22話
まずは……どこへ行こうかな。
ぶっちゃけて言えば、異世界ならではのデートの仕方なんて知らない。日本なら定石とかがあるだろうけど……この世界に映画館とか、カラオケとかがあるとは思えないしなぁ。
ってか、この世界にも歌はあるのだろうか。
いや、歌はあるのは知っているんだ。ただ日本と同じような人の心を昂らせて楽しませる歌があるとは思えないんだよな。
エルから聞いた歌は踊子とかいうジョブの人が仲間にバフをかけるために歌うってだけだったし。後は詩人とかが歌う
とはいえ、詩人とかは割とありだ。
この街はある程度、大きいから吟遊詩人が稼ぐために訪れている可能性も高い。エルがそういうのを楽しむかは分からないけど……変に食事とかをして外すのも嫌だからな。
これで不味い店を引き当ててしまったら……。
おし、そういうのを無くすために俺が作るか。まぁ、作るっていうか、日本のインスタントとかを食べさせてみるってだけだけど。料理は多少、作れるけど店を出せるレベルではないし。
なら……まずはマップで吟遊詩人を探すか。
ただ見つけるまでの時間稼ぎは必要だろう。俺やエルが二人して楽しめる、時間を潰せるような場所は……武器屋か。この街にも二、三箇所あるから一番、大きい場所を目指そう。どうやら武器屋と防具屋が合わさっている店らしいし悪くは無いはずだ。
大丈夫……だよな……。
エルの好みが分からないから本音を言えば不安でいっぱいなんだが……まぁ、最悪は宿に戻ってから挽回すればいいか。少しは気楽にいかないと折角のデートも楽しめないよな。
「武器屋ですか」
「そうそう、申し訳ないがデートと言っても私が楽しめそうな場所は少なくてね。もしかしたら嫌かもしれないが少しだけ我慢してくれないだろうか」
「シオン様と一緒ならどこでもいいです」
繋がれた手の力が少しだけ強まった。
心外だといいたいのだろうか。まぁ、嬉しい言葉ではあるけど個人的に意見は欲しいんだよな。俺個人としては『どこでもいいよ』は今日の夜ご飯は『何でもいいよ』と変わらない気がする。
もちろん、エルなら文句すら言わないだろう。
ただなぁ、ずっと俺が考えるってなるとやはり精神的な面でダメージが来る。いいのかな、悪くなかったかなって常時、考える事になるし。
その点、所々にいるナンパ野郎はいいよな。
結果的に『女を連れてホテルへ行く』っていう事だけを達成すれば成功なんだから。多分だけどエルに『二人で宿に戻って休もう』と言っても喜ばれるだろう。だけど、その時は絶対に貞操の危機に陥るから選択肢としては排除だ。
悪くない話だが、まだ早い。
そういえば武器屋に入るのは初めてか。
まぁ、ぶっちゃければ武器屋に行く理由は俺には無いからな。欲しいものがあればメイドに頼めばいいだけだし、質のいい物が欲しいと思うのならスキルで買えばいい。
ましてや、俺の見た目的にも微妙だよな。
だって、冒険者ギルドの時には見た目のせいもあって馬鹿にされた。武器の専門家とかが多くいそうな場所なら尚更、言われそうだし。まぁ、言われたところで大した問題ではないけど。
いや、大きな問題が一つだけあったわ。
文句を言われたらまたエルが暴れ出す。もっと言えばデートなのに気分を害される事をされるのは避けたいからな。とはいえ、こっちから何かをする事もできないか。
……待てよ、意外とできるかもしれない。
「エル、一つ頼みがある」
「はい、何ですか」
「中に入ってからすぐに私以外に威圧をかけて欲しい。なぜかは分かるよね」
こう言っておけば適当に察してくれるだろ。
エルも分かっているからか、それ以上は聞いては来なかった。ただどこか嬉しそうに「任せてください」とだけ言って扉に手を伸ばす。
その瞬間、本当に一瞬だけ寒気がした。
背筋が凍るとかが生優しく思えてしまう程に強烈な悪寒。ここが地獄だと言われたとしても信じてしまう程の力の差を間違いなく感じられる。
恐らく威圧を全体にかけてしまったのだろう。
今のが本当のエルの力ならば……まぁ、少しでも戦えると思っていた自分を殴りたくなるな。運が良ければ、もう少し強くなれたら、その気持ちが一気に消えていくレベルだ。
ただ俺だからそれで済んでいるのかもしれない。
だって、中に入って見えた人の殆どが膝をついて座り込んでいた。中には地面を濡らす人さえ少なくない。これに比べたら恐怖を覚えただけでマシか。いや、直で受けていないからって可能性もあるか。
どちらにせよ……。
「エル、やり過ぎだ」
「ここまでしないと駄目ですよ。どこに命を狙う敵がいるか分かりません」
「いや……うーん……それでも最初に私にかけた程度にした方がいいと思うよ。もしくはここまですれば絡む勇気も無くなっただろうし止めてもいい」
常時、化け物の風格を出されても困るしな。
もしかしたら、買いたい物がでてくるかもしれないのに店員が倒れてしまったら……うーん、この状況からしてそれで済むのならマシにも思えてくる。
「既にやめていますよ。一瞬だけ威圧をかけただけです。シオン様とは違い、彼らが立てていないのは修練が足りていないせいですよ。こちらが恨まれても困ります」
「……はぁ、やめているのならそれでいい。ただその徹底的な考え、少し改めなくてはいけないな」
「私の考えなんて甘いですよ。仮にシオン様が襲われる可能性があるのなら、本来は全員を気絶させる程に、ギルドの時ならば即座に首を落とすのが普通ですから」
それを当たり前のように言ってくるのか。
思っているよりも、この世界の人達の考え方っていうのは恐ろしいらしい。自身の主のためなら罪すら背負うって感じなんだろう。それが今は俺に対して忠誠を抱いているから俺は殺されないだけ。
もしも、シオン・ルールでは無いとバレたら。
そう考えるとすごく恐ろしくなってくるな。エルやリリー、加えて世界最強と言われているシンを相手できるとは到底思えない。仮にエルやリリーを仲間にできたとしてもシンは……。
「何かありましたか」
「……いや、特に無いよ。問答をしていても楽しくないだろうし、色々な物を見よう」
「はい……」
若干、気が気じゃなくなってきた。
だけど、エルの事が好きなのは変わらないし、仮に襲われても逃げられるようにすればいい。世界最強とはいえ、世界の反対だったり異世界だったりへ逃げれば着いて来れないはずだ。
それに案外と仲違いしない可能性もある。
何もマイナスな事ばかり考えずとも結果は違うかもしれないからな。とはいえ、最悪な結果は想定しておいた方が対策は取れる。早めに金を稼いで空間魔法とかを買えるようにしておくか。
少しだけエルと繋ぐ手の力を強めた。
別に理由なんてない、ただエルが握り返してくれたから少しだけ嬉しくはある。少しだけ日和ってしまったがエルは少し前までとは変わらないんだ。気にする理由なんて無い。
エルと適当な話をしながら武器や防具を眺める。
棚に立てかけられてあったり、傘立てのような場所に乱雑に入れられていたり、色々な方法で並べられている。外からだと分かりづらかったが大きめのコンビニ程度には広かったようだ。
見た感じ良い物なのかもしれないけど個人的に興味の湧く物はなかった。それに銀の剣とかも金貨を要求されたりと値が張りすぎている。スキルで買った方が安いからな。
まぁ、狙い通り吟遊詩人は見つけられた。
それを踏まえれば来て正解だったのかもしれない。だが、このまま何も買わないって訳にはいかないからな。別に買わなくてもいいけど申し訳なさが勝ってしまうから何かは買う。
「すいません、これをください」
「……大銀貨一枚と銀貨二枚です」
睨まれながらも適正な値段で買えた。
十二万……少し高い買い物だけど悪くは無いか。セールだったおかげでスキルより少し高いだけで済んだからな。火などの属性を纏った魔石とスライム種の魔石、あって困るものではないはずだ。
適当に選んだけどしまったら質が良かったしな。
これならプラマイプラスになったかもしれない。多分だけどもう二度とこの店には来れないだろうけど。
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