23話
調べた感じ、詩人がいるのは広場だ。
この街の真ん中にあるらしいが詩人以外にも色々と楽しめそうな雰囲気だし、悪くないだろう。でも、さっきの件からして変にエルに頼み事は出来なさそうだ。また絡まれないか少しだけ不安だが気にしても仕方がないか。
しっかりと調べたからいるのは間違いない。
だけど、仮にいなかったとしても時間を潰す事はできるだろう。最悪は宿に戻って違う方面で楽しませればいいか。貞操に関わる事以外なら特に何が起きても問題は無いし。
ふむ、どうせ、夜も同じ部屋だ。
その時に少しばかり違った事をしてみようか。それこそ、気分的には久しぶりに酒が飲みたいからな。エルの反応を探る目的も含めて静かに楽しむのもアリだろう。
問題は……酒の種類とツマミか……。
あー……考えない方が良かったな。もう口がたこわさを食わせろと叫びそうになってきている。たこわさをツマミに甘口の日本酒を口に含んで談笑を続けるとか……最高過ぎる一日の終わりじゃないか。
「どうかしましたか」
「いや、帰ってからエルとしたいことを考えていただけだよ。別に変な事は考えていない」
「変な事を考えていない人はそう言いませんよ。もしかしてですが遂に私を襲う気にーー」
「それはこれっぽちも考えていなかったね!」
危うくトリップされるところだった。
とはいえ、これも一種の場を和ませるための冗談みたいなものだ。それに今は調子に乗らせておいて、ここぞという時に襲えば余裕そうな表情を壊せるだろうしな。
「なるほど、吟遊詩人ですか」
「ああ、詩ならエルも楽しめると思ったんだ」
「つまり、他意は無いと」
他意は無い……とは、どういう事だろう。
もしかしてだが、何かエルが心配するような不都合な意味を含んでいるのか。だとしたら、今からでも他の事をした方がいいよな。エルとの仲を割くような意味なら行く理由も無いし。
「あまり良い意味では無いのならやめよう。エルとなら他にもしたい事は多くあるからな。わざわざ詩に拘る理由も無い」
「いえ、私の気持ちとしては行きたいです。ただ」
珍しくエルは言い淀んでしまった。
言葉からして俺の思うマイナスなイメージでは無いんだろう。……もしかして、俺の考えとは真逆な意味だったのか。だとすると……。
「婚約、とかの意味でもあるのか」
「……お付き合いをしている男女が詩を聞くという事は、平民の中では男性が女性に対して生涯を共にして欲しいと言っているのと同じなんです」
「ええーと……そこまでは考えていなかったな」
なるほど、それは確かに言い淀むよな。
大切な事を生半可に言われたら嫌なのは人なのだから違う世界に行こうと変わらない。まぁ、俺からしたら知らない文化だから簡単に口にしてしまったわけだけど。
ただ何がどうしてそういう意味になるのか。
そこら辺は文化の問題だろうし特に何も言わないが不思議で仕方が無い。何なら、それでレポートを書きたいくらいだ。……まぁ、本格的なレポートの書き方なんて分からないけどな。
「エルと生涯を共にしたいと思うが、それは追追だ。今はエルとの思い出を作りたかっただけで、特にそれ以上は求めていない」
「……それなら目一杯、楽しませて頂きます」
「ああ、今はゆっくり楽しもう」
そこら辺は少しも否定する気は無い。
でも、今度はしっかりとその意味を含んだ上で言いたいからな。とりあえず、エルと一緒に俺も目一杯、楽しませてもらおう。
にしても、これで恥ずかしがるなんて……。
やっぱり、化け物レベルに強いところ以外は本当に可愛いな。顔も綺麗で、性格も良い、加えて素振りも可愛いなんてケチの付けようがないじゃないか。
シオンとして転生しなかったら出会えなかったと思うと……そこは死んでよかったなって思えるよ。
「こんにちは、もう準備って整っていますか」
とりあえず、目的の吟遊詩人は見つけた。
イメージでは清潔感のあるイケメンとか、綺麗な女性とかだったけど、実際は淡い栗色の長髪をした男だった。ボロボロの汚らしい服を見ると声をかけるのも躊躇ってしまう。
「……準備なんてしなくとも充分だ。それにしても俺の場所に来るなんて酔狂だな。俺が何をするのか知っているのか」
「ええ、吟遊詩人ですよね。それも凄腕の」
マップで見たところ評価は高かった。
人間性の部分は分からないが……それなりに能力は高いはずだ。とはいえ、男は少しばかり疑いの目を向けてきている。
いや、これは俺を値踏みしているのか。
どちらかは分からないけど……両方の意味を持っていてもおかしくない目だ。あまり良い心地はしないが気分を害しても意味は無い。笑顔を返して男の反応を伺うか。
「驚いた、見た感じ子供にしか見えないが知っているとはな。……凄腕かは分からないが詩には自信がある」
「それなら是非、聞かせてください。あまり詳しく無いので……そうですね、貴方のオススメを聞いてみたいです」
「……お前を見て合いそうな物を歌えって事だな。難しい事を平然と言ってきやがる」
ジロジロと俺とエルの顔を見てくる。
面倒くさそうな表情をしているけど、数回、視線を行ったり来たりして、ようやく何を歌うか決めたようだ。アーアーと小さく声を出して一回、大きく咳払いをした。
それを見て俺も二つの椅子を取り出す。
袋から取り出したとはいえ、子供の見た目をした男が何も無いところから椅子を出したからか。男は一瞬だけ目を細めて大きく深呼吸をした。歌が始まる事を察して椅子に座って男を眺めていた。
不意に不思議な事に楽器の音が聞こえ始めた。
これも声で表現しているのか、と最初は思ったがそういう訳ではないだろう。声で表現するには明らかに聞こえる音の数が多すぎる。複数の楽器でようやく出せるような音楽が流れているんだ。
これだけで評価が高かった理由も納得できる。
自然と拍手をしたくなるような、それだけ美しい曲が流れる。そんな中で不意に柔らかな、男性とも女性とも取れるような中性的な声が響く。
ーーいつか見た湖の消える泡沫のようにーー
そんな歌い出しから始まった。
長く付き合った幼馴染が呪いによって龍へと変わり、少女のもとから去っていく。聞いているだけだとそれだけの曲なのに……なぜか胸へと突き刺さってきた。
言葉が綴られれば綴られる程に感情が揺さぶられる、少し不思議な感覚だ。悲恋の曲に近いからかもしれないが、少しだけ悲しみを覚えてしまう。
その中で女性の顔が頭に浮かび消える。
エルの顔が出ては消え、そして、思い出したくなかった人の顔も浮かんでくる。
龍の恋人を永遠に失ったように、二度と会うことが出来ない女の子。
「シオン様」
そんな時に後ろから抱き締められた。
安心する香り、包まれる事で感じる優しさ。
大好きなエルがより好きになる、フワフワとした酔いに近い感覚。でも、分かる。酔いに近いけどエルをもっと好きになる事は変わらないって。
何となく男の評価が高かった理由が分かった。
これだけ男女の距離を縮められるのなら間違いなく市民は重宝するだろう。抱き締めながら「好きです」と好意を口にしてくれるエルを見ると今日一日の嫌な事全てを忘れられる。
「ーーと、どうだった」
歌の時とは打って変わった声で現実に戻される。
どうだった、か……答えなんて一つだろう。来て正解だったと思えるくらいに良かった。間違いなく日本の時とは違った意味で良い娯楽に出会えたと思う。
「……やけに多いな」
「それだけ良い物でしたから」
そうは言っても小銀貨五枚だけだ。
まぁ、確かに一曲に対して五千円は普通に考えて高いか。それでも、さすがはプロだ。言葉では多いと言いながら眉一つ動かしていない。
「感情が揺さぶられる良い声と詩でした。自分でも驚く程に色々と物事を考えさせられて。……きっと、そこまでできる人はそういないんでしょうね」
「いるかもしれないが俺は知らないな。他の奴になんて少しも興味が無いし」
照れ隠しでもなんでもないのだろう。
サラッとそんな事を言ってのけて俺の目を見つめてきた。
「吟遊詩人は人の心を揺さぶる職業だからな。曲の内容によって内に秘めた感情や考えを吐露させるんだよ」
「……というと」
「アンタ、二人の名前を口にしていたぞ。エルと」
心臓が一度だけ大きく跳ねた。
「アイ」
想像していた通りの名前。
だからこそ、返答する事ができなかった。
「まぁ、最初に出たエルとかいう女の方が大事なんだろうな。アンタの連れが喜んでいるところを見るに特に問題は無いと思うぞ」
「……お節介、ありがとうございます」
「ああ、モテる男っていうのは辛いもんだな。ここに来たのも連れに言われたからだろ」
変な方向に察してしまったらしい。
詳しい事は知らなかったとはいえ、別にエルに連れてこられたわけじゃないんだよなぁ。
「いえいえ、自分の意思ですよ。それにエルよりも大切な女性はいませんから」
「ふーん、となると、自分で愛しているかどうか確認しに来たのか。本当に物好きなんだな」
若干、馬鹿にするように言ってきた。
それにしても……一曲だけだったとはいえ、少しだけ人の数が増えてきたな。男の詩を聞いていた人が興味を持ったんだろう。まぁ、こんな場所でゆっくり楽しむ事も出来ないか。
「また聞きに来たいので名前を教えてもらってもいいですか」
「ドミニク、どこにでもいる名前だからな。覚えやすいだろ」
「ええ……また来ますよ、ドミニクさん」
マップにあるドミニクに点をつけておく。
忘れないようにって意味で付けたけどよく考えてみたら少しキモイな。男の行動を監視するのって異性でもキツイように思うし。まぁ、近くに来た時に見るだけにとどめようか。
今は人混みから逃げる事を先にしないとね。
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