26話
一言で言って、ものすごく気まずい。
ポカーンとしているリリーも、エルを抱きしめながら目が合ったままの俺も、加えて静かな空気から何となく察したであろうエルも何も話せないでいる。
正直言って何をすべきか分からない。
少なくともエルから離れるべきなんだろうけど、何故か強い力で掴まれて逃げられないからね。それもあってどんな反応をすべきか本当に分からない。
「何の用ですか」
おいおい、強心臓か何かなのか。
リリーの方をチラリと見る事もなくエルがそう言いきった。普通に考えたら俺を離して、リリーを見てから場を取り繕うはずだ。なのに、それらを一切しないで威圧をかけるように聞いている。
「お楽しみ中とは知らず申し訳ありません」
「ええ、大丈夫ですよ。とはいえ、好き勝手やっていますね」
「いえいえ、このような時間に楽しまれているとは考えてもおりませんでした。いつものシオン様であれば御趣味の時間に割かれておりましたから。それにシオン様の隣に貴方がいるのはいつもの事でしょう」
うーん、すごい嫌味ったらしい言い合いだ。
直訳したらエルが「部屋に入る前に色々とやれる事はあったよね。なのに、しないで勝手に入って来たんだから許せるわけが無いよ」って感じかなぁ。
それに対して「まだ早い時間だからイチャイチャしているとは思わないよね。それにエルはいつもシオンと一緒にいるのだから気配とかで探れるわけも無い。それで分からないと怒るのは勝手過ぎて呆れてしまうよ」とかだろうか。
どちらにせよ、目を合わせていないのにバチバチとやり合っているのだけはよく分かる。
「まあまあ、リリーは仕事をしているのだから責めるのは見当違いだよ。それに私とエルがこうして酒を飲んでいるのも今日が初めてだ。責められるべきなのは寧ろ酒を誘った私の方だよ」
「いえ、そんな事はありません。問題なのはノックもしていたのに反応一つしなかったエルです。それに仕事のためにシオン様に報告に来たわけでもありません。全てはエルが静止をすれば済んでいた話です」
「へぇ、それは本当の事なの」
エルに聞いてみたけど無視された。
というか、抱きしめる力を強めてくるだけで小さく鼻歌を歌っている。……うん、この反応からして分かっていたな。いや、それもそうか。エル程の人間が酔っているからといって気配を探れないわけが無い。
俺は分かっていなかったけど……。
だったら、完全にコッチの落ち度じゃないか。いつからいたのかは知らないが報告を聞き終わってから飲み直せばいいし。
「……済まないね」
「シオン様のせいではありませんよ。元より自分の都合の悪い事は知らないフリをするような人ですから」
「あの時はリリーのせいじゃないですか。こういう時に過去の事を
「私の前で喧嘩をしないで欲しいかな」
遂に俺を離して目を合わせ始めた。
本気でやり合い始めそうで怖い。申し訳ないが二人がここで戦い始めたら街一個が楽に消えてしまうからな。シンでもいれば別だが武力で止められる人がいないのなら立場で止めるだけだ。それでも駄目なら……。
「エル、あまり酷い事を言うのなら旅の間の私の付き人をリリーに変えるぞ。喧嘩をして貰うために共に依頼を受けたわけでは無いと、分かっていないわけが無いよね」
「……分かりましたよ。出来る限りしないようにします」
「エル」
「リリー、すみませんでした。久方振りに積極的なシオン様でしたので頑張れば襲っていただけるかと思い、あのような事を言ってしまいました」
うんうん、謝れば良し……。
じゃないな、待て待て……積極的なって何を言っているんだ。単純に一緒に酒を飲みたいと言っただけだろうに。もしかして、今日一日を通してデートをした事が積極的だと言いたいのか。
アレか、遠回しにマウントを取っているんだ。
酒を飲めば人の性格が分かるとは聞いていたけどエルの場合は見たくなかったな。……いや、嫌味じゃなくて本心で言っている可能性は僅かにあるけどさ。
「詫びとしてリリーも一緒に酒を飲まないか。実は珍しい酒とツマミを手に入れてね。報告なら飲みながらでも話せるだろう」
「私は嬉しいですが……」
「エルなら私が一言言えば了承する。それでも尚、嫌味を言うのであれば私としても考えがあるからね」
エルの顔色を伺っているようだし。
ここまで言えばさすがに文句は言わないだろう。エルも特に何も言わないけど抱き着いてきたし、きっと問題は無いはずだ。
「飲みたいか、飲みたくないかで話をしてくれ。酒が苦手と言うのであれば別に違うものを用意する」
「シオン様から勧められたものを飲まないわけがありませんよ。それに酒に関しては大好物です」
「そうか、なら、好きに座ってくれ」
エルと同様、寝間着に近いからな。
後は飲み終わって部屋に戻ったら勝手に寝てくれるだろう。いや、自信アリげなようだしリリーなら酔わないかな。どちらにせよ、俺にとっては得な部分があるしいいや。
「……って、隣に座るんだ」
「はい、こちらの方が飲みやすいですから」
うん、良い笑顔だね。
でもさ、俺の反対に座るエルの顔を見れないんだけど。すごい威圧感を背中で受ける羽目になって本気で怖い。
ってか、リリーも本当に化け物なんだな。
明らかに俺以上の威圧を受けているはずなのに平気な顔をしている。多少の冷や汗とかは流してもおかしくないのに喜びながら肩を付けてきたし。
その度にエルの顔が見れなくなってくるけど。
「おいしょっと」
「これは……」
「うん、珍しい酒だよ。左から甘口、辛口、旨口で分かれているんだけど……まぁ、聞くよりも飲んだ方が分かるか」
新しいコップを出して入れる。
今回も三種類の酒と水の四つだ。それを注いでリリーが飲むのを待つ。……と、その前に……。
「エル、君は飲んじゃ駄目だよ」
「少しだけですよ」
「駄目です。カクテルの方が度数が低いんだからそっちにしなさい」
唇を尖らせても駄目なものは駄目です。
それにまださっきのが残っているから止めておいて間違いは無いだろう。幾ら可愛くても酔っている人にこれ以上、飲ませる気は無い。
ってか、リリーはリリーでもう飲んでいるし。
しかも酒と水を行ったり来たりで……うん、用意したものだけで飲み方を察してくれたみたいだ。いや、この世界でも同じ飲み方をしているだけの可能性もあるか。
「どれも美味ですね」
「それは良かった」
「私の飲んだ事のある物とは全然、違って本当に美味しいですよ。個人的には真ん中の味が良いですね」
となると、辛口か……ふむ、いいね。
エルは甘口、リリーは辛口で今度、飲む時も分けて飲んでもらえる。それにツマミをたくさん買う良い理由になるからね。
「本来ならば辛口に合うツマミもあると思うが生憎とあるのはコレだけでね。次はより美味しく飲めるように尽力するから我慢してくれ」
「我慢なんてしていませんよ。それにシオン様の手を煩わせるつもりもございません。共に飲めればそれだけで有難い限りです」
「でも、美味しく飲めて悪い事は無いだろう」
立場がどうとかは悪いが面倒臭い。
こうやって飲んでいる時は本当の意味で無礼講であるべきだ。馬鹿みたいに飲んで、馬鹿みたいに酔って、吐きながら互いに助け合う。本当に酒を楽しむってそういう事だと思っている。
「さてと、飲みながらでいいから報告を頼むよ」
「はい、ええと、まずはーー」
リリーの報告を聞きながら酒を飲む。
聞いた話では二人は順調に成長しているという事、加えて白百合騎士団の試験を受けたとしても合格できる程の戦闘の才能がある事を話された。それとバールに関しても多少は話されたが……。
正直、どうでもいい。
簡単に纏めると暗殺者を雇った可能性が高いという話をされた事と、それとルフレが対談をした時に話をする気が無い事を察したらしい。つまり戦いは避けられないって事が分かったって事だ。
それを踏まえて……。
リリーは引き続き二人の警護をする。エルは俺の警護をするって形でリリーから頼まれた。それを聞いた途端にエルも機嫌を直したしリリーが気を遣ったのだろう。
「って事で、お酒を楽しもうか」
「おともさせていただきます」
甘口の日本酒を一口、含んで飲む。
夜はまだまだ長いらしい。
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