29話

「そんなもの、興味が無いな」

「何を」

「そんな事を気にする意味なんて無いだろ。私からすればルフレ兄様に渡したいくらい価値の無い物だ。立場や役職、そんなものを気にしていたら楽しめないだろう」


 誰と一緒になるかは人に決められたくない。

 何で心を許せないような存在と一緒に過ごさなければいけないんだ。長い時間を過ごせば愛着は湧くかもしれないが、仮に他の嫁の方が好きだったらどうなってしまう。後だったらまだいいが初期の段階で相手の人はストレスが溜まらないのか。


 そういう小さな事が気になって無理だ。

 ましてや、貴族として生きていたくない俺からしたら立場なんて本当にどうでもいい。好き勝手に生きて、好き勝手に過ごして、好き勝手に死ぬのが転生した俺が目指す人生だ。


「ですが、それを求めているのはシン様ですよ。ましてや、国王もシオン様に期待しています。それを無下にする事など」

「それは大層、傲慢だな。個々人の自由を奪おうとするなど神でもできない話だ。それを大国とはいえ、高々、一国の国王がどうして奪える」

「少しばかり口が悪くはありませんか。人によっては不敬罪と考えられてもおかしくはありません」


 表情を無くし俺の目を見詰めてくる。

 不敬罪か、何とも日本だったら聞かない罪状だな。いや、日本だから無いのかもしれないが『自由を奪うな』という主張すら、黙殺しようとする輩がいるのなら大層な人なんだろう。もしくは物事を考えられない大馬鹿者か。


「それで処罰をするとは心の狭い男だな。だが、その行動の意図は、事実だから処罰して考えが広まらないようにするのだろう。そこで私を殺そうとするのなら図星だったと言う事だけだ」

「本当に口が悪いですね。シン様の前でも同じ事を言うつもりでしょうか」

「私が考えるにシンお父様はそんな事をしないから言っているのだよ。あの人は聡明だ、私の言い分も理解して納得できる返答をしてくれると分かっている。とはいえ、現王が愚者か賢者かは私には測り兼ねるが」


 どちらにせよ、俺にはどうでもいい。

 邪魔をするのならエルを連れてどこか遠くへと逃げるだけだ。アンジェリカやアンナ、リリーも付いてくるというのなら拒否しない。少なくとも今の俺には全員を幸せに出来るだけの力はあるはずだからな。


 敵兵を向けられたとしても何とかはなる。

 楽観的な意味では無く、それだけエルの力というものは強大で同等の存在がいない、貴重なものだ。俺の目に狂いが無ければって前提は付くけど……少なくとも俺一人で戦うよりも生存確率が極端に上がるのは間違いない。


 それに金稼ぎに関してもエルがいれば困る事は滅多にないだろう。ましてや、俺の手には明らかなるチート能力がある。それを加味すれば簡単に死ぬ事は無いはずだ。


 そういう目測ができるのなら特に気にする必要も無い。とはいえ、シンと真っ向から言い合わなければいけないから心労は酷くなりそうだけど。


 だが、あの人の場合は話をせずに敵対はまず無い。もしかしたら俺の交渉次第では手を貸してくれる可能性だってある。


「それだけ私からすれば自由というものが大切なのだよ。例え、国が相手だろうと奪おうとしてくるのなら、それ相応には抗わせてもらう」

「申し訳ないですが絵空事に聞こえてしまいます。冗談でも口にする事を憚られますよ」

「絵空事、冗談……あまり気分の良い言われ方では無いな。例えリリーであっても口にして良い事と悪い事があるよ」


 何も知らない奴が言うならまだマシだ。

 でも、それをリリーが言うのか。女性の立場をあげるために貴族の娘でありながら白百合騎士団の試験を受けたリリーが、騎士団長という立場になろうと努力したリリーがそれを言うのか。


 傍から見ればその二つは絵空事に見えたっておかしくないだろう。


「シオン様も言い方には気を付けた方が良いと思いますよ。今、何を口にしているのか。よく考えなければ色々な人が誤解を」

「私の言い方の何が悪かった。自由がどれほど大切か語った事か。それとも敵対するなら抗う意思があると言った事か。もしくは国王の娘よりもリリーの方が価値があると言った事か」

「その……どれもですよ。王国の貴族の子息である時点で国王へ敵意を向けてはなりません。加えて下級の貴族の娘よりも国王の娘の方が価値があるのは当然で」

「前者はともかくとして後者を決めるのはリリーでは無いだろ。少なくとも私がどう感じているかで、その結果がリリーだっただけだ。それを他の誰かにとかく言われる筋合いは無い」


 人の好意を他人が判断するって阿呆か。

 それら全てを規制されるのなら俺は今すぐに貴族という立場を捨てるぞ。そんな人の尊厳すら否定するような生き方が正しいわけが無い。


 外聞だけの世界で生きるのは俺には無理だ。

 分かっている、小さな噂を気にする事がどれだけ精神的に辛く、自信を弱らせていく事なのかを。悪いがそんな生活は苦行の何物でもない。


「本音を言うと私は、いや、俺はエルを正妻にするつもりだ。その横にリリーもいさせる気でいる。何のつもりで拒否をし始めたのか分からないが、昨日のリリーに何度も嫁にしてくれって頼まれたからな。それを他人に、それこそリリーにも否定される理由は無いぞ。どうするのかを決めるのは俺だ。他人の価値観じゃない、俺が決めるんだ」


 淡々と言ったつもりだけど少し感情的になってしまったか。でも、別にいいだろう。


 貴族がどうとかで生き方を決められても困る。

 実際、昨日のリリーがあれだけはっちゃけたのも酒の力を借りて、本当の自分を見せたかったからだろう。


 現にリリーは否定の言葉を口にしない。

 嫌なら嫌というだけで済むはずだ。そういうつもりじゃないですって、今朝起きた時だって恥ずかしがる理由も無かった。


「どうして……そこまで言えるのですか。私のような貧相で、価値の低い女と一国の姫など比べるまでもないはずです」

「そんなに美しくて綺麗な体をしているのに貧相とは驚いてしまうね。多少の卑下は美徳だが、度が過ぎれば自慢にしか聞こえないよ」

「そこまで、ですか」


 疑心暗鬼なのか、それとも不満なのか。

 どちらにせよ、リリーが貧相だって言う人はいないだろう。もっと言うと顔の美しさなら美人揃いの異世界の女性の中でもトップクラスだ。


 そこに合わさって強さと優しさがある。

 何も知らない人と比べるまでも無い。ってか、国王の娘を娶るって事は貴族の立場を捨てられなくなるのと同義だからなぁ。捨てるかは分からないけど選択肢を減らす気はサラサラない。


「昨夜は散々、嫁の一人に貰ってくれと懇願していた割には酷い話をするじゃないか。シオン様の子供が欲しいと言っていた、昨日のリリーは偽物だったのかな」

「それは……変わらずシオン様のお側にいたいと思っていますよ。でも、私何かでは」


 これ以上は面倒な言い訳が続くだけだ。

 こういう時にシンから受け継がれたイケメン顔が使える。持っているものは有効活用して、リリーの口元を人差し指で閉ざしておく。


「ならば、それでいいじゃないか。共に人生を歩むかどうかを決めるのは当人同士。だが、最悪は公爵家の息子という身分は捨てるかもしれない。それでもいいのであれば」

「貴族という身分には飽き飽きしていたところです。シオン様がシオンとなろうと私は共に行きますよ」

「なら、いいさ。私は変な御託を並べて気持ちを隠すより昨日のように本音で話してくれるリリーが大好きだよ」

「シオン様……」


 嬉しそうにはにかみながら笑った。

 そのまま、体をゼロ距離まで近づけて……薄いシャツの上から感じる柔らかい感触が体に伝わる。そして首元に手を回してきて顔が目の前まで迫ってきて……。






「ーーごめんね。それは今は出来ないんだ」


 右手で接するのを遮った。

 したくないと言えば嘘になる。それに断るって事は今のようにリリーを悲しませる事だって理解していた。それでも、それでも……。


「私とは……嫌ですか」

「違うよ。先に約束した人がいるんだ。その約束をナアナアにしたくないだけ」


 エルとの約束を無視したくない。

 それをするのは一種の裏切りだ。仮にエルがそう思っていなくとも俺がそれを許せない。待たせておいて他の女に現を抜かすとか、俺が嫌っていた人達と少しも変わらなくなってしまう。


「待っていて。俺はエルとリリーが大好きだからさ。絶対に覚悟を決めたら自分からしにいくよ」

「……それならいいです」


 リリーはそう言って笑顔を見せる。

 そして、すぐにまた顔を近づけて……頬に軽くキスをしてきた。


「これくらいは許してください。そうじゃないとエルのようにシオン様以外、考えられなくなってしまいます」

「いや、この程度なら幾らでもしてくれ。何度も言うが消極的な姿よりも積極的なリリーの方が好きだからな」

「ならーー」


 またリリーが体を近付けてきた。

 もう少しで柔らかい感触が伝わってくる。

 その時だった。


「コホン」


 咳払いが聞こえた。

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