25話

少しだけ汚い表現がございます。

苦手な方は想像力を捨ててお読みください

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 飲み始めて一時間は経っただろうか。

 開けた甘口の日本酒は既に空になっており、旨口の日本酒も底が見え始めるくらいには飲んだ。ツマミもかなりあったけど酒が進んだせいで残り僅かしかない。


 俺の酔いは、まだマシな方だろう。

 二十歳になってすぐの友人との飲み会の時に比べれば大して変化は無い。あるとすれば少しだけ頭がボヤっとするのと歩く時に軽いホワホワとした感覚があるくらいだ。


 それに対してエルは……。


「シオンさまぁ」

「どうかしたの」

「呼んだだけですよぉ」


 良い感じに出来上がっていた。

 泣き上戸、笑い上戸とある中でエルは甘え上戸か何かなのだろう。普段のクールでありながら言葉で甘えてくる感じとは違って、素直に甘えてくるからこっちがドキドキしてしまう。


 大きめの胸をわざとらしく腕に絡みつけてきて俺じゃなかったら確実に襲われている。元の俺なら間違いなくベッドに押し倒していた自信があるくらい可愛くて直視できない。


「シオンさま、おかわりをください」

「もうそろそろでやめた方がいいんじゃないかな」

「いやです! シオンさまともっと飲みたいです!」


 少しだけ舌っ足らずなのがまた……。

 うーん、エルが飲みたいと言うのであれば別に飲ませてあげるけど……いや、でもさ、それでベッドの上で吐かれたらどうすればいいんだ。


 俺は知っている、ってか、実体験だ。

 飲みすぎて体調が悪くなる。まぁ、ここまではよくある話だ。だけど、本当に飲み過ぎたやつって言うのは、その後にもう一つの山場があるんだよな。


 それは俗に言う寝ゲロというもの。

 吐きたくても吐けない状況になったら本当にヤバいんだ。それこそ、一人で眠っている時とかに寝ゲロ状態になるとマジで死にかける。横向きになればいいとか対策として言う奴がいるけど、体調が悪い人はより楽な体勢を探すからな。その体勢が仰向けの人だって少なくない。


 ましてや……いや、それ以上はやめておこう。

 他にも色々と危険性があるからエルに飲ませるのはここまでだ。……あ、ってか、今のエルにならあれが効くんじゃないか。酔っ払った友人にやって効いていたから可能性は高いだろう。


「分かったよ、今からお手製で飲みやすいのを作ってあげるから少し待ってくれ」

「はーい」

「一応、今のうちに少しだけ水を飲んでね。まぁ、私の事が嫌いなら飲まなくてもいいけど」


 ちょっとだけ脅したら静かに飲み始めた。

 やっぱり、こうやって言うと何も言わずに従うんだなぁ。……洗面所まで来たおかげで少し冷静になったけど結構すごい事を言ってしまった。私の事が嫌いならって、メンヘラみたいだし好きなら従えって事でしょ。


 うん、酔っていなかったら言えないな。

 素面しらふじゃないからこそ、表情を変えずに言えたわけだし、それにエルの反応を見るのも出来なかっただろう。飲んでくれたって事は好き方面だろうからね。


 と、一応、できたみたいだ。

 市販のパイナップルジュースとオレンジジュースに絞ったレモン汁を混ぜたものだ。一応、氷も入れているから冷たくなっているはず。


 酔った奴って舌が馬鹿になるからね。

 本当に酔っ払ったら案外、普通の水と水割りの焼酎の違いが分からなくなる人も多いんだ。それにこのレシピは俺の友人すらも騙した至高の一品。きっとエルすらも騙せると信じている。


 バレたら恥を捨てて「嫌?」って聞こう。

 もう、ここまで来たら多少の恥はどうでもいいだろう。起きた時の俺が悶えればいいだけだ。


「作ったよ」

「これは……?」

「これも聞いたものなんだけど"かくてる"っていうものらしい。お酒と果実酒で作るものって聞いたから飲んでもらおうって思ったんだ」


 上手い言葉が思いつかない。

 まぁ、作ったって言ったら嬉しそうにしているから別にいいか。酸味の強いドリンクだし日本酒の時のまま塩味の強いツマミを出せばいいよね。本音を言えば俺はまだ飲む気でいるから塩味の強いツマミが欲しいんだよ。


「一緒のものを飲んではくれないんですか」

「言わばこれは実験みたいなものだよ。主である私が不味いものを飲むわけにはいかないだろう。それをエルが先に飲んで美味しい事を確認する事で私が安心して飲めるんだ」

「じゃあー、飲みます」


 そう言ってちょびちょび飲み始めた。

 エルの場合、この飲む頻度が高いからすぐに無くなるんだよなぁ。現に甘口の八割を、旨口の七割を飲んだのはエルだ。飲みきる度に少し恥ずかしそうに「注いで欲しいです」って甘えてくるから俺も調子に乗って……。


 うん、次からは飲み切ったら水を出そう。


 それにしても文句の一つも言わないな。

 やっぱり、アルコールが入っているか分かっていないんだろうね。飲んでは甘えて、飲んでは甘えての繰り返しをしてくるだけだし。本当に少し気を抜けば欲情してしまいそうになる。


 気を取り直して追加のツマミを出してっと。

 おし、次はこの二種類だな。というか、本当に俺の好みでしかないんだけど……キュウリの浅漬けを皿に乗せて端に練りカラシを置いたもの、それとポテトチップスの二種類。


 これなら「何ですか」と聞かれても大丈夫だ。

 どうやって準備したのって聞かれたら作ったって言えるし再現も出来る。とはいえ、商品と同じ味は作れないけどね。似たものなら準備はできる自信があるってだけだ。


 とりあえず辛口の日本酒を注ぐ。

 浅漬けを口に運んでから日本酒を一口だけ喉に運ぶ。個人的には肉と一緒に飲みたいけど作るのも面倒だしいいか。それにエルの甘え顔を見るだけでもツマミになるからどうでもいいとさえ思えてくる。


「あーん」

「ん……んふふ」


 浅漬けをエルの口元に運んだら素直に食べてくれた。ちょっとだけカラシをたくさん付けておけばよかったって思ってしまう。


「そういえば聞きたい事がありました」

「うん、何」

「アイって誰だったんですか」


 やっば、油断していた。

 危うく口に含んだ日本酒を放出してしまうところだったよ。なるほど、エルはエルでずっと考えていたんだな。自身と同じくらい大切な人って誰なんだろうって。


 それを隠さずに言うあたり本当に酔っている。

 いつものエルなら我慢して聞いてこなかっただろう。気になっていても詮索しないのは従者として必要最低限のマナーみたいなものだし。とはいえ、聞かれたからには返答しないとな。


 でも、真実は話せない。

 アイツの話なんてしたくもないし、したとして自分の立場が揺らぐだけ。あの時に名前が出たのだって俺に未練が残っていたからだ。それを理解した時点でそんなもの捨てている。だって……。


「二度と会えない女性だよ」

「それって……」

「夢の中で一度だけ見た可愛い女の子さ。それが頭の中に残って離れていなかったんだと思う」


 最後の方は嘘だけど……信じて欲しい。

 俺から言えるのは嘘だと分かっていても騙された振りをして欲しいってだけだ。信用していないからでは無い、単純に話したくないってだけ。エルが忘れて欲しいと言うのならもう口にはしない。


「後さ、もうその子には興味が無いんだ。変に記憶が残っていただけで今となってはエルの方が大好きになっちゃったからさ。本当にどうでもいいんだ」


 エルの頬に唇を付けて笑う。

 口にしたわけじゃないからセーフのはずだ。


「大好きだよ」


 エルの事を強く抱き締めて頭を撫でる。

 本当に悪い男だよ。こんな事をしてもエルの言葉の回答にはならないというのに。それなのに何も文句を言うなって行動で伝えているんだ。

 でも、エルは優しいから俺から離れない。


「私の方が大好きです。きっとシオン様以上に愛おしく思える男性なんて現れません。そう思える程お慕いしております」

「そっか、大丈夫だよ。エル以外を嫁に貰うことはあっても一番はエルしかありえない。今ここで誓いとして約束したっていい」


 そう言ってエルの顎に手を当て上げてみる。

 そうしたら少し涙目で、それでいて笑っているエルがいた。今にも泣き出してしまいそうになりながら抱き着いてくる。顔を見られるのが恥ずかしかったのかもしれない。でも、可愛いから意地悪をして顔を見てしまう。


「すいません、私おかしいですよね。こんなシオン様が口にしただけの女性を気にするだなんて。本当なら女性に興味を示すことの方が当たり前だと言うのに、他の女の事を考えていると思うと嫌なんです」

「別にいいんじゃないかな。それすらも可愛いと思えてしまう程にエルの事が大好きだからね」


 まぁ、嫌われたらどうしようとは思うけど。

 マリアばかりを意識していたけど案外とエルにもヤンデレの素質があるらしい。だからこそ、嫌われたら真面目に「貴方なんて要らない」って消されてしまいそうで怖くなってくる。


 いや、割と素で話しているから大丈夫か。

 そこら辺は後々、考えていけばいい。こういう時に長続きさせるコツは嫌だって言われたら直すって聞いたよな。逐一、謝ったりしよう……あれ、それって普段と変わらなくないか。


 はぁ、これも気にしても意味が無いな。

 エルをもう一度、強く抱き締めて頭を撫でる。


 その時だった。


「失礼します。本日の報告に」


 部屋の扉を開けたリリーと目が合った。




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ちなみに作者は寝ゲロした事があります。

本当に大変でした……(遠い目)

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