21話

 二時間程度が過ぎ足にも疲れが見えてきた。

 今日の成果としては上々だろう。一々、数えていたわけじゃないから正確な量は知らないけど、少なくとも三十はオークを倒している。


 確か一体で五千円くらいだったはずだ。

 オーク自体、かなり可食部が多いからな。それに皮とかも服とかに利用しやすいし。スキルで売った方が高いから後で金に変えよう。合計で十五万くらいの収支か……悪くない。


 それに使っていて分かったのだが。

 どうやらスキルで売った際に同じアイテムだからといって値段が一緒とは限らないらしい。品質や価値、後は魔物とかであればレベルや活きの良さ、血抜き等の処理によって値段が変わってくるようだ。


 とはいえ、解体できないからしないけど。

 解体を他の人に頼むとかなり出費が嵩むんだよね。もちろん、収支はあるんだけど殺して直ぐにスキルで売った方が少し得なんだよなぁ。スキルを手に入れるのもいいけど今のところは困っていないしいいや。


「いやに嬉しそうですね」

「ああ、ギルドで報酬を貰ったらエルとデートに行けるからね。嫌でも頬が動いてしまうよ」

「そう言っていただけると私としても嬉しい限りです」


 一瞬だけ笑顔を見せてエルは足を止めた。

 先程の笑みは既に消えており、今すぐにでも剣を抜けるように構えている。それもそうか、話題に出ていた冒険者ギルドが目の前にあるんだからな。


 冒険者ギルドに良い思い出なんて無いし。

 一応、前回と同様に少し大きめの麻袋にオークの両耳を入れてある。とはいえ、今朝のハゲみたいに絡んでくる馬鹿はいるだろうからな。最悪は俺の手で潰す必要があるか。


 エルやリリーには悪いが対人には慣れないと。

 綺麗なままで、と言われても俺はシオン・ルールという存在になったんだ。否が応でも人を殺す場面は多くなってくる。仮に絡んでくる人がいるのなら半殺しにでもして慣れる一歩にしないとな。


「エルに一つだけ言っておく」

「何でしょう」

「私がやれと言うまでは剣を振るうな」


 エルの顔は見れていない。

 だけど、明らかに息を飲む音が聞こえた。それでも気持ちがバレないように「理由を聞いてもよろしいですか」と淡々とした声で聞いてくる。


「エルは少しばかり暴走する癖があるからだ。確かに職務を全うし、私を守ろうとしてくれているのは見ていて嬉しい。だが、あの程度を処理出来なければ私は生きていけぬだろう」

「暴走ではありません。それに職務だからシオン様を守っているわけでもありません。私からすればシオン様が進む道を共に歩みたいだけです。その道が修羅のものとなるのであれば私の手で簡易なものへと」

「ありがたいけど、それで私が成長できると思っているのか。簡単な道、簡単な道と進んでいたら甘い考えしか湧かなくなってしまうだろう」


 一緒の道を歩むのは全然いい。

 というか、寧ろウェルカムだ。だけど、優しくされるだけで成長に繋がるわけが無いだろう。良い事も悪い事も経験するからこそ、何をして良くて何をしたら駄目なのかを理解して大人になっていく。


 ましてや、強くなるのなら実践は必要だ。

 想像した事が自分で可能なものか、経験が長ければ想像だけで判断出来るかもしれない。でも、俺には無理だ。そこら辺をエルが理解していないわけが無い。だから、すぐに言い返してこないんだ。


 それに今回は剣で脅しをかけるわけじゃない。


「危なくなったらエルに助けを求めるよ。だから、最初だけは私に任せて欲しい」

「……仕方ありませんね」


 これ以上の問答は無駄だと判断したのだろう。

 やっぱり、エルは可愛くて優しいな。説明さえしていれば嫌々ながら理解はしてくれる。まぁ、納得はしてくれないみたいだけど。


「まぁ、私もエルほど優しくは無いからね。今朝のようにエルに邪な目を向ける愚か者がいたら、私も鬼へと姿を変えるかもしれない」

「このような可愛らしい鬼から攻撃されるとは、された側もさぞ喜ばしい事でしょう」


 うーん、本気でそう思っていそうで怖い。

 もしかしてだけどエルはソッチ系の趣味があるのかもしれない。どんな性癖があろうと別に引いたりはしないけど少しばかり心配にはなる。俺がエルを満足させられるのか怖いからな。


「まだ人も少ないだろう。サッサと報酬を貰って街へと出かけよう」

「ふふ、そうですね」


 わざとなのかもしれないが胸を腕につけてきた。

 左腕に腕を絡めてきたからまだマシだけど、それでも少しだけ動きづらい。ってか、わざわざ火に油を注ぐような行動をとるのは何故なのだろう。絶対に中にいる人達に精神的ダメージを与えるのは目に見えているだろうに。


 まぁ、弾くにしては気持ちが良すぎる。

 だから、拒否せず麻袋を片手に中に入った。


 ギルドは今朝と変わらず酒臭くて長居したくない気持ちを助長させてくる。この匂いからして悪酒なのは目に見えているからな。日本酒とかを飲ませたらここまで悪酔いすることもないだろうに。


 酒を楽しむという事すら知らなさそうだが。

 帰ったらエルと飲むのも悪くないな。日本の酒とツマミを食べてどんな反応をするのかも気になるし。俺の大好きな酒がエルの口に合えば……定期的に隠れて楽しめる。


「すみません、依頼の報酬を頂きにきました」

「そうですか、てっきり見せ付けるために来たのかと思いましたよ」

「はは、それの判断はこれを見てからでお願いします」


 受付が男だったからだろう。

 ものすごく嫌な目と皮肉じみた言い方をされてしまったので、思いっ切り麻袋をカウンターに叩き付けてやった。その重さで理解したのか、男の額に冷や汗が垂れてきている。


 馬鹿にした男が実はヤバい奴ではないか。

 まぁ、中身はオークだけだから少しもすごくはないんだけどな。いや、三時間程度で三十体もオークを倒していれば十分、すごいか。普通は索敵するだけでもかなりの時間がかかる。倒すのもパーティで挑むのなら一分はかかりそうだし。


「それでは討伐料をしっかりと用意してください。くれぐれも減らさないようにお願いしますよ」

「も、もちろんですよ」


 少しだけ念を押せば時間をかけずに済むはずだ。

 だが、周囲の酒飲み達は良い顔をしていない。恐らく絡む機会を伺っているみたいだが……来るなら早く来て欲しいものだ。既に拳銃であるシールドを出す準備は整えてある。


 これもいつかは練習するつもりだった。

 今は威嚇射撃用で使えるからな。最悪は敵の四肢を撃てば多少の傷を与えるだけで身を守る事ができる。それだけの精密性が俺にあるかは分からないけど。


「用意が出来ました。合計で三十五体分、銀貨一枚と小銀貨七枚、加えて大銅貨一枚が中に入っています」

「ああ、助かるよ。早かったからな、これは褒美だ」

「あ、ありがとうございます!」


 脅した詫びとして大銅貨一枚を投げておく。

 ぶっちゃけ、五百円程度だからな。大した痛手でも無いだろう。まぁ、この世界で五百円もあれば二日は生きられるが。多少の贅沢もできると考えれば少し高いか。


「おい、兄ちゃん。太っ腹じゃねぇか」

「あー、そういうのいいから」


 面倒くさいから天井目掛けて銃を撃つ。

 多少、反動が大きかったが今の筋力ならば仰け反ったりせずに済むらしい。だが、今の大きな音で全員が怯んだ。変に時間をかけずにギルドから出る事にしよう。


 今回の絡もうとした奴らも印をつけてっと。

 銃弾一発分のお金を無駄にしたが収支の方が高いから許そう。こうやって五体満足にギルドから出られたわけだからな。


「ね、私に任せて正解だっただろう」

「さすがは私のシオン様です」

「ああ、私はエルのものであり、エルは私のものだからな。……さて、少しだけ街で遊ぶとしようか」


 俺の返答にエルは明らかに赤面した。

 やっぱり、虐めるのは得意だけど認められるのは少し弱いらしい。もっとも、そういう事を言う俺は俺で恥ずかしいからな。手を繋ぐだけにして顔を見せないように前を歩くとしよう。

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