20話

「と、この程度なのか」


 倒したばかりのオークを回収する。

 辺境の土地ということもあって魔物のレベルも高いって教えられたからな。何というか、簡単に倒せてしまって拍子抜けしてしまった。


「オークって弱いのか」

「いえ、ここにいるオークは少なくともレベルは高いですよ。ステータスだけで見れば生まれたてのゴブリンナイト三体を圧倒するくらいには強いはずです」

「……その割には一太刀だったけど」


 エルが言うと世辞か、本音か分からない。

 仮に本音だったとしたら、それだけ俺も強くなっているということだろうか。というか、今更ながらに考えると普通はエルやリリーって軍が動くレベルの強さだからな。それを見ていたから単に少し強くても弱いとしか感じないのか。


「まぁ、いいや。剣の扱いを覚えるには丁度いい」

「危なくなったら助けるので安心して、好きな戦い方をしてください」

「ああ、信頼しているよ」


 エルが助けてくれるのなら安心出来る。

 それでもマップで倒せる魔物だけを選ぶつもりではいるけどね。ただ、仮に俺では倒せない敵が現れたとしても挑めるくらいには余裕ができる。死にかけてもエルが何とかしてくれるだろうし。


 って事で、今は剣術レベルを上げようか。

 エルいわく、見習い剣士の上の段階である剣士はジョブのレベルと剣術スキルレベルを上げないと手に入らないらしいからな。見習いとそうじゃないとでは雲泥の差くらいステータスに差が現れると聞いている。


 エルとの大きな差も少しだけ埋められるんだ。

 だから、今のうちに頑張って強くならないといけない。立場上、いつ暗殺者とかが現れてもおかしくないんだ。それこそ、俺だけが標的になるとも限らない。エルやリリーなら兎も角、アンナやアンジェとなると俺が守らないと。


 剣士を手に入れたのなら……次は何を目指すか。

 まぁ、遠い未来より近い未来だ。どこまでできるか分からないのに詳しく遠い目標を立てる理由は無い。最終目標はエルと対等に戦える事、それだけで十分だろう。


 駆けて近くのオークに近づく。

 そのまま振り向かれるまでの間に首を切り落として回収した。この程度なら少しも苦労せずに倒せるのか。となると、もう少しだけ強い敵を選んで戦う方が良さそうだな。


 まぁ、それでも敵はオークに限定しよう。

 下手に強い敵に手を出して死にかけるのも癪だし。エルがいる手前、出来る限りカッコイイ姿を見せたいからな。守ってもらうのは本当に不測の事態へ陥った時だけだ。


 ニヤけ始めた頬を叩いて正す。

 また近くのオーク目掛けて一太刀のもとに首を落とした。こういう時に敵がいる位置が分かると効率が良くていい。個人的には強くなるのと同時に金稼ぎも一緒に進めたいからな。


 スキル面でもそうだが金はあって困らない。

 極端な話、金が無くて出来ない事が、金があって出来ない事に比べて多過ぎる。金があれば何とか出来たって場面は日本と変わらず、この世界で生きていくにも多く起こる事象だろう。


 特に貴族という立場なら尚更だ。

 恐らく、俺はルール家の立場のために、貴族の娘を嫁に貰う羽目になるだろう。もちろん、正妻はエルに限るが第二夫人とかで増えていくだろうし。そうなったら家族が増える分、出費も嵩む。加えて貴族の娘ならワガママ三昧だろうからなぁ。


 まぁ、煩いだけの女なら家から追い出すだけだ。

 俺が好めない人を家族として迎え入れるのは無理だ。自分のオフの時間とか、趣味だとかを否定されたり潰されたら怒るだけで済まないからなぁ。その点で言えばエルは俺と同じく戦うのが好きだから相性が良いだろう。


「こうやってシオン様が戦っている姿を見るとダンジョンの時を思い出しますね」

「そういえばそうだね」

「ええ、あの時よりも立派になられて嬉しい限りです」


 感慨深そうに言われているがそこまで昔では無いだろう。


 というか、そういう風に言われるの嫌だな。何と言うか、可愛く思っている甥っ子が頑張っているから応援しているみたいな、男として見られていない感じがしてしまう。別に否定はしないけど男として見てほしい。


「そりゃあ、エルの視界にいたいからな。強くないとエルの横にいられないだろうし」

「そんな事ありませんよ。シオン様が望むのなら私は隣に居続けます」

「その言葉……信じているよ」


 必ずしも全てを信じられはしないんだよな。

 甘んじて何も出来ないのは嫌だ。俺の事は俺が一番に知っている。きっとエルの言葉を真に受けて全てを任せてしまえば……エルが何も出来ない時に困ってしまう。エルに危険が迫っていてみすみす助ける事が出来ないなんて最悪だ。


「とはいえ、私が強くなって困る事は特に無いだろう。それに加えてエルが私以外の男に興味を持たなくなるのなら最高だからね」

「生憎とシオン様以外の男に関心は持てませんね。大概が女を小馬鹿にするか、体を求めるだけでしたから」

「私もエルの体目当てかもしれないよ」


 少なくとも俺はエルが大好きだからな。

 将来的にはそういう関係にもなりたいと思っているし、間違ってはいないだろう。ただ、リリーの言っていた通り本当にエルは男嫌いなんだな。


 なのに、俺の事は別に好きでいてくれている。

 つまりは俺は特別な人間なのか……もしくは考えたくないけど可愛い男の子として見ているだけなのか。いや、後者だったら未だに少し太っている俺を愛らしく思う理由が少ないな。


「そういうのであれば午後は宿にてお休みになりましょうか。キスも未だにして頂けていない事です。ちょうど良いでしょう」

「待て待て待て!」

「私はシオン様になら襲って頂いても構いませんよ。そのために可愛らしいネグリジェも用意しましたし、いつも一緒に寝ていますので」


 微笑みながら言うあたり少し怖い。

 という事は、今朝の寝顔も狙ってやっていたのか。俺に襲われるために計画してやっているのだとしたら……据え膳食わぬは男の恥、じゃないよな。どちらかと言うと、罠か何かだと思った方がいい。


 まぁ、エル相手になら騙されてもいいか。

 それとは別にエルがそうするとは思えないし気にするだけ無駄だ。もしも、俺を罠に嵌める気ならマップの色が濃い青色のままでいるわけがない。本気で襲われてもいいんだろうなぁ。だとすると……。


「済まないな、男らしい主じゃなくて」

「いえ、それも踏まえて可愛らしくて最高なのです。シオン様は可愛らしさと優しさ、そして男らしさを内面に秘めているからこそ、私は敬愛しておりますし、襲われても良いと思っています」

「えーと……そうなのか」


 熱弁しているけど納得は出来ない。

 俺のどこが可愛らしいんだ、どこが優しいんだ、どこが男らしいんだ……どれもが俺には欠けている気がして素直に喜べない。ただ嘘をついているようにも思えないから主として認めているのは事実なんだろう。ただ……。


「敬愛……なんだね」

「はい、主としても男性としてもシオン様は魅力的です。少なからず巷で流れている悪評とは比べ物にならない程に崇高な存在です」

「だから、襲われてもいい、と」


 当たり前だと言いたげに「はい」と返ってきた。

 あまり言葉にして言われてこなかったために判断できなかったが、エルから貰えている好意はかなり大きいものらしい。


 俺は俺がずっと嫌いだった。

 過去の事が尾を引いているのは分かっている。親も周囲の人達も、誰も悪くないのも今はよく理解しているつもりだ。だからこそ、この性格を俺は好きになれなかった。


 でも、それをエルは受け入れてくれている。

 演じているわけではない自分を、シオン・ルールではない俺を敬愛してくれているんだ。何度、それを理解させられても嫌な思いをするわけが無い。ましてや、それがエルなのも嬉しかった。


「ですので、早くキスをしてください。その一段階を踏めなければ次へと進めません。それともシオン様は三段程度、飛ばして進む方が好みなのでしょうか」

「あー……うん、変わっていないようで少しだけホッとしたよ。キスは……その内にするから待ってくれ」

「ええ、待ちます」


 本当に俺をからかうのが好きなんだな。

 まぁ、キスすら出来ないヘタレなのが悪いから仕方が無い。エル以外なら出来たのに、なぜか顔を近付けられると急に恥ずかしくなってしまうんだ。


「少しだけ話し過ぎてしまった。早くオークを倒す事にしよう」

「ふふ、照れ隠し、ですか」

「違うよ、エルとの時間をこんな場所で使い過ぎたくないんだ。もちろん、ここで話をするのも好きではある」


 適当な言い訳、でも、ポーカーフェイスとはいかなさそうだ。きっと、鏡を見たら茹でダコよりも真っ赤なシオンが映る。自分でも分かるくらい顔が熱くなっているからね。


「そうですね、早く終わらせて宿でゆっくりと休む事にしましょう」

「ああ、冒険者ギルドにも早めに行きたいのも踏まえると、うだうだとしていられないな」

「冒険者が外へ出ている間に、という事ですね」


 エルの言葉に首肯して返す。

 さてと、このままにしていてもエルに意地悪をされるだけだから先に進むとしよう。エルも早く帰りたさそうにしているようだし、サッサとレベル上げを済ませるか。

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