24話

 もう少しだけ時間を潰したかったな。

 立場上、人の多い場所にいるのは危険があるからサッサと逃げてきたが……まだまだ楽しめそうな物はあったから残念ではある。それこそ、フリーマーケットみたいに色々なものを売っている場所とかもあったからね。


 まぁ、気にするだけ無駄か。

 ここにはまだまだいるからな。その間に暇があれば回ってみればいい。今度は俺の姿とかを変えられるような物とかを使っておこう。そうしたら下手に絡まれることもなくなるだろうし。


 とはいえ、今日はまだ終わりそうもない。

 夕暮れになる少し前だから外を回るのも微妙な感じだ。変に食事を外で取るよりも宿で出る飯の方が美味しいだろうからなぁ。うーん、やっぱり、面倒事を避けたいし帰った方がいいか。


 で、帰ってきたわけだけど……。

 運良くか悪くか、まだ俺とエル以外誰も戻っていなかった。アンジェやアンナと共に食事を取れないのは悲しく思うが、ルフレに絡まれないと思うと少しだけ悪くは無い。


 サッサと二人で食事を済ませて部屋へ戻る。

 明らかに一人で過ごすには広い部屋だ。ベッドも俺とエルが一緒に寝てもまだ広いくらいには大きい。その部屋の真ん中にある椅子を手に取り引いて座る。


 そのせいでエルが隣に座り体を委ねてきた。

 このままボーッとするのも悪くは無いけど、さすがに他にも試したい事があるから我慢だ。いつものように欲しい物を検索して幾つか購入しておく。


「これは……」

「酒だよ」


 端的に返して出した酒のラベルを剥く。

 説明もしなかったからエルも察して特に追求してこなかったから楽でいい。今のところは詳しく説明して俺の身元がバレるのは避けたいからな。ぶっちゃけ、バレる危険性が高まる行動だからな。


 日本酒なんて異世界には確実に無いだろう。

 それでもこうしているのはエルから信用されたいからだ。秘密にしたい事は隠し続けるが全てを内緒にしていても過し辛くなるだけだからな。


 それに今回の出した酒も俺が日本にいた時に好んで飲んでいた三つの日本酒だ。辛口と甘口、それと旨口の中で飲みやすかった物を出しているから何かは当たる自信がある。


 少なくとも焼酎やハイボールとかよりは飲みやすいと思う。俺は俺で日本酒を好んで飲んでいたのは他の酒よりも飲みやすかったからってだけだし。一応、少し高めのワインも買ったから無理そうならコッチを飲んでもらおう。


「悪い人ですね、お酒は十八を過ぎてからですよ」

「その罪を背負ってでもエルと飲みたかったから出したんだよ。もしかして、酒は苦手だったか」

「いえ……嗜む程度には好きですよ」


 飲む準備を整えているせいで顔は見れていないが本当に嫌いでは無さそうだ。仮に好きなら俺としては飲む相手が出来て嬉しいけどな。


 とりあえず、ツマミは生ハムとチーズのみだ。

 本音を言えばイカの塩辛を出したいところではある。だけど、それに関しては本当に出したらダメだ。間違いなく異世界にはないものだろうし、何より好みがハッキリと分かれすぎる。


 俺も兄さんも最初は大嫌いだったよなぁ。

 それが父さんに無理やり食べさせられ続けている内に好きになっていったっけか。思い出すと本当に懐かしくなってくるよ。母さんが蒸してくれたジャガイモに少しのバターと塩辛を乗ってけて食べて……。


 って、今は郷愁に浸っている場合じゃないか。

 一人の時にでも食べればいいさ。何も一人でいる時間はゼロじゃない。エルにも一言、一人になりたいと言えば放ってくれるだろう。


「ちょっとしたコネで手に入れたツマミだ。買った時には"異世界の味を元にした"と言っていたし楽しみにしていいだろう」

「……つくづく、一緒にいて謎が増えていく人ですね」

「謎が多い方が魅力的だとは思わないかい。それにこのコネも生き返ったからこそ、手に入ったものだからね。今は今の俺として毎日を楽しむだけさ」


 訝しむ……って事は無いみたいだな。

 と言うよりも、より好意的に接してくれている気がする。出された物も興味深そうに見ているから食べたいんだろう。……実のところ俺も故郷の味が食べたくて飯を食べたというのに腹が鳴り始めている。


 小さなコップを計八個出して並べてっと。

 一つは口直し用の水を入れるコップだ。他に三つの日本酒を二口程度注ぐ。俺の方には甘口の日本酒を多めに注いでおいた。辛口を飲むのなら肉系等を、旨口を飲むのならポテトチップスとかを摘みながらって決めているからな。


「じゃあ、初めての味を楽しんでみようか。説明で聞いた時には右から辛口、甘口、旨口って分けられているらしい。好きなのを飲んでみてくれ」

「……少し迷いますね」


 そう言いながら取ったのは辛口だ。

 まぁ、個人的には一番、好みが分かれる味だな。知り合いも甘口は好きだけど辛口は嫌いって人が結構、いたし。……ぶっちゃけ、ツマミ次第ではどれも美味しく飲めるんだけど。


 俺も辛口を手に取ってエルと共に呑む。

 うーん、やっぱり、美味しいな。この喉と胸辺りが少し熱くなる感じ。酒を飲まないと得られない独特の感覚だろう。


「美味しい?」

「……ふふ、シオン様に注いでもらって美味しくないわけがないじゃないですか」

「だったら、嬉しいよ。一旦、こっちを飲んで口を直してくれ」


 水で完全に直るとは言わないけど続けて飲むよりは味の違いを楽しめるはずだ。


 次は甘口を飲むらしいから手に取って飲む。

 一番、馴染みのある味だ。まさか、異世界でも飲めるとは本当にビックリだな。一升瓶で二千円程度だから割とリーズナブルなのに、値段に合わないくらいには飲みやすい俺が好きだった味。


 まぁ、味で言えばもっと好きなのはあるけど。

 それこそ、獺〇だっさいとか万〇まんじゅとかは高いからイベント事の時にしか飲めなかったな。ただ値段に見合うだけの味は間違いなくあったからもう少し稼ぎが出たらエルと飲もう。


「先程よりも飲みやすいです」

「ああ、私もコッチの方が好きだな」


 度数が高いからグビグビとは飲めない。

 でも、多く注いで問題がないくらいにはやはり美味しい。生ハムを一つとって食べてから水を飲む。生ハムの中でも少し塩気が強い奴だったからな。こういうのが日本酒に合って味を楽しめるよ。


「これは……甘口よりは甘くないですね。でも、辛口程の癖はなく飲みやすい」

「これはこれで美味しいね」

「はい……葡萄酒とは違った味ですごく美味しいです」


 ワインだと酸味とかもあるからなぁ。

 それと比べると確かに大きな味の違いが日本酒にはあるだろう。ただ、この反応からしてワインは出さなくても良さそうかな。これは今度、飲む事にしよう。


「どれが好きだった」

「どれも好きですが……強いて選ぶのならシオン様と同じく甘口ですかね」

「そっか、それは嬉しいな」


 これからを共にするとなれば食べ物の趣向が合っていて問題になる事は無いだろう。それこそ、物によっては「この調味料の味が苦手で」とか、「この食べ物は嫌いで」とかが起きたら配慮しなくちゃいけなくなるし。


 面倒では無いけど食べられる種類は間違いなく減ってしまうからな。そういうのが少なくて悪い事は絶対に無い。


 エルの空いたコップに甘口の日本酒を多めに注いで少しだけ身を委ねてみる。色んな良い匂いがして心が落ち着く。一人の時は酒を楽しむと言うよりは寂しさを紛らわせるために飲んでいた側面があったからなぁ。


 うん、やっぱり……。


「エル」

「何でしょう」


 俺の頭の上に頭を乗せてきた。

 少し動いたせいで余計にエルの香りが鼻を通ってくる。ちょっとクラっとしたのはきっと酒のせいだろう。


「お酒、美味しいね」

「ええ、とても美味しいです」


 そう言ってエルは一つチーズを口に運んだ。

 顔は見えていなかったけど小さく「本当に」と口にしていたから外れていなかったのだろう。それを聞いて体を少しだけエルから離して横顔を眺める。


 それを見ながら、もう一口酒を口に運んだ。

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