17話

「……朝か」


 まだ日も明けていない早朝の時間帯。

 初めてエルよりも早く起きれた気がする。同じベッドの上でスヤスヤと我が物顔のまま眠るエルの顔を見ると本当に不思議な気持ちにさせられる。本来ならば一緒に寝る事もできないような相手なのにエルの方から眠るように頼んでくるんだからな。


 昨日の夜、ようやくバールの街に着いたんだ。

 今日からは敵地で活動をしていかなければいけない。一応、ルフレからはバールの城へ行くのは少し経ってからだとは伝えられている。でもさ、やっぱり何かしらの刺客を差し向けられていると思うと怖くはあるな。


「んん……」


 軽く頬を撫でてみたら目元が動いた。

 でも、嫌がっているようには見えない。きっと寝顔を見せてくれるようになったのは俺に信頼を抱いているからだろう。ただ……それでもこれは無防備過ぎる気がするなぁ。


 ネグリジェのような服は若干、はだけているし。

 これが元のシオンだったらどうしていたんだろうな。まぁ、十中八九で襲っていただろう。襲いかかってフルボッコにされていたような気がする。とはいえ、ここまでされると最早、主従関係とは違ってくるよね。


 と、そんな邪な考えは捨てよう。

 こうやって気を許してくれるのも俺が変な事をしないからだろうし。これでエルに好意以外の最低な気持ちを吐露してしまったら……今までの頑張りを無に帰してしまう事になる。折角、俺が頼まずともこうしてくれるようになったんだ。


「行ってきます」


 耳元でそう言ってから剣を片手に部屋を出る。

 着いてからルフレに宿の内装を教えてもらったからな。確か部屋から少ししたところに……あったあった。鍛錬所を見つけたっと。どうせ、今日からは自由行動が許されるんだ。それなら今のうちにブランクで鈍った体を鍛え直さないとね。


 日が昇る少し前だから中に人はいない。

 尚更、都合がいいな。宿で働く人から聞いた話では俺達以外にも数人が泊まっているらしいし。言い方は悪いが高い宿だからな。他の人達も俺達と同じように金持ちなのは明白だ。


 まぁ、アンジェとアンナは心配しなくていい。

 そういうのを恐れてリリーが共に行動をしてくれているし、一緒の部屋で寝ている。ルフレは一人だけど……話を聞いた限りでは剣の天才らしいし心配するだけ無駄なのだろう。少なくとも俺より強いのは間違いない。


 剣を抜いて横一線に振ってみる。

 駄目だな、自分でも分かるくらい速度が落ちている。自分で正しい体の動かし方を忘れかけているのだろう。……良かったよ、刺客に襲われる前に正せるのだからな。


 さてと……ただ振るだけでは意味も無い。

 頭の中でイメージしながら振ろうか。敵はもちろんだがエル、今まで何度も打ち合いをしてくれた相手なら動き方を予想できるだろう。まぁ、勝てた事は一度も無いんだけどな。金属の剣を使っているのに木製の剣で倒されるくらいだ。


 下手なイメージはただ自分を弱くするだけ。

 もう一度、力を込めて剣を横に振る。振り始めて分かったが駄目だ。無駄な力が入り過ぎている。速度は遅いし振りも大きい……エルなら初撃は見過ごしてくれるだろうが次は無い。


 後ろに飛んで躱すだろうから距離を詰める。

 今度は下から攻めてみる……ああ、悪くは無い。この速度なら剣で弾こうとしてくるだろう。だが、下から力を込めた一撃だ。そう易々と弾かれたりなんかしない。それが分かったなら流そうとしてくるだろう。


 そこを体当たりをしかけに行く。

 これならば恐らく……虚を衝いた一撃になる。おかしいな、それでも少しも勝ち目が見えてこない。寧ろ距離を詰めすぎたせいで……あー、駄目だ駄目だ。体を受け止められて抱き締められるイメージが湧いてしまった。


 うーん、悪く無いと思ったんだけどな。

 やっぱり力の差が歴然としているせいでただの体当たりでは体勢を崩せないか。考えたら分かった事ではあるけど少しでもチャンスが見い出せると思ったんだよね。まぁ、元々、勝てない相手なのが前提なんだし気にしたら負けか。


「綺麗な身のこなしだね」

「……おはようございます、ルフレ兄さん」

「ああ、おはよう」


 大きな拍手の音と共に入ってきた。

 朝早くだというのに変わらずクールなカッコ良さを漂わせてきて少しムカつく。これだけ綺麗な顔だったら少しも苦労はしないんだろう。それに朝早くから話をしたくない相手でもあるからな。


 あの時から何度も話をする機会はあった。

 でも、あの時の続きは一度もされなかったんだ。本当に話すのも躊躇われるような中身だったんだろう。だからこそ、前程の信頼を彼には抱けていないのが現状だ。


「何か用ですか」

「辛辣だね。私も剣を振るために来ただけだよ」

「そうなんですか、今まで振っている姿を見た事は無いんですけどね」


 本当に剣を振るためだけに来たとは思えない。

 寧ろ、この状況はルフレからしたら狙っていた事のようにすら思えてしまう。何だか、よりムカついてきてしまうな。こうやって部屋を出なければ会わなくて済んだと思うと尚更に、だ。


「こう見えて剣の腕には自信があるんだよ。だけど、振りたい意欲が今まで湧かなかったんだ。今は少しだけ湧いてきただけさ」

「……さすがは十二歳にして剣術スキルのレベルを七まであげた天才ですね。それだけの才能があれば無理に振らなくとも剣の腕は鈍らない、と」

「棘のある言い方だが事実だよ。だから、シンお父様もルール家の敵しかいない場所へ私を派遣させたんだ。……それとも何だい。私と打ち合って力の差を感じたいのかな」


 不敵な笑いを浮かべながら小袋から剣を出す。

 なるほど……文句があるのなら剣で語ればいいだろうって事か。はぁ、絶対に俺が勝てないのが分かっていてこう言ってくるんだ。もしかしたらルール家で一番に性格が悪いのはルフレなのかもしれないな。


 とはいえ、ルフレの強さは味わってみたい。

 エルやリリーと打ち合って思ったが強い人との打ち合いは学べる事が多過ぎる。ルフレなら尚のこと、半殺しにされるかもしれないが命を落とす心配はしなくていいだろう。


「何だ、シオンも楽しみにしていたのか。君もお父様と同じく戦闘狂らしい」

「戦闘狂とは人聞きが悪いですね。ただルフレ兄さんと打ち合ってみたかっただけですよ。エルやリリーから話を聞いてからずっと、ね」

「だったら挑発などせずとも言えばいいのに。そこはシンお父様に似なくていいんだよ。……まぁ、私もシオンと打ち合いたくてウズウズしているから人の事は言えないか」


 俺も剣を戻して新しい剣を出す。

 刃先が丸まった打ち合い用の剣だ。さてさて、折角の機会だからな。このムカつきをルフレにぶつけてやらないと気が収まらない。


「ルフレ兄さん程の強さはありませんが、そう簡単に負ける気はありませんよ」

「ああ、その言葉を行動で示してくれ」

「ええ……では、やりますよ」


 剣を構えてルフレを睨みつける。

 自分の方が弱いのならコチラから向かうのは圧倒的に不利だ。だから、ルフレの出方を伺いながら強烈な一撃を与えてやる。とはいえ、大して甘えた動きはしてこないだろうが。


 はぁ、当然だけどルフレも動きはしないか。

 不意の一撃でも無いのなら自分からの一撃は間違いなく弱い。特に相手の強さが分からないのならタイマンで戦えるかどうかも測らないといけないからな。ルフレが動かないのは油断をしないためかもしれないけど。


 残念な事に遠距離での攻撃手段は俺に無い。

 となると、このまま長時間の睨み合いが行われるだけだ。悪いが時間の無駄にしか感じない。だったら、負けを前提にして動くか。どちらにせよ、相手が自分より強いのは分かっている話だ。


 負けたく無いが勝つ見込みのある戦いでは無い。


「なるほど、無駄な力は入っていない」

「ええ、エルに教えてもらいましたから」

「彼女の教えで理解できたのなら確かにこの力は間違いの無いものだろうね。だけど」


 やはり剣を傾かせて流してくるか。

 ここまでは何となく理解していた。エルやリリーもよく利用する戦い方だ。この後の一撃は完全なる二択、どちらかというと次に取る選択は俺が取りづらい方がいい。考えている暇があるのなら決めた選択通りの行動を取るだけだ。


「そう簡単に倒せるとは思うなよ」

「そっくりそのまま返します」


 思いっきり飛びかかって横一閃を躱す。

 アレを食らっていたら間違いなく一発KOだった。それも見てから動いていたら恐らく間に合っていない。ルフレも予想だにしていない行動だったからか、ものすごく驚いた顔をしている。


 このまま膝蹴りを食らわしてーー




「はぁ、危なかったよ」

「……へ?」


 俺の視界に映っているのはルフレの顔。

 何をされた……今見えている視界は鍛錬所の天井か。まさかとは思うが……ルフレに投げられたのかな。ああ、俺の襟元と右腕を掴む力からして背負い投げでもされたか。


「……は、はは」

「どうかしたのかい」

「いえ、こんな手を取るとは思わなかっただけですよ」


 なるほど、体術の知識もあるのか。

 それなら俺にも手はある。道場とかで学んだわけではないが本当の父親から教えられたからな。何度も何度も道場で学んでいた兄貴と独学で渡り合ったんだ。……こっちの世界なら俺にも勝機はある。


 なら、次は体術を使わせるように動くか。


「ルフレ兄さん、先に言っておきます」

「なんだい」

「次に勝つのは


 立ち上がって剣を構えた。

 それを見てルフレはフッと笑いを浮かべる。その笑みが長く続くと思うなよ。こう見えて俺の父親は強かったからな。兄貴だってそうだ。アイツらに比べたらルフレ何て屁でもない。

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