41話
「お前ら、よくもまぁ、いたいけな少女をここまでボロボロにできるな」
はぁ、本当にギリギリだったな。
自分の失態だとはいえ……こうなるくらいならリリーに口酸っぱく言っておくべきだった。絶対に二人から離れないでって。もちろん、二人が襲われないとは思っていなかったよ。だけど、明らかに俺は平和ボケしていた。
リリーがいるから大丈夫、エルがいるから大丈夫だなんて全てを他人に任せていたんだ。あの二人でも限界はあるんだよな。それにどうして気が付けなかったんだ。……だけど、それでも一番に悪いのはアンナ達に手を出したコイツらだ。
「はは、勝手に来てくれたぜ」
「お前らが俺の仲間を襲うからだろ。勝手じゃなくお前らのせいだ」
「その程度の女、見捨てればいいものをよ」
はぁ、話が通じないって嫌だな。
やっぱり、あの老父のような暗殺者の方が稀有なのか。本来の暗殺者ってこういうアホしかいないんだろう。だとすれば……ムカつくが相手をするだけ無駄か。
マップの感じからして今の行動で敵意が一気に増えた。仮に目の前の敵を倒したところで第二、第三の敵が現れるだけ。ジリ貧になるのは目に見えているのなら……逃げた方が良さそうだ。癪だけどな。
何よりもアンナの身が心配だ。
死体が一つ、あるところからしてアンナが頑張って殺したんだろう。褒めてやらないといけない。生き残るために頑張って戦ったんだから。……でも、それでアンナが死んでしまったら元も子も無い。
「シオリ、宿まで走れ」
アンナを抱きかかえてシオリに乗った。
多少、バランスは悪くなったけど俺の前に座らせた事によって何とかなっている。でも、本気で走ったら間違い無く突き落とされてしまうな。それが分かっているからか、シオリも少しだけ速度を落としてくれているし。
ただ……これだと追い付かれる心配もあるんだよな。いや、距離を離させる方法はあるからそこまで問題は無いんだけどさ。リリーのもとに着くまで時間を稼げるかが不安だ。
ましてや……気配が消えたアンジェリカの身もすごく怖い。マップを使っていて分かったが気配遮断などの気配を消す能力があれば、マップから身を消せるみたいなんだよな。それを自分だけじゃなくアンジェリカにもかけられるような相手だ。
死んでいる事は……無いと信じたい。
アンナとアンジェリカを襲ったあたり、狙いは変わらず俺のままだろう。となれば、二人を人質にして俺を殺したがっているはずだ。つまり多少の余裕はある……と信じたい。
ただ、その間に体を弄ばれていたり、死の間際まで拷問されたりとかは有り得るよな。……すごく嫌だ。あれだけ不幸な思いをしたアンジェリカがまだ不幸な目に会わないといけない事がすごく嫌なんだ。それに……アンナが俺以外としているのも考えたくない。
きっと……いや、そこは後回しだ。
今はまずアンナの身の安全を整えてから、それこそリリーに届ければ俺はまた自由に動ける。その間にアンジェリカの後を追うのはアリのはずだ。アンナに高いポーションをかけたから治るのは時間の問題のはず。
まだ金は……馬鹿みたいにあるな。
本気でシンに感謝しないといけない。シンから高い支援をしてもらえたおかげで何でもできる。使えそうなスキルとかを買って攻めに行くのもアリではあるな。……いや、アリというか、そうするしかない。
「
六つの火の玉、下級魔法の火魔法であるけど火の魔石とかで戦い続けた結果、何とか覚えることに成功した。それからリリーのもとで訓練もしたし練度もそれなりに高いはずだ。
もっと言うと烏合の衆のような輩なら小さなダメージでは済まない。こう見えてステータス以外はかなりのチート性能なんだよ。何でも買える異次元流通に切れ味の良い得物、そして俺の意図を即座に汲んでくれる相棒。
「
俺の火球目がけて風の刃が飛ぶ。
そして火球全てが叩き切られ、敵の前で大爆発を起こした。幸か不幸か、アンナの騒ぎのおかげで街道に人はいないからな。俺も安心して力を示せるって話だ。
「シオリ、愛している」
「
今ので四人の命を奪った。
それでも数が減ったように感じないあたり、どれだけ敵の数がいるんだよ。アンジェリカに対応していた人がこっちに流れてきたか。……はぁ、だとしても、俺の本来の目的はリリーとの合流。
そう、それさえ出来れば問題が無い。
「随分と暴れてくれましたね」
背後で幾つもの悲鳴が聞こえた。
悲鳴……いや、断末魔か。走っただけの甲斐があるな。さすがにリリーも異変には気が付いてくれていたみたいだし。……これで後はリリーに任せていられる。
「リリー! 後で宿で会おう!」
「了解しました! 後はお任せ下さい!」
横を通った時にアンナの姿を見たんだろう。
だから、何も言わずに俺の意図を理解してくれた。本当であれば俺も戦いたいけどアンナの方が心配だからね。今はアンナが休める場所に送ってやりたい。
「シオリ、さっきと同じ速度で走れ」
「グルゥ!」
本当に俺は恵まれていたんだな。
すごく嬉しくて涙が零れてしまいそうになるよ。エルやリリーのように俺のために動いてくれる人、そしてアンジェリカやアンナのような戦闘とは無縁でも努力して戦えるようになった人。きっとどれかが欠けるだけでも駄目なんだ。
日本にいた時も欠けてから分かった。
欠けることによって自分がどれほど弱くなっていくかを。辛い時に悲しみを聞いてくれる人がいないということがどれほど酷いのかを。……家族も友達も何もかもを失ってから分かったんだ。
「アンナもアンジェリカも救う」
怠慢だったのは俺だった。
強くなったつもりで弱いままだったんだ。これだけのチート能力を持っていながらシンへの借りの事ばかりを考えていた。もっともっと、このチート能力を利用していれば敵を瞬殺できたし、事態が悪化する前に対処もできたんだ。
「……金なら余るほどある」
よく分かったよ。
幸せを守るために必要な強さは想像の数倍、必要だって事が。武器を捨てれば相手も武器を捨てる。そんな理論が通じないって事がよく分かってしまった。……何も敵は老父のような話の通じる人だけでは無いんだ。
「着いたな、戻ってくれ」
宿に着き次第、アンナを抱えシオリを回収する。後はアンナをベッドの上で休ませてから……戦闘の準備をしないといけない。金ならある、だから、準備は余分と思える程にした方がいい。
アンナをベッドに寝かせてから椅子に座る。
まずは強い剣からだ。魔剣や聖剣なんかが本当は良いんだけど……これは使い手を選ぶらしいから無しだね。俺のジョブが剣豪とかなら恐らく問題は無かったが今のままじゃ無理だ。
ダイヤモンドの剣……でいいか。
千五百万円とかいうアホみたいな金額だが、それだけの価値があるし強さもある。このスキル内での武器であれば騙される心配とかは無いからな。これに加えて鑑定眼、気配察知、気配遮断、聖刻とかは確実にいるか。
これで二千万……高い金額だからか、多少の値引きがされているみたいだ。後は……防具はローブのままでいいか。それと恐らく銃を買っても意味が無い。銃で撃つよりも剣を振ったほうが恐らく強いからな。
剣で戦うからには……身体強化、付与もあった方がいいか。ダイヤモンドの剣の一番の強みは切れ味の良さや武器の追加効果では無い。魔法などの魔力を流しやすいのが強みだ。そこからして付与との相性は間違い無く高い。
後は……スキルレベルを上げる玉とかも欲しいけど今のレベルじゃ買えないみたいだ。経験値増加とかもレベルが上がる事で買えるらしい。……それと仲間とかも買えるみたいだけど、これは今のところ必要が無い。
とりあえず、これだけ買えば十分だ。
それとポーションとかがあれば大きな問題は無い。他に問題があるとすれば……付け焼き刃で買ったスキル達を扱えるかどうか。特に付与とかは魔法の時のようなイメージ能力が必要なはずだ。
いけるか……いや、やるしかない。
「リリー、帰還しました」
「……お疲れ様、早かったね」
「あの程度、シオン様に比べれば雑魚でしかありません」
はは、ここでも冗談を言ってくれるのか。
俺を気遣ってなのかな……だとしたら、ものすごく申し訳ない気がしてしまう。俺みたいな主だから皆に苦労をさせてしまっているんだ。……やっぱり、ルール家にいるには能力が無さすぎたか。
アンナもアンジェリカも巻き込んでしまった。
リリーだって本来の仕事ではないはずだ。エルだっていつも俺の精神的なケアをしてくれて……俺は皆に何を返せている。ワガママだけを口にして苦労だけをかける……そんなの昔のシオンと変わらないじゃないか。
「リリー」
「……へ?」
「少しだけ……このままがいい」
リリーを抱きしめて少しだけ勇気を貰う。
エルやリリーのような強さは無い。チートにだって限度というものがある。……それでもただのワガママな男でいるわけにはいかない。アンジェリカを助け出すためにも俺が動かないといけないんだ。
「おっし! 勇気が出た!」
「何を……?」
「うん? 遊びに行くだけだよ!」
そう、遊びに行くだけ。
そう考えておけば何も不安は無い。
「お待ちください! 危険過ぎます!」
「リリー、この間にもアンジェリカは酷い目にあっているかもしれないんだ。悪いが自分の配下を見殺しにするなんて出来なくてね」
「で、ですが!」
止められるのはよく分かっているさ。
きっと俺が傷付けば皆が悲しんでしまう。エルやリリー、アンナやアンジェリカ、そしてマリアが悲しんでしまうのは分かっているよ。……だけど、逆にその人達が傷付いたら俺が悲しいんだ。今の状態で自由に動けるのは俺だけならやるしかない。
「リリーはアンナを守ってくれ。きっとエル達が遅くない内に帰還する。その後に援軍をくれればそれでいいさ。俺の気配は察知できるだろ」
「……自分の命を捨てるつもりですか」
「そんなわけないだろ」
死ぬつもりで戦う人はいないだろ。
ただ生き残れる確証も無いだけだ。少しだけ背伸びをしてリリーの頭を撫でる。すごく心配そうな目をしているけど……俺にとってはアンジェリカも大切な存在なんだ。許して欲しい。
「あのさ、リリー」
「何でしょうか」
「不出来な主でゴメンな。きっとエルにもリリーにももっと良い主が出来るはずだ。応援しているよ」
最後の表情は確認していない。
最後の最後に勇気が出なかったな。逃げるように部屋から出てしまった。……それでも俺の選択に間違いは無いはずだ。全ては後悔しないために……戦うだけだ。
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