の人数は……さすがに感知できないか。


 こういう敵に対してはマップは差程、効力を発揮してくれない。後は俺の勘に頼らないといけなさそうだ。行けるか……いや、行くしかないか。


「付与……なんだ?」


 透明な白色をしていた剣が一気に黒ずんだ。

 これは……俺が何を付与させるか考えていなかったからか。本で読んだが付与とかで現れる色によって本人の魔力の特色が分かるからね。黒という事は俺は闇に関わる魔法に適性があるって事だ。


 とはいえ、闇魔法を覚えているわけではないから付与としての効き目は薄いけど。……次はしっかりと火魔法のイメージで付与が成功した。即座に悟られないように火を消して剣を構える。


 最初の戦闘は一瞬で決めないといけない。時間をかければかけるほどに敵にバレる可能性が高まるからな。あまり良い手段とは言えないが俺から攻めないといけなさそうだ。確実に攻める側の方が弱い部分が多いし。


 扉を一気に蹴り上げて近くにいた男へと突撃を開始する。ギョッとした顔を見せて得物に手をかけたが遅い。身体強化を一気にかけたおかげで首を切るまでに時間はかからなかった。


「誰、だ……」

「お静かに、ご近所迷惑ですよ」


 武器を構えようとした男四人の首目掛けて短剣を投げた。煩くしようとした男も中にはいたが四本全てが敵の首に当たって声は奪えたからな。後は残りの二人の声を奪って全滅させるだけ。


 一気に詰めて短剣を投げ付ける。

 さすがに一度、見せたやり方は対処してくるか。それでも剣でガードの体勢を取ってくれた方が俺には好都合。敵の持つ得物は鉄の剣……それに対して俺の得物は……。


「死ね」

「ガッ!?」


 その得物ごと敵の体を真っ二つに斬る。

 横にいる声を奪えていない敵には今、起こっている状況が飲み込めていない間に短剣を投げて喉を潰す。……おし、これで全員の声を奪えた。それに倒し切る速度に関してもかなり早いんじゃないか。


 これなら仮に悟られていたとしても迎撃体制を整えられていないはずだ。後は全員の首を落として階段に向かうだけ。本当なら階段を探すのに時間がかかるが、そこはマップのおかげで何の問題も無い。


 はぁ……レベルが一気に上がった。

 皮肉だね、同種を殺した方が魔物を殺すよりも多い経験値を貰えるなんて。ただ今は感謝させてもらおう。物理面で八百近くになったおかげでそれなりに一撃も重くなった。


 さてと、さっさと下に降ろうか。

 ここから分かる気配は……二十はいる。マップで見た間取りは階段を抜けてすぐに左右の分かれ道があって、左には八つの小部屋、右には四つの小部屋と最奥に大広間があったはず。


 微かに感じられる気配は……大広間に繋がっている。そこを踏まえると奥の部屋でアンジェリカは嬲られているのか。……とはいえ、魔力の気配も無ければ声も聞こえないあたり犯されたりとかはしていないはずだ。


 なら……さっさと助けて逃げよう。

 大広間に近付く度に鮮明に敵の人数が分かるようになってきた。二十で済むような数では無い。その殆どが一階にいた人とは比べられない強さを持っているからね。恨みよりも助ける事が先だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る