28話

 シャワーを浴びて少しだけ冷静になった。

 まだまだ曖昧なところも多くあるけど、冷水を浴びたおかげで少しだけ思い出せたよ。間違っていなければ……あの惨状は二人が潰し合いをした結果だったはず。


 脱いだのは俺に見合うかどうかとかで競い合ったからであって……俺から何かをしたわけではないと記憶している。というか、ほぼほぼ間違っていないはずだ。


 だって、滅茶苦茶、金が減っていた。

 それも購入履歴を見たら酒をたくさん買っているから十中八九、間違っていないだろう。後、服のポケットにメモ帳もあったからね。それを見たら二人の痴態が箇条書きされていたし。


 ……何か、これを見たら笑えてきたな。

 エルに関してはほぼ下ネタが書かれているし、リリーは家族に関しての愚痴が書かれている。それに「胸を押し当てたのに欲情しないなんて本当に男ですか」って言われたらしい。これで笑うなという方が難しい話だ。


 まぁ、いいや。

 シャワーから上がったけど二人ともまだ起きる気配が無いし、仕返しに二人の寝顔でも眺めていようかな。暖かいお茶も作ってあげようか。


 それに何にせよ、やる事は幾らでもある。

 もう八時近いけど腹も減っていないし……一人ゆっくりとコーヒーでも味わって時間を潰すか。二日酔いでは無さそうとはいえ、気分的に飲んでおいて損は無い。それに昨日の一件で珍しい物を持っている事は二人にバレているからな。


 仮にこの世界にコーヒーが無かろうともどうでもいいね。好きな物を我慢してまで生きていたくは無い。


 二人の寝顔を眺めながらコーヒーを飲む。

 日本にいた時も好んで飲んでいたインスタントのコーヒーだ。お湯を注げば簡単に飲めるから結構、重宝していた。格別に美味いとは言わないけど値段の割には飲みやすいからね。


 半分くらい飲んだけど二人はまだ起きない。

 でも、起きてくるのも時間の問題だろう。急須の中にお茶っ葉を入れて湯を注いでおく。祖母の影響で美味しく飲む方法は人並みには知っている自負がある。


 十数秒、軽く揺らしてからテーブルに置く。

 二人のために入れたけど香りを嗅いだら俺が飲みたくなってきてしまったな。まぁ、熱い時に飲めないのなら俺が飲んでしまおうか。……本音を言えば冷めた方が飲みやすいし、飲み慣れていない二人なら冷めた方が良いとは思うけど。


 とはいえ、入れたままにはしない。

 二つのコップに交互に入れる。片方が濃くならないように右左左右……といった形に入れておく。ここら辺は祖母に厳しく教えられたからな。今回のは味が濃すぎないかいって言われた事もあったし。


 まぁ、どやされたわけではないけどさ。

 それでも言われると勝手に体が覚えてしまう。買った茶葉も祖母の家にあったものだしね。他の家みたいに濃すぎず、薄すぎずの言わば中途半端にも取れる茶葉だけど飲みやすい味のはずだ。


「……おはよう……ございます」

「ああ、おはよう」


 香りのせいか、リリーが目覚めたようだ。

 とはいえ、未だに目を擦って俺の顔もしっかりと見定められていないらしい。それに自分の服とかもあまり気にしていないようだし……適当にLLサイズの白シャツを買ってリリーに投げておく。


「顔でも洗って、これを着るといい」

「……あ……はい」


 ようやく気がついたみたいだ。

 服で胸辺りを隠して頬を赤らめていた。エルが起きていたら何か言われていたかもしれないな。それだけリリーの顔や仕草が可愛かった。恐らくスマホがあったらエルとリリーの写真で埋まっていただろうね。後、マリアの写真もたくさんありそう。


「……お見苦しい姿をお見せして申し訳ありません」

「いやいや、寧ろ可愛い姿を見れてとても幸せな気分になったよ。ありがとう」

「えっと……こちらこそ、ありがとうございます」


 うん、なぜ感謝されたのか分からないな。

 確実に照れている、それを隠そうとして変な返答をしてしまったんだろう。漫画とかなら目をクルクルさせたりするんだろうけど……まぁ、これはこれで可愛いからいいや。


「そこで立っていても疲れるだろう。こっちに座ってくれ」

「失礼します」


 昨日と同じく左の席に座らせる。

 その前に熱いお茶を出してエルの方へ視線を向けた。同じ時間に寝たはずなのに疲れているのか、起きる気配が全く無い。普段でさえも俺が先に起きる方が珍しいけどさ。ここまで遅いのはやっぱり酒のせいかな。少しだけ心配になってしまうよ。


「不思議なお味ですね」

「紅茶とは違う種類の茶らしい。酒と一緒に買ってみたものだが口には合うかい」

「もちろんです。何と言いますか……すごく安心できますね」


 そう言い、ふぅ、と小さく息を吐く。

 少しでも居心地の良さを感じてくれるのなら俺としても入れた甲斐があるってものだ。内心では庶民が飲むような物を騎士団長という高貴な人が好むか不安な部分があったからね。


「その……不躾な質問で申し訳ないのですが……」

「うん、何かな」

「昨日の記憶があまり無いのですが……シオン様に何か失礼な事をしませんでしたか」


 ものすごく心配そうに聞いてきた。

 失礼な事か……うん、思い出すだけでも馬鹿みたいに出てくるなぁ。それにメモ帳を見たら数なんてもっと増えてくるだろう。とはいえ、自分にとって凄く嫌な事だったかと聞かれると違うか。


 それならプラマイゼロだ。

 何も失礼な事は無いね、うん。


「大丈夫だよ」

「本当……ですか……?」

「ああ、失礼な事は無かった」


 それで少し察してくれたみたいだ。

 恥ずかしそうな顔をして一瞬だけ俯いた。さすがに起きた時に服を脱いでいたら何かがあった事は分かるはずだしね。まぁ、別に反省を促したいわけでも無いから話題を変えよう。


 リリーとは一緒に酒を飲みたいし。


「それよりも不安な事が実はあるんだ」

「何か、ありましたか」

「私も記憶が定かでは無い部分が多くあってね。今朝の二人の姿といい、手を出していないかどうかがすごく不安なんだ」


 これに関しては本当に不安ではある。

 少なくとも昨日の発言からしてエルとリリーに手を出しても二人は怒らないだろう。というか、逆に喜ばれる気する。


 ただ問題なのはそこじゃない。

 手を出したとして、それを俺自身が認識していない事が怖いんだ。手を出してしまった以上はシオン・ルールとして二人を嫁に貰う。エルは兎も角として、リリーは貴族の生まれなのだから尚更だ。


「それは大丈夫だと思います。着替える際に確認しましたが特に身体の変化はありませんでした」

「それだといいのだけど」

「寧ろ、私のような存在に手を出さなくて良かったと思いますよ。あまり私自身が言いたい事ではありませんがシオン様と釣り合うような存在ではありません。私よりももっと良い女性が多くいます」


 すごく悲しそうな顔をして続ける。

 酒を飲んでいた時とは大違いだな。個人的には自信満々に誘ってきた昨日の方が好きだ。


 それにもっと良い女性ね。

 無い事の証明なんて不可能に近いし、エルとリリーなら間違いなくエルの方が好きだから否定はしない。だけど、そこまで卑下されても俺としては嬉しくないな。


「えらく、自信が無いね」

「自信が無いというよりも事実を述べているだけです」

「事実……」


 何となくリリーの言いたい事が分かった。

 だから、どういう顔をすべきか分からない。


「そうです、立場の違いからして私は襲われていたとしても何も思いません。それ程にシオン様の存在意義や価値が高いのです」

「高々、公爵家の三男だぞ。所詮は家督を継ぐ可能性すら低い男に、何故そこまでの価値がある。騎士団長であり貴族の血を引くリリーとは大して差が無いだろう」

「ルール家が王族の血を引いているからですよ。ましてや、シオン様は後々、本家との婚約も済ませる予定です。それ程までに期待されている存在である事を忘れてはいけません」


 あー、やっぱり身分の違いに関してか。

 立場の低い貴族の娘と公爵家の息子となると身分の差があるから畏多いってことか。もしくは俺に公爵家の息子としての務めを伝えようとしている、とかもありそうだな。


 うーん、本当に昨日のリリーらしくないな。

 しっかりと頭が回っていたり、感情で動いたりしないからこういう返答ができるのだろう。単に貰ってくださいと言えば済む話を身分の違いから引きますとは……気分の良い話じゃないな。


 それに悲しそうな顔をして言われても……。

 おいそれと分かったなんて言えるわけが無いだろう。


 本家との婚約とか死ぬ程、面倒臭い。

 だってさ、俺はルール家であって、ルール家の人間じゃない。ましてや、貴族という存在が居心地が悪くて好めないんだ。恋愛に関しても兎や角、言われるようなら余計に、な。


 何故に勝手に相手を決められなきゃいけない。

 俺からしたら、いや、リリーからしてもそんな理屈……面倒この上ないだろ。

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