32話

「それにしても、そのような話をするために私を呼んだのでしょうか」

「え、ええ……あのような被害をお受けになってシオン様も酷く心を痛めていると思ったのです。その謝罪と賠償を、と思い」

「いりませんよ。謝罪は先程、受けましたし賠償も魔物を倒せば簡単に集まります故、要りません。金貨程度であれば大して痛くもありませんから」

「さ、左様ですか」


 表情には出ていないが驚いているみたいだ。

 元のシオンなら間違いなく受け取っていただろうし、そこら辺でトーマスの策に嵌っていただろう。俺も元のシオンと同列だと思っていたのかね。だとしたら、浅はかにも程がある気がするが。


 ってか、元々、謝罪の意なんて欠片も無いだろ。賠償の金だって賠償という名目のオットの保釈金なんだろうし。書類作成とかに小さく、もしくは見えなかったとしてもいい。一言『この賠償はオットの保釈金と同等のものとする』とすればいいからな。


 受け取ったが最後、トーマスの目論見通りに進むのは目に見えている。本音を言うと謝罪や金なら必要ないからなぁ。最初は渋ったけど稼ぐ方法は見つかったし、金貨よりも大切なものも手に入った。


「オット殿にはしっかりと罰を受けて頂きます。事が事だけに罪も重いでしょう。なにせ、公然の大衆がいる場にて私を殺すと明言しましたから。命を狙われた私からすれば彼を許す気にはなれません」


 ようやく隠す事も出来ないくらい表情を曇らせてきたか。


 はっ、少しでも助けられると思っていたのかね。公爵家の息子を殺そうとして、しかも、多くの人にそれを見られて何故、助かる。それが許されるのなら暗殺なんてものに頼らなくても済むだろうに。


「まぁ、一つだけ感謝する事があるとすれば彼が殺しかけた二人の女性が、私が考えていたよりも才能があった事くらいでしょう。彼女達に出会わせてくれた事だけは感謝しますよ。とはいえ、少しも処罰に影響を与えませんが」

「重々……承知しております」

「では、この話はもう終わりとしましょう。十数歳とはいえ、私も一人の公爵家の人間。このような話に時間を割いていられないのですよ。無論、それはルフレお兄様も同じです」


 こう言い切ればもう舐めた口は聞けない。

 それでも尚、オットの話へ持っていこうとするのであれば部屋を出るだけだ。数分間の会話とはいえ、ルフレが少しも会話に入り込まなかったのは俺を立ててだろう。


 プレッシャーではある。

 でも、その小さな信頼が今は有り難い。こうやって俺の言いたい事を好きに言わせてくれるのであれば主導権を俺が握っていられる。


「では、最近のバールの街について聞かせて貰えますか」


 その後、トーマスから話を聞かせて貰った。

 だが、やはり大した事は教えて貰えない。もしかしたら本当に知らないんじゃないかってくらい話に詰まっていた。説明は要領を得ないし、欲しい情報は「まだ調査中で」とはぐらかされる。


 おかしいよな、バールの街での現状とかを聞いただけだって言うのに。後は条例とかの話を聞いているのに分からないばかり。この街を治めているのなら勝手に覚える内容だろう。


 だからこそ、シンの言う事がよく分かる。

 これは確かに反乱の意志満載だろう。普通は出せるはずの先月の調査書とかも簡単に出せないし、今日までの街の収益とかも出せていない。


 ルール家では毎日、収益の書類を作成して月の終わりに一つに纏めるからな。他の場所は違うのかもしれないが単純に出せない理由があるとしか思えない。ってか、シンが忙しい理由の一番がそこら辺の書類関係だし。


 本当にトーマス殿は時間があるようで羨ましい限りだなぁ。


「つまり、私達が求める情報は早急に出せないという事ですね」

「え、ええ……もう少しだけお待ち頂ければ」

「いえ、曖昧にされても困るのですよ。何度も言いますが公爵家の子息という手前、やらなければいけない事は山程にあります。すぐに出せない情報を待っていられるほど余裕はありません」


 何故、情けをかけなければいけない。

 それこそ、味方ならば話は別だが明らかに俺を引き止める時間稼ぎをするような奴に、どうにか言いくるめようとしてくる輩に何かをしてやる義理は無いな。だから、淡々と話を進めていくだけ。


「詳しい期間を教えて頂けますか。それとも言えない理由があるのでしょうか。情報などは調査に三日、書類作成に二日もかければ出来る話でしょう」

「そんな無茶苦茶を」

「無茶では無いでしょう。そも、ルフレお兄様から求めている情報を聞かされていたはずです。それでも尚、動かなかったのは貴方でしょう。いいですよ、別に書類を頂けないのであればそれで構いません」


 出来る限り含みのある言い方をした。

 だって、普通は出来る事を出来ないと言って引き伸ばしにするような才能無しをさ。どうして貴族として残しておけるって話だ。ぶっちゃけ、何も出来ない人を重要な土地に置いておけるほど俺も馬鹿じゃない。それがシンなら尚更のはずだ。


「期間は五日間、六日目に再度、会談を行い書類を頂きに参ります。もちろん、精査も同様にさせて頂きますので悪しからず。出来ないのであれば私達は帰路に着くだけですので心配しなくとも大丈夫ですよ」

「は……あ……」

「返答が無いということは肯定と取ります。では、時間も経ったことですし、私達も宿に戻らせて頂きます。期間の引き伸ばし以外で何か、ご連絡やご相談が御座いましたらリリーに伝えて頂けると幸いです」


 ここまで言ってやれば下手な事はできないはずだ。過呼吸気味に「待って」とか言っているけど無視でいい。


 もっと頭が回る奴だとおもったんだけどな。

 悪いけど全てにおいて詰めが甘過ぎる。いや、詰めが甘いからこそ、息子もああやって貴族らしからぬ事をしでかしたわけだし。あの親あって子ありと考えると当たり前か。


 これならアービンと話をした時の方が緊張したし、次に続ける言葉もより吟味した。あの人の場合は放つオーラも思考も何もかもが俺やルフレの何十歩先を進んでいる。言葉の裏の裏まで考えてようやく対等になれるかどうかって所だ。


 ところが目の前のトーマスはどうだ?

 言っては悪いが良くて小賢しい小悪党が限界だろう。先の展開を大して読めてはおらず、ましてや、自身の立場に胡座をかいて自己研鑽すらもしていない。あるのは貴族としての高いプライド程度だ。


 自身より弱いと考えていた人から良いようにやられ返されるのは酷く精神的にくるだろう。いやいや、今夜の酒は今までに比べて格段と美酒になりそうだ。


 そうと決まれば残る理由も無いな。


「他に今日中に済ませておかなければいけない事も多々ありますので、お先に失礼させて頂きます」


 軽くルフレに目配せをしておく。

 若干、溜め息を吐き出そうな顔をしていたが流石に兄か。俺の気持ちに関係する事は少しも言わずに「では、約束通り一週間後にシオンと共に書類を取りに来ます」とだけ伝えて先に部屋を出た。


 小さな歯軋りを横目で見ながら俺も出る。

 うんうん、我ながら良い感じにやりあえたのでは無いだろうか。思いの外、会話を始めてからは大してプレッシャーも感じなかったし、初心者が相手するには丁度いい存在だったね。


 まぁ、もう二度と顔を見たくは無いけど。


「あまり言いたくは無かったが良かったよ。私が相手ではあそこまで強引に進められなかった」


 屋敷を出てすぐにルフレに言われた。

 素直に褒め言葉として受け取っておこう。だが、まぁ、今回の件でより強く思ったね。やっぱり俺には貴族として向いてはいなさそうだ。今だって立場を利用して立ち回っただけだしテクニックの欠片も無い会話だった。


「ルフレ兄様と私ではやり方が違うだけですよ。恐らくトーマス相手で無ければルフレ兄様の方が最適でした」

「……はは、そう言ってくれると胃へのダメージは減るかな」

「酷くなったらポーションを渡すので飲んでください」

「本当に酷い弟だよ」


 トホホと言いたげに苦笑された。

 でも、どこか嬉しそうでもある。こうやって軽口を言い合える事が嬉しいのかな。……ま、今夜くらいは労ってあげてもいいか。どうせ、酒を飲むわけだし。



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 次回予告

 会談で疲れたシオンはアンナとアンジェリカを連れて森へ向かう。目的はトーマスのせいで感じたストレスの発散と二人が強くなった事を確かめるためだったのだが、その二人の強さを見てシオンに一つの考えが浮かぶ。それは……。

【次回 強き二人の乙女】

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