31話

「気分はどうかな」


 笑いながらルフレはそう言った。

 気分……と聞かれるとそこまで良くは無い。こうして自身が罰を下したバール家の城まで来ているんだ。気分良くいろと言う方が難しい話だろう。


 だけど、これも仕方の無い事だ。

 この街に来て一週間も経っている。本来であればもっと話が進んでいるはずだった。だが、そこは腐っても子爵、ルフレとの会談では大して叛乱の尾を見せなかったらしい。


 そこで無理やり俺を見せて、というのがルフレとリリーの出した結論だそうだ。もちろん、子爵自ら望んでいたというのもある。


 不安はあるが……今回ばかりは危険性が高いからアンナとアンジェリカには宿でリリーに付きっきりでいてもらっている。俺の傍にはエルがいるんだ。色々と心配な事はあるが……。


「気分が悪かろうと私に出来るのはバール子爵との会談を成功させるだけです。もちろん、良い意味での成功ではありませんが」

「ああ、期待しているよ。なに、アービン殿との会談を思い出せばいい。主に会話の主導権を握るのは私だからね。気負わずに、シオンらしくいてくれれば何とかなるさ」

「信頼していますよ」


 少なくともルフレは頭が酷く回る。

 相手から情報を得ようとするのであればルフレほどの適任がいないと思えるくらいに、話していて楽な相手はいないし、察して先の言動を予知されたりもしたからね。


 戦闘面ではエルがいるから安心だろう。

 最悪は……まぁ、そこら辺は気にするだけ無駄か。気にすべきは食事などには手をつけない、とかくらいかな。どれに毒が入っているか分かったものでは無い。


「ご案内致しますのでこちらへお越しください」


 メイドの指示を聞いて席を立つ。

 この城へ来て思ったが不思議と執事は少ないな。ルール家レベルとは言えないが豪華な城だと言うのに美しいメイドしかいない。所作などは確かに綺麗ではあるけど……いや、そこら辺はあまり考えないでおこう。


 公爵家と子爵家を比べるのは明らかに後者の分が悪過ぎる。それにルール家のメイド長と執事長のレベルが高過ぎるのも悪い。あの二人が許せるレベルにならないと世話の一つも任せて貰えないと聞くからね。


 とはいえ、狙って美しいメイドを多く囲っているようには見える。もしかしたらアンジェもこうして迎え入れようとしていたのだろうか。


 俺が助けなかったら死んでいたアンナ。

 その娘を殺した仇のために働かせられていたとあったら……ああ、本当に気分が良くないな。ただの憶測だったとしても、ね。


「ようこそ、おいでくださいました」


 丸メガネをかけた痩せた男。

 それがバール子爵の第一印象だ。体格の問題があるからか、オットと似ているとは到底思えない。それに加えて見ていて薄気味悪さの方が明らかに勝ってしまう。それ程までに見ていて得体の知れない何かを感じてしまう男だ。


「ささ、どうぞ、そちらへお座り下さい」


 顔では笑っている。

 だけど、内面では笑ってはいない。目の奥が酷く澱んでいて気を抜けば首が飛んでしまうのでは無いだろうか。少なくとも指示を出されたからと言って素直に従うのは愚策だろう。


 チラッとエルを見る。

 いつもの甲冑姿とはいえ、小さく首を縦に動かしたから問題は無いのだろう。先にルフレが座ったのを確認してから隣に座る。


「エル、私の後ろにいてくれ」


 一瞬だけ近付けたから指示を出しておく。

 これで下手に手出しをされても何とかはなる。全面的にとなれば話は別だが、不意打ちを受ける事は防げるはずだ。マップを展開して横目で敵の位置を把握できるようにしているからな。


 はぁ、当たり前だけど疲れるよ。

 この一瞬の会話だけでどれだけ気を使わなければいけない。現に周りにいる人達がルフレとエルを除いて全員が敵だと分かった今、余計に警戒しないといけないし。


 あー、面倒臭いなぁ。

 これならまだアービンさんと話をしている方が楽しかったかもしれない。気は使うが会話に関しては興味深い事の方が多いだろうしね。こんなクソみたいな状況にはならないはずだ。


「お初にお目にかかります。ルール家の三男、シオン・ルールと申します。以後、お見知り置きを」

「ええ、ええ、よろしくお願いします。とはいえ、お初とは妙な事を申しますね。何度か会話をした事があったと思いますが」

「色々と諸事情がありまして過去に関して少しばかり抜けた部分も多いのです。加えて厳格な場においての会話はこれが初でしょう。ならば、初心に帰り挨拶もより丁重なものにしようと思った次第です」


 悪いが全てが皮肉だ。

 もちろん、会ったことがあるのはルフレから聞いていたからな。それでも尚、初めて会うと言ったのは「お前のような存在に興味は無い」と叩き付けるためでもある。


 それが分かっているからこそ、眉を顰めて俺を睨んできているんだろう。ま、これも一種の煽りのようなものだ。ルフレにばかり頼るのも何と言うか癪だしな。それに何か俺の知らない情報が得られる可能性もある。それこそ……いや、それは今は関係が無いか。


「それはそれは、大変、嬉しい事を言ってくださりますね。……こちらこそ、お初にお目にかかります。現バール家当主のトーマス・バールと申します。是非ともご贔屓にお願い致します」


 ふむ、そうやって返してくるか。

 試している……というよりは俺が怒るのを待っているのかな。このような場面で怒り狂えば全てにおいて俺が悪い状況になってしまう。下手をすればルール家に汚名を着せられかねない。


 そこを狙ってきたとすれば……。


「そうですね、お互いがより良い状態になれるよう努力させて頂きたいと思います」


 遠回しに突き放し続けるだけ。

 ルフレは望んでいないだろう、きっとシンも俺がそうするとは思っていないはずだ。だけど、何を聞いても逸らすだけのトーマス相手には俺が立ち向かうべきだろう。


 さてと、息子の仇でもある俺の挑発を受け続けても尚、冷静に対応できるかな。こういう理論だけで責めてこようとする人の相手は何度もしているからね。そう簡単に勝てると思うなよ。


「こほん、挨拶も済ませたようなので本題に入りましょう。元よりトーマス殿がシオンを呼ぶように言ったのはそれが理由でしょう」

「そうですね、ルフレ様の言うように早速ですが本題に入らせていただきます。もしかしたら察せられているかもしれませんがシオン殿と話したかった事は愚息についてでございます」

「愚息……オット殿の事でしょうか」

「左様です」


 わざとらし過ぎたかもしれないな。

 だけど、こうやって言っておけば勝手にトーマスの方から話がされるはずだ。下手にこちらから口出しをして突っつかれても意味が無い。


 さあさあ、どうやって俺に説明をする?

 仇でもある俺に少しの叛乱の意思も示さずに何を伝えてくる。それがひどく興味深くて楽しみだ。


「我が息子の無知が故にお手間を取らせてしまい申し訳ありません。本来であれば事件が起きてすぐ駆け付けられれば良かったのですが、生憎と事情があり愚息一人に仕事を任せてしまいました」

「トーマス殿の責任ではありませんよ。全ては何も考えずに行動したオットの責任です」

「……そう言って頂けると助かります」


 ふん、少しも思っていない癖によく言うよ。

 その目、その顔……全てが俺から許しの言葉を貰おうとしているようにしか聞こえない。どうせ、俺から事件自体を許せるような発言を引き出したいのだろう。そこを突いてオットを救出する方向へ持っていく……浅はかだな。


 予想はしていたがルフレとの話を引き伸ばしていたのはオットのためか。確かシンは「オットの処刑の際に不備が出かねない」と言って俺に依頼を出していた。


 つまり、処刑までにはまだ時間があるという事。言い方からしてトーマスへの処罰を終えてから処刑に向かいたいのかもしれない。両方の対処を同時にするのは書類の面で大変そうだしね。


 それを察しているのか、もしくは情報が漏れている可能性がある。……いや、俺も詳しい事は知らなかったし、シンの中での効率的なやり方がそれだったのだろう。となると、前者の方が有り得そうだね。


 とはいえ、これで時間稼ぎかぁ。

 笑わせてくれる。俺を出させようとしていたのも経験が浅い俺からなら求めている言葉を引き出せると踏んだからだろう。少しでも勝率を高めるためだろうが心底、舐められているみたいだ。


 俺からしたらトーマスに関しては許してもいい、だが、オットに関しては別だ。そこを変える気も無いから限定して返答した。


 それに、そういう意図があると分かっているから感謝の言葉しか言えないのだろう。今だって若干、唇を噛んでいるようにすら見える。愚かだね、簡単に俺が騙せるとでも思っていたのか。


 これは言わば卓上の争い。

 台も駒も実体を伴ってはいないが見えない言葉でチェスをしているんだ。一つ一つの会話の意図を汲み取れなければ徐々に追い詰められていく、最低最悪な知能勝負を仕掛けられている。


 だからこそ、負けるわけにはいかないんだよ。

 元のシオンと同じだって舐められては貴族として生きてはいけない。経験が無いとかは関係が無く俺の一言がルール家の言葉と代わりが無いんだ。俺がルール家の穴となっては他の人達の努力が全て水泡と化す。


 それに元はと言えば俺が始めた争いだ。


 アンジェリカとアンナを救いたい。

 だから、オットと敵対した。

 だから、初めて人だって殺した。


 それなのにこんな有象無象に負けるわけにいかないだろう。勝ちたいからじゃない、負けてはいけない戦いだから本気で潰させてもらう。

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